第6節 剣の作り方 4話目

「ふぁああ……あっ!」


 ベッドから体を起こしたリェルナが最初にやるべきこと。それは隣の部屋で静かに眠っている師匠の容態確認だった。


「失礼しまーす……」


 礼儀としての言葉だが、返事は返ってこず。経年劣化で建てつけも悪くなっているのか、ドアを開ける軋む音が部屋に響く。


「…………」

「……すぅー……すぅー……」


 それ以外の物音はない為か、少しばかりの起伏が見えるベッドから聞こえる寝息だけがリェルナの耳に届けられる。


「……師匠、朝ですよー」


 リェルナがそう言って布団を剥げば、齢五十といったところの中年男性が、痩せこけた姿で目を閉じたまま眠っている。

 ――先代鍛冶師、ガルダ=アイアン。アイアンスミス工房の親方であり、かつては貴族や軍を相手に剣や蹄鉄を卸していたという国内有数の鍛冶職人。しかしある時病に倒れたことを境に金槌を振るう腕が衰えてゆき、そして今となっては一日のほとんどを寝た状態で過ごしている状態にまで陥っていた。


「…………」

「……まぁ、起きることはないですよね」


 病の原因はいまだに不明。ただエルフ族であるリェルナには伝染せず、人間であるガルダだけがこうして伏せっているところから、特定の種族の流行病ではないかといった話も既に出ていた。

 そうして感染を恐れた若い弟子は病気を恐れて工房を離れ、今となっては一番できの悪い弟子リェルナだけが残って世話をしている。


「隣、失礼します」


 ベッドのすぐ側にはリェルナが世話をするための椅子が置いてあり、そこへ腰を下ろしたリェルナは、いつものように一日の始まりを告げるとともに、独り言のような報告を始める。


「……改めておはようございます、師匠。お眠りのところ申し訳ないのですが、一つだけ謝らなくちゃいけないことがあります」

「…………」

「実は昨日からドワーフ族の鍛冶師がやってきていて、ギルド経由で炉を貸してほしいと言われたんです。も、もちろん最初は断ったんですよ! 師匠が前に言っていた通り、病気をうつしても申し訳ないって思ったし、そもそも工房の掃除も行き届いていないし……でっ、でも今日の朝にテーブルナイフをつくると豪語していたので、それを見て適当に文句をつけて帰って貰おうと思います」


 そうしてリェルナは師匠の顔を濡れたタオルでそっと吹き、そしてここに来てから唯一自分一人で作り上げた鉄製の歪んだスプーンを使って少しずつ水を嚥下させ、眠る師匠の世話を続けていく。


「……本当は、私なんかより優秀な鍛冶師に使ってもらった方が、工房にとってもいいのかもしれませんが……それでも私は師匠だけの弟子なので、最後までこの場所を守り切ってみせます!」

「…………」


 ガルダは特に反応を示すことはしなかったが、それでもなんとなくだがリェルナはこの言葉が師匠に届いているような、そんな気がしていた。


「それでは約束通り、鍛冶場へと顔を出して、そのテーブルナイフの出来を見てこようと思います。またお昼になったら来ますので、それではまた」


 そうしてリェルナは軋むドアをできる限り静かにゆっくりと閉め、その場を後にするのだった。



          ◆ ◆ ◆



 街の郊外の一角から、煙がたち昇る――


「……あの方角って確か、アイアンスミス工房だよな?」

「珍しいわね。煙があがるってことは工房が動いてるって事でしょ?」

「ガルダの旦那は寝たきりだろうし、まさかあのエルフの娘が何かやってるのか?」

「事故でも起きないといいのだけれど……」


 行きかう人々の心配をよそに、工房内では至って順調に鍛冶作業が進んでいた。

 小気味よい金槌の音が鳴り響く中、リェルナは久方ぶりに稼働している炉の前で呆然と立っていた。


「……本当に、作ってたんだ」

「ん? ああ、もうこんな時間か」


 赤熱した金属の板を叩きながら、ウェルングはリェルナを一瞥して一言漏らす。


「すまんな。まさかこんなに早く起きてくるとは思わなんだ」

「……もしかして、まだ出来ていなかったってことですか?」


 ウェルングの手つきは随分と慣れたもので、他所の鍛冶場でありながらまるで自分のものであるかのように各種道具を使いこなしているのを伺うことができる。

 しかし肝心のものが出来上がっておらず、リェルナの目に映っているのが赤みを帯びた金属の板となれば、ため息の一つも漏れてしまう。


「はぁ……結局テーブルナイフは出来上がっていないようですね」

「それならほれ、そこに置いてある」

「えっ?」


 ウェルングの視線の先――そこには既に磨き上げまで済ませてある一本のナイフが置かれている。


「……えぇっ!?」

「どうじゃ? 認めてくれるか?」


 それはこの場にあるのが不自然なほどに、高級感の溢れるナイフだった。鏡のように磨き上げられた刃の表面には一切の凹凸が見受けられず、柄の部分にはきめ細やかな装飾が施されている。

 仮にこれが市場に並んだとして、行商人や貴族の使いが高値で買う姿を想像するのは易いものだと、リェルナは口には出さないもののウェルングの腕前を認めざるを得なかった。


「……っ、で、でもっ! ここはあくまで師匠が使っている場所で、勝手に道具なんて――」

「道具でしたら、自前のものを用意しておりますのでご安心を」


 リェルナが振り返るとそこにはすすだらけになりながらも掃除をしていたであろう、箒を片手に持って立つアドワーズの姿があった。


「そっ、そうなんですか……?」

「ええ。炉や金床はお借りしましたが、それ以外の金槌などは全てお父様の自前のものを使っています」


(そんなことより、これだけ汚れてまで掃除をしたことに感謝をしてほしいですわね)


 それまできれいな身なりをしていたのを汚してしまったアドワーズはその時一瞬は不機嫌になっていたが、すぐにウェルングが金槌を振るう姿を久しぶりに見られることを前に胸を躍らせていた。


「折角なので見学されては?」

「えっ、ええと……」


 ――正直に言えば、ぜひとも見学したい。あれだけ精巧なナイフを作ったその腕前を間近で見てみたい。

 しかしその反面、その行動自体が師であるガルダを裏切るようで、リェルナは自らの興味と罪悪感で板挟みになっていた。

 するとそこにウェルングは人手を欲している様子で、リェルナに対して板を抑えるよう手伝いを求めた。


「ちょいとこの板を抑えておいてくれんか」

「えっ!? 私が!?」

「お前さんも師匠とやらに教えられておるじゃろ? 抑えるくらいはできる筈じゃ」

「でも――」

「いいからこっちにこんか!」

「は、はい!」


 職人としての人格スイッチが入ったウェルングの一喝は、不思議とリェルナにとって懐かしさを感じさせるものだった。


「そっちをもっておけ。わしが叩く」

「えっ、そっちってどっち――」

「端を抑えておかんか! ほれ、しっかり力を入れておけ!」


 こうしてテーブルナイフ作成に引き続き、そのままコンペ提出用の剣まで、作られていくのだった――

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