第5節 それがダーインという剣 4話目
「……一体何を言ってんだテメェ」
その瞬間にレーヴァンが表に出した表情は、困惑以外の何ものでもなかった。
レーヴァンだけではなかった。その場の誰しもが、アドワーズの言っている意味を、一度で理解することができなかった。
「ですから、王側に着いたお兄様達は必至で私達を追う。私達はそれを上手く凌ぎながら、悠々自適な隠居暮らしを形成する。それだけの話です」
「……って、結局何も解決してねぇじゃねぇか!」
「そうですよ?」
「……なるほどな」
アドワーズの突拍子もない答えに、最初に理解を示したのはウェルングだった。
「つまりは現状維持、何も変わらないことこそが正解じゃ、と」
「その通りですお父様! 当然私達はお父様の命を守ってみせますから、ご安心ください!」
折衷案が無いのなら、その状況を維持し続ければいい。ウェルングの命を狙っているのなら、狙えばいい。そしてそれを、守り切ればいい。
「……そんな都合のいいことなんて、あり得るはずがない!」
しかしこれに異を唱える者もいる。ダーインの考えももっともで、他の魔剣達が狙ってくることも当然考えられる。
「僕だけじゃない、兄君達が直接手を下しに来る可能性だってあるんですよ!」
「ですから私達も本気で抗います。他のお兄様達だって追い返してみせますから!」
自信満々のアドワーズであったが、ダーインはというと呆れた様子でやれやれと首を振り、そしてレーヴァンも彼女の天然発言にため息をついている。
「ハァ……あのなぁアドワーズ、今はダーインだけで来てるかもしれねぇが、その内ガラハとかボルグも来るかもしれねぇっつってんだぞ?」
「それはここでお兄様を倒したところで同じ結果です。それともレーヴァン、貴方は他のお兄様相手だと勝てないとでも?」
「なっ!? そうは言ってねぇだろ!」
アドワーズの言う通りで、ここでダーインを破壊したところで、残った魔剣が追ってこない保証など一切ない。下手をすればイスカが直接追ってくることもあり得るかもしれない。
しかしここでダーインを退けただけとなれば、再び追ってくるのはダーインだけという可能性も十分にあり得る。
「現状維持……そんな都合のいいことが、いつまでも続くとでも思っているのですか」
「続ける為なら、私もレーヴァンも本気で戦い続ける覚悟があります」
「俺もかよ!? ……って、まぁそれで何とかなるっつぅならやるけどよ」
よくよく考えれば、アドワーズの提案は間違っていない。どちらの意見も曲げられないのなら曲げられないまま、その状態を続ければいい。王国の勅命を受けながら、父の命も守られる。その状況こそが、現時点での一番の答えとなっていることに間違いはない。
「ま、あとは親父殿がずっと命を狙われている事に目を瞑っていられるならいいんだが――」
「わしは一向に構わん」
「いいのかよ」
「ああ。それでどちらも生きていけるのなら、わし一人が狙われるくらい訳ないわい」
そしてレーヴァンが懸念していたことは、ウェルングによって一蹴されることになる。
息子達による本気の殺し合い――それが撃退による現状維持という状況に持って行くことができるのならば、話は大きく変わってくる。
「イスカの本意も知れたことだ、それが一番の答えとなるなら、わしが狙われるくらいどうってことはないわい」
そうしてウェルングはレーヴァンとアドワーズ、それぞれを交互に見やり、そして最後にダーインと目を合わせて堂々と言ってのけた。
「こっちにはわしを守ってくれる最強の二人がいるからのう」
「……まっ、そういうことだな」
ウェルングの言葉でようやくレーヴァンも納得いったのか、剣を納めて腕を組み、自信満々といった様子でダーインを睨んでつけてこう言った。
「いつでも来いよ、クソ兄貴」
「……初めて兄と呼んでくれたことは嬉しいですが、クソは外して貰えるかな」
剣を鞘に納めることはないものの、ダーインからはとっくに殺気は消え去っていた。
「……次は万全を期して殺しに来ますから、父君も首を洗って待っていてください」
「万全を期すのならわしの手入れぐらい受けてから帰らんかバカ息子。どうせ適当な鍛冶師に手入れされとるんじゃろ」
「ふふ、とっくにお見通しですか」
「細かに入ったヒビを見れば一発じゃ。全く、あの王も随分と
そうしてウェルングは大きくヒビの入った剣の修理を提案するが、ダーインはそれを丁重に断ると共に、その場に背を向けて去っていく。
「残念ですが、あくまでも我々は命を狙う者と狙われる者。敵対者からの施しを受けるつもりはありません」
「そうか……なら、仕方ない」
ウェルングはそう言うとオイルの入った小瓶を一つ、懐から取り出し始める。
「……ダーイン!!」
「はい? うわっとと!?」
振り向くと同時に目の前に飛んできた小瓶を何とかキャッチしたダーインを見て、ウェルングは多くを語らずただ一言だけ告げる。
「持っていけ」
「……礼は言いませんよ」
「ふん、構わんさ」
ダーインの手に握られた小瓶に入っていたのは、本来ならば手入れの時に使用される予定だった特製の油だった。ダーインはそれを受け取るとまるで宝物のように大切にしまい込み、そして再び踵を返して前へ前へと歩みを進めていく。
「……達者でな」
「…………」
ウェルングの呟きが届いたか届いてないか、ダーインは一切振り返ることもなく姿を消していく。
「……ダーインの奴、嬉しそうに帰っていきやがったな」
「本当か? わしには分からんが……」
「ああ。なんとなくだが、俺には分かる」
「ええ。ここに来て初めて、お兄様が喜んでいたような、そんな気がします」
そうして互いの声が聞こえなくなり、姿も見えなくなった距離まで離れたところで、ダーインは一人小さく呟きを漏らす。
「……ああ、願いが叶うのなら――」
――僕も父君と一緒に、歩みを進めていきたかったな。
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