第5節 それがダーインという剣 3話目

「――追放さえしてしまえば、父の名誉は守られる! こうして怯えることもなく、恐れを抱くことなく、眠るような安らかな死を与えることもできていた!」


 ――そして万に一つの可能性として、あわよくば王を煙に巻いて父をそのまま逃すことができたかもしれない。

 しかしレーヴァンとアドワーズが身勝手な想いを抱いてついていってしまったばかりに、王はそれまでにない怒りを抱いて、ウェルングの死に執着してしまっている。


「……王は残された我々に命令を下しました。必ずウェルングを始末し、その首を持ってこいと。その為ならば、最悪の場合アドワーズとレーヴァンを破壊しても構わないと」

「ケッ! 何だかんだ言って、結局イスカの野郎がテメェの納まりどころのいい場所にい続けたいだけの話だろうがッ!!」

「違う! 僕達もまた見てきたはずだ! 最前線で、多くの人の死ぬ様を!」

「っ……!」


 ――その瞬間に、レーヴァンの脳裏には確かによぎる光景があった。


 敵の放つ魔法によって、次々と倒れ行く民の姿が。

 自らが放った炎によって、苦しみながら死んでいく敵国の人間の姿が。そしてその手に握られていた、手作りのお守りまでもが燃えていく光景が。


 ――戦火によって荒らされた大地を、ボロ切れ一つでさまよう子供の姿が。


「……だからって親父殿を殺していい理由に、テメェの生みの親を殺していい理由には、ならねぇだろうがァアアッ!!」


 レーヴァンの剣に再び炎が灯される。その怒りの声に呼応するかの如く、轟々と燃え盛り、うねり、立ち昇っている。

 再びアドワーズよりも前に出て繰り出された斬撃は、それまでのどの一撃よりも凄まじいものだった。


「ぐっ……!?」


 両手で剣を支えて一撃を受けるダーインだったが、その衝撃がどれほどのものなのかは、彼の足元を見れば推し量ることができるだろう。

 紅蓮の衝撃波とともに叩きつけられた一撃は、ダーインの立っている地面を割るほどのもので、それを見るだけでどれだけの想い怒りがその一撃に乗せられているのかを知らされる。


「その民を守る為に、俺達はどれだけ殺してきた!? どれだけ血を浴びてきた!? 王はそのイカれた刃を、今度は親父殿に向けてんだぞ!!」


 更に怒りによって増幅された力は、エーテルの差だけでは説明がつかない苛烈な連撃を生み出していた。一撃一撃が辺りに炎のつぶてを撒き散らし、一撃一撃がダーインを後方へと追いやっていく。

 しかしダーインもまた、物わかりの悪い弟に対して憤りを募らせていく。


「だからこそ我々は幾度も議論を重ねたはずだ! 王国を守る魔剣として――」

「王国を守る以前に、俺達は親父殿の子供だろうがァアアアアアアッ!!」


 バキィンッ!! という明らかに金属が弾けるような音が鳴り響く。それと同時に一振りの剣が宙を舞い、地面に深々と突き刺さる。


「っ……!」

「確かに俺達はただの魔剣だ!! 元をただせば戦争の為の道具だ!! だからといって命ってやつを救える数だけで比べるってのかよ!? テメェを生みだしてくれた親父殿に対する想いってやつは、テメェにはねぇってのか――」

「あるに決まっているッ!!」


 それまでの魔剣部隊としての諭すような口ぶりではなく、ウェルングを偉大なる父として尊敬する一人の魔剣として、ダーインは心の内を初めて叫んだ。


「言われなくても分かっている! だからこそ僕たちは、父君を助けるための手立てを模索していた! でも無理だったんだ! あの王の執念深さを知っているからこそ、僕達は――」

「んなもん知るかよ! だったら全員で逃げ出せば――」

「魔剣部隊がいなくなったオルランディアなんて、列強諸国から国土をバラバラに分断されて滅ぶしかないことも分かっているだろう!? 王国で生きている大勢の無辜の民が、たった数人のわがままで死んでいくんだぞ!!」

「んなもんこっちだって敵国の民を散々ぶっ殺してきたんだ、お互い殺されるのも覚悟の上で――」

「もういい加減にして!!」


 互いに決して交わることのない平行線。だからこそ意見がぶつかり合えど、理解し合い、譲歩することができない。

 正解が無いのが答えなのだと悟ったアドワーズは、これ以上の二人の争いを見たくもないと、大声をあげてその場を制する。


「……こんな言い合いをしたって意味がないわ。私とレーヴァンはお父様の命を選んだ。お兄様達は大勢の民の命を選んだ。その時点でもう、話し合いなんて通用する訳がない」

「…………」

「私もレーヴァンも、覚悟を決めてこの場に立っています。お父様と一緒に逃げ出す為に、お父様と一緒に、穏やかな隠居生活を過ごす為に!」


 そうして剣を弾かれて無防備となったダーインに対して、アドワーズは真っ直ぐに剣先を向けてこう言った。


「その為なら私は、何度だって戦う覚悟があります」

「……その為にまずは、僕を始末するという事ですか」


 霊体化を解こうにも、この間合いでアドワーズよりも早く動ける者はこの場に存在しない。そして肝心の霊体化を解いたところで、既に先程のレーヴァンの一撃でダーインの剣には大きな亀裂が入ってしまっている。


「……いいでしょう。この状況で僕に勝ち目はありません。私をして終わらせなさい」

「っ! いかん! それは――」

「そのような事はしません」


 遂にその瞬間が来てしまうと思って止めに入ろうとしたウェルングだったが、意外にもアドワーズは止めを刺すことなくそのまま剣を静かに鞘へと納めていく。


「この期に及んで何のつもりだアドワーズ!? テメェ、ここでこいつを始末しねぇと――」

「始末しないと、回復次第でダーインお兄様はまた追ってくるでしょうね。でも別に構わないじゃないですか」


 アドワーズはレーヴァンの方を振り向くと、したり顔でこう言ってのけてみせた。


「――やってくる度にやっつけて、追い返してしまえばいい。そうすればお父様は死にませんし、私達もお兄様達を殺さなくて済みます」

「……ハァアアアアアア?」

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