第5節 それがダーインという剣 1話目

「――なぁ、どうしても鉄鉱石がいるのかよ」

「仕方ないじゃろ……まさか違約金が発生するとは思わなかったんじゃし……」


 ダーインに追われることが確定してから一行がまず行おうとしたのは、貴族主催の武器コンペの辞退だった。しかしながら受付をしてくれたマティに説明しようにもダーインのことをそのまま話すこともできず、一身上の都合という曖昧な理由でもって断りを入れようとしたところ、「既に登録を済ませている以上は作品の提出が無ければ違約金が発生してしまう」と逆に釘を刺されてしまう事態となってしまっている。


「……となれば、鉄鉱石の拾いなおしだが……」


 そんな訳で鉱山へととんぼ返りとなった一行は、捨てた籠も拾うべく、山道をひたすらに歩いていた。


「あの時は籠を捨てて逃げていたのもあるし、もし残っているのならそれを回収するだけでいいんだけど――」

「ダーインが張ってねぇ訳ねぇだろ。つーか、戻ってきたと知ったら呆れ返るだろうよ」

「全くもって、その通りです」


 山の斜面の先、ウェルング達の進む先に立ち塞がるように立っているのは、ダーインだった。魔剣部隊からすれば他国での活動となる為か、野宿を過ごしたダーインの姿は少しだけ土埃による汚れが目立っているようにも思える。


「ほーら言わんこっちゃねぇ」


 軽口を叩いてはいるものの、レーヴァンは即座に燃え盛る剣を抜いて構えを取り、アドワーズもまたウェルングを庇うかのように間に割って入るように立つ。


「お下がりくださいお父様!」

「前回から丸一日たちましたが、僕も飲まず食わずでは活力エーテルに限界がありますからね。早期の決着は正直ありがたい話です」

「へっ、こっちは朝飯腹いっぱい食ったから、エーテルなんざ有り余ってるっつーの!!」


 そうしてからの初手、レーヴァンによる斬撃は縦に振りかぶっての大振りの一撃だった。


「――爆ぜ進む熱波ヒートウェイブッ!!」


 爆破魔法としての小手先で使う技ではない、剣本来の力を発揮しての本気の爆炎が地面を割って突き進んでいく。


「まともにエーテルも喰らってねぇテメェに、俺が負けるかよ!!」

「っ、だからと言ってこの程度!」


 しかしダーインはそれを大きく剣を薙ぎ払う風圧で消し飛ばすことで無力化し、そして得意とする間合いまで一気に詰め寄っていく。


「今の僕に勝つのなら、最初から本気を出すべきでしたね。それこそ僕が壊れるくらいに!」

「――ッ!」


 この期に及んで、どこか迷いがあったのか。あるいはコンディションが悪いと聞いて、拘束して何とか問題を収めるという甘えた道を選ぼうとしていたのか。いずれにしてもレーヴァンが本気と思い込んでの一撃は、ダーインに通用することはなかった。

 そして――


「はぁああああッ!!」

「ぐっ! クソッ!」


 先日と同じ、一方的な剣戟を凌ぐレーヴァン。しかしここで明らかにダーインの調子が落ちていると、レーヴァンはその一撃一撃を通して確信を強めていく。


「っ……オラァッ!!」


 上からの振り下ろしに対して、爆風で加速させた切り上げで応戦。その結果、ダーインの手から剣が弾き飛ばされ、レーヴァンにとっては完璧なチャンスと転じていく。


「なっ!? くっ――」


 今度は昨日とは反対に、ダーインの方が霊体化を解くことで追撃を回避、そして弾き飛ばされた剣の近くで膝を折った姿勢で再び姿を顕現化させる。


「オイオイオイ、昨日とは真逆の展開みてぇじゃねぇか。このままだと今日は俺が勝っちまうぜぇ?」

「ふっ……まあ、否定はできませんね」


 素直に認めるダーインに目を丸くするレーヴァンだったが、アドワーズは一切気を緩ませることなく剣を構えたまま注意を促す。


「油断しちゃ駄目よレーヴァン! ダーインお兄様はイスカお兄様と同様、決してあきらめない性格なのだから!」

「分かってる分かってる。つーか、こう見えても俺はダーイン相手に本気で油断したことなんざねぇよ――」



          ◆ ◆ ◆



 ――何度でも何度でも、打ち倒されても立ち上がってくる。それがレーヴァンのよく知るダーインの姿だった。


「おいおい、今日はこの辺にしておけ」

「そーだそーだ、やめようぜダーイン」

「いえ、まだ戦えます!」


 オルランディア王国、城内の中庭にて。兄であり、教えを乞う師でもあるボルグに対して、ボロボロになりながらも立ち向かう一振りの剣がいた。


「ケッ! 俺等ん中じゃボルグに勝てる奴なんざイスカぐれぇしかいねぇってのに、よくやるぜ」

「てめぇは諦めが早すぎるんだよレーヴァン! そういった意味じゃ、ダーインと足して二で割ったくらいが丁度いい」

「諦めっつーかめんどくせぇだけだっつーの」


 魔剣として生を受けたばかりのレーヴァンにとって、鍛錬というものは無駄としかとらえられない工程でしかなかった。


「……無駄でしかねぇのに、よくやるぜ」


 道具として生まれた時点で、それ以上の伸びしろなど存在しない――人間に似てそれぞれが独自の思考を持っていて、独自の身体を持って生まれたとしても、そこからひとりでに成長などあり得ない。


 ――何故なら自分は、単なる道具なのだから。


「…………」

「ふっ、はぁああっ!」

「遅ぇ!!」

「がはぁっ!」


 大剣を片手で軽々と振り回すボルグを前に、己が長剣を合わせるのがやっとのダーインが勝てる筈もなく、再び剣は弾かれ、ダーインの体は後方へと派手に吹き飛ばされていく。


「……っく、まだ、まだっ……!」


 黒の長剣を拾いなおして再び構えをダーインに対し、ボルグはもうやる意味も無いとばかりに構えも取らずに肩に大剣を担いでこう言った。


「本当にやめておけ、ダーイン。これ以上は親父に怒られちまう。既に身体にガタがきてんだろ」


 ボルグの言葉通り、ダーインの持つ剣には僅かではあるもののヒビが入っており、それと連動するかのように、霊体の左頬にも同じような痛々しい亀裂が走っている。


「もう少しで……掴めるんです……!」


 そう言って再度剣を振りかぶるダーインに対して、今度ばかりは再起不能となるように少し強めに剣を弾き飛ばそうと大振りをかますボルグだったが――


「――そこですっ!!」

「っ!?」


 ――全てを振り絞った一撃。その一撃と油断の結果、最後に剣を弾き飛ばされたのはボルグの方だった。


「はぁぁぁぁぁ!?」

「はぁっ……はぁっ……っ、やっ……た……!」


 予想外の結果に、レーヴァンは思わず素っ頓狂な声をあげてしまっていた。そして今の一撃が最後だったのか、全ての活力エーテルを使い果たしたダーインは、その場に大の字になって倒れてしまう。


「……やるじゃねぇか!!」


 片や満身創痍、かたやまだ余力は充分。しかし結果としては、勝てるはずのないダーインが最後の最後に勝利をもぎ取っている。


「もう、立てません……」

「ハァーッハッハッハッ!! だったら次は立てるようになるまで、俺に勝ちに来い!」

「……イカれてやがる」


 この日は冷めた目で終始眺めるレーヴァンであったが、彼もまたこの日を境にダーインの熱意に当てられていくことになり、そして二人の後を追うような、がさつで乱暴でありながらも強い力を養っていくこととなるのだった――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る