第4節 わし、ようやく決意する 3話目


「ふぁああ……よく寝たわい」


 窓から差し込む明るい陽射しに、自然と目が開く。結果としてはダーインと遭遇してから最初の朝日を、ウェルングは一切の傷を負うことなく迎えることができた。


「おはようございます、お父様」

「おお、アドワーズ。ダーインは――」

「お兄様は結局、この寝室には姿を現しませんでした」

「そうか……」


 ホッとするべきなのか、あるいはこれから本格的な襲撃を仕掛けてくるのだという覚悟を持つべきなのか。ウェルングの複雑な胸中を察したアドワーズだったが、今は何も言うことができなかった。


「遠目に見ている気配もしなかったぜ」

「っ! レーヴァン! ノックぐらいしなさいよ!」

「むしろノックをした方がダーインっぽいだろうが」


 そんな中で無神経にガチャリと音を立てて入ってきたのは、一晩中外での見張りをしていたレーヴァンだった。アドワーズは一瞬腰元の剣に手を伸ばして戦闘態勢をとったが、レーヴァンの姿を見るなり、大きなため息を漏らしてしまう。


「そういえばお前達は寝ずの番だったが、大丈夫じゃったか?」

「別に大したことねぇよ。寝ずの番なんざ、戦争中に何度も経験してきた」

「……戦争中、か……」


 ダーインとの戦い。それは魔剣部隊の一角との戦い。それはこの二人にとっては戦争に匹敵するほどのものなのだと、ウェルングは理解した。


「…………」

「……心配すんな親父殿。ダーインも長々と俺達を苦しめるつもりはねぇはずだ。仕掛けられるときに仕掛けて、サクッと殺して帰るつもりだろうよ」


 レーヴァンはそう言ってベッドの端にドカッと乱暴に腰を下ろし、天井を見上げる。


「……腹減った」

「貴方、さっき戦争中って言ったばかりじゃない。緊張感が無さすぎるわ」

「そうは言っても減ったもんはしょうがねぇだろ。寝られない分は補わねぇと」


 魔剣の活動能力の源となっているのは、この世界において全ての生命が普遍的に持つとされている活力エーテルと呼ばれるエネルギーである。

 極端な話で言うなら、生きた人間を斬って生き血を啜るといった行為でエーテルを得ることができる。それ故に大量に血の流れる戦場においては理論上不眠不休で活動も可能、まさに戦闘兵器として魔剣は理想の存在となっている。

 しかしそうした非人道的な行為を我が子にさせたくなかったウェルングは、その代用として新鮮な食物に残っているエーテルを霊体状態で摂取する方法を教えていた。


「昨日の夜食ったピザ、中々美味かったな。とりあえずそれを十枚食うとして――」

「十枚じゃと……」

「ほんと、相変わらずの底なし胃袋ってやつね……」


 魔剣には味覚というものは存在しない。しかし食材を調理することによって様々な動植物のエーテルを得るという、人で言うところの「味わう」という行為に似た感覚を得ることはできるようで、ウェルングの息子達の中にはそのせいでグルメになった者もいる。

 そしてレーヴァンはその魔剣の中で特にエーテルを消費するにあたっての燃費がかなり悪い方であり、その為料理も十人前や二十人前など当たり前にぺろりと平らげてしまうほどの大食漢でもあった。


「んー、とりあえず何か食おうぜ」

「まったく……馬鹿食いも程々にしなさいよ」

「何言ってやがる。ダーイン相手なら常に満タンにしておかねぇと、マジでいざという時に何もできねぇぞ」

「はいはい、そうですね」


 無駄話を重ねている間にウェルングが身支度を済ませたところで、一行は腹ごしらえをするべく部屋を後にすることとなった。



          ◆ ◆ ◆



「おかわりよろしく!」

「は、はぁ……」


 ガシャガシャと音を立てながら、レーヴァンは丸テーブルに並べられた料理を片っ端から平らげていく。


「ぐァつぐァつ、もぐ、むぐ……ごくん!」

「まったく……」


 とにかく詰め込む、流し込むといった食べ方をするレーヴァンのそれは、決して上品とは呼べるものではなかった。皿はいくつも積み重なっているが、綺麗に平らげられているという訳でもなく、猛獣か何かが食い散らかした跡に思える。

 対照的に上品な食べ方をするのはアドワーズで、今はパンを少しずつちぎっては食べ、スプーンを使ってはスープを少しずつ口に運んでいる。ウェルングはとはというとアドワーズほど上品な食べ方はしていないものの、見ていて不快感を感じないような最低限のマナーは守れているようであった。


「そういえばアドワーズ」

「はい? 何でしょうお父様」

「レーヴァンと違ってお前は上品に食べるようじゃが、わしはそんな教え方をしておらん。一体どこで学んだんじゃ?」


 王国で勤めていた時には、ウェルングは魔剣部隊と食事する機会があまりなかった。時折王と同じテーブルに着く機会もあったが、末席も末席で、到底様子を見ることなどできなかった。

 そんな中改めてアドワーズの食事の様子を見たウェルングは、素朴な疑問を持つこととなっていた。

「それは――」

「こいつ俺達の中で唯一の女だろ? そういった上品な社交場に護衛として連れていく機会が多かったらしいぞ」

「そうなのか」

「もっとも、その時はお兄様も一緒の時が殆どなのですけどね」


 この場合のお兄様、といえば二つの意味で王の懐刀ともいえる存在であるイスカの事を指している。ある時は令嬢と執事として、ある時は有力な貴族の息子娘として。適当な偽名を与えられてはいざという時に戦えるよう夜会などに紛れていたのだという。


「まっ、がさつで下品なレーヴァンにはできない任務だったわよね」

「うるっせぇ。一回だけやったことあるっての」

「その後は?」

「その後は……一回もねぇよ」

「ほらね?」

「ケッ! 上品に飯食えばエーテルを得られる訳でもねぇし、どうでもいいだろそんなもん」


 レーヴァンはそう言ってパンに丸ごとかじりつきながら、運ばれてきたスープをそのまま流し込んでいた。


「はぁ……ほんと、食い意地が張ってるんだから」

「まあまあ。お金には余裕があるし、ここで腹いっぱいになっておけるなら大丈夫じゃろうて」


 しかしこの調子であれば数日中にでも依頼の報酬金が尽きかねないと、ウェルングはいまだに手が止まらないレーヴァンを見て、深いため息をつくのであった。

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