第3節 わし、息子達から追われる 4話目

「――っと、こんなもんで良いのか親父殿?」

「そう、それじゃそれじゃ」


 背負っている手作りの籠詰まっているのは、重々しい錆色の石。レーヴァンはそれを転がり落とさないようにしつつ、緩やかな岩場の斜面に座って休憩を取っていた。

 日が昇り始める前から岩山を登ってきていたこともあってか冷ややかな空気によってそれまで朝靄あさもやで包まれていた視界だったが、それも太陽が見え始めるにつれて晴れていく。そうして自分達がいかに高いところまで登ってきたのかを、晴れ渡った景色が知らしめてくれていた。


「こら! サボってないで集めなさいよ!」

「もう満杯だっての。アドワーズの方こそちゃんと集めろよ」

「ちゃんとお父様に言われた通り、鉄が多いものを集めてるんですよーだ」


 アドワーズやウェルングはというと、同じように籠を背負っているが、中身はレーヴァンの籠ほど詰まってはいない。しかし質といった意味ではレーヴァンが収集しているものより高いものを選んで集めている様子。


「それにしてもギルドの方が鉱山の場所を把握していてよかったですね!」

「パッと見た感じだと屑鉄しか見当たらねぇけどな」

「そういうもんじゃろ。ギルドのような大きな組織が知っているという事は、それだけ採集する者も大勢いる」


 となれば彼らのやっていることは残飯漁りのようなものであるが、ウェルングにとってはそれで十分だった。


「とはいってもよぉ、鉄鉱石ばっかじゃねぇか。俺やアドワーズに匹敵するもん作るなら隕鉄とかミスリルとか用意しねぇと――」

「あくまで剣を求めるという話じゃろ? どっちにしろ、お前達と同等の魔剣に仕上げるつもりなんて毛頭ないわい」

「そこから第二の魔剣部隊をつくる、なんて話になったらまた面倒なことになりそうですものね」

「そういうことじゃ」


 そもそも魔剣を作る際はそれなりの支度が必要とされる。しかし提出までの期間が今回たったの一週間しかないといった時点で、ウェルングは最初から魔剣と同等のものを製造するつもりなどなかった。

 それよりもあくまで見る人が見れば気づくことのできる一振りを作る方が、恐らく貴族が抱えている専門家に評価される。そうした判断を下した結果、ウェルングは今回基本的でありながら硬度、強度が十分に高い一本のロングソードを製造することを決めたというのである。


「剣の大部分を担う鉄鉱石さえ取れるのなら十分。その他の材料は少しばかりだが工房から持ってきておる」


 とはいえただの鉄のロングソードをつくるなんて味気ない話でもあることから、ウェルングは自前で用意していた別の素材との組み合わせも頭に入れて採掘作業を行っている。


「ミスリルなんて大層なものは使わんが……法儀礼を済ませた銀でも少し混ぜておいて、聖属性を付与させておくか」

「……法儀礼済みの銀、か……」


 その素材を聞いたレーヴァンは、同じ魔剣として生まれた兄弟にいる、一振りの剣について思いをはせる。


「……イスカの奴、今頃ブチ切れてっかなー」

「そういえば、イスカお兄様の刃はオリハルコンと法儀礼済みの銀を合わせてつくられているのでしたっけ」

「その通り。最硬のオリハルコンに神聖性を持たせた、“意志ある限り折れぬ剣”……それがイスカじゃった」


 足元の鉄鉱石を一つ一つ目利きしながら、思い出話を語るウェルング。その背中には未だにこの状況を信じたくない、我が子のように愛した剣達に追放されたという事実を受け入れたくないといった、寂しさが感じ取られるようでもあった。


「…………」

「……さて、こんなもんじゃろ。後は窯を貸してくれる工房さえ見つけられれば、すぐにでも剣を――」

「こんなところで呑気に採掘作業とは。逃亡生活をされていたのではなかったのですか?」

「っ!?」


 若い青年の声によって、ウェルングはその受け入れたくなかった事実が本物だという事を、改めて理解する。


「っ、ダーインか!?」

「相変わらず兄に対して口が悪いですね、レーヴァン」


 ヴァンではなくレーヴァンと呼ばれたことで、問いは確信へと変化する。


「……本当に、ダーインお兄様なんですね」

「ええ。探しましたよ。我が妹、そして弟よ」


 太陽によって僅かに煌めく白銀の髪。そして背中にはあとわずかで地面に引きずった跡を残しかねないような、異様なまでに長い剣が背負われている。

 鞘には静かに納められているものの、ダーインの本体たる漆黒の剣は確かにそこにある。


「……なるほどな。お前ならわしを見つけられる」


 かつて一度だけ、自分の意思ではなく王の注文のみに従って魔剣を創ったことがあった。

 ――人間も亜人も含めて“必ず殺す剣”を創れと言われ生み出した、殺しの一点においては比類のない、最凶たる剣。


「ええ。というより、今の今まで僕の力をお忘れでしたか?」

「ああ……覚えていたと言えば嘘になるな」


 相手が死ぬまで追い回し、追い詰め、終いには「殺してくれ」と自ら首を差し出すという逸話まで持っている剣が、目の前に立っている。


「くっ……アドワーズ!」

「分かってるわよ!」


 背負っていた籠を放り捨てて剣を抜くアドワーズ、そしてこの地を火の海に変えてでも父親を守るという決意を持って腰元に控えている柄に手を伸ばすレーヴァン。その二人を前にして、ダーインは表情を一切崩すことなく、ただ淡々と話を続ける。


「二人とも落ち着いてください。僕はまだ、んですから」

「……っ、テメェが剣を抜いたらそれで終いだろうが!!」

「そうです。お終いになってしまいます。だからこそ、僕は父君と交渉に来たのです」

「交渉じゃと……?」


 ウェルングはとぼけて見せたが、ほぼほぼその内容について察しがついていた。

 そしてその内容の答え合わせをするかのように、ダーインは再び口を開く。


「そうです。僕の提案はただ一つ。このまま父君を見逃す代わりに――」


 ――弟と妹を返していただきましょうか。

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