第3節 わし、息子達から追われる 3話目

「――そういえば、貴方は何かなされないのですか?」

「ん? わしか?」


 ギルドに入ってからの数日間、アドワーズとレーヴァンは酒場に掲示されている依頼を次々とこなしていた。Dランクとはいえそこまで大規模な依頼など舞い込んでくることもなく、最初に受けた以来と類似するような近場のモンスター討伐が多く、ウェルングとしては二人の様子をぼーっと眺めるだけで済んでいた。

 そして今日もまた二人が依頼達成の報告をする中、ウェルングは少し離れたテーブルにていつものように一人で酒をあおっている。こうしていつ見てもドワーフの男が何もしていないことが気になったのか、酒場でそれまで配膳をしていた女性は、彼に声をかけることにした。


「いつも依頼についていっているだけで、特段戦うこともない様子で……まあ、確かにあの二人の依頼遂行スピードはDランクでも群を抜いていますから、そういう手伝いの必要もないんでしょうけど」

「わしは戦闘などせんわい。わしはただの鍛冶師で、あいつらの武器を手入れしてやっているに過ぎん」

「……鍛冶師、ですか」


 ウェルングの職業を耳にした女性は先程とは別の意味で興味を持ったのか、女性はいったん店の奥に引っ込み、そしてとある依頼書の束を手に持ってウェルングに対してギルドの別方面の仕事について紹介を始める。


「改めまして、私の名前はマティといいます。実はこのギルド、職人にもギルドからの依頼を回していて、私はそっちの担当をしているんです」

「ほお」


 マティと名乗る女性が持ってきた依頼書の束に目を通せば、ウェルングが得意とするような武器の製造依頼や防具の修理、はたまた特定のモンスターに向けた討伐用具の製作依頼までもが並んでいる。


「……どれも簡単そうじゃな」

「まあ、ここに並んでいるのはいずれも冒険者でいうところのFランク程度の依頼ですから」

「もっと面白い依頼はないのか?」

「でしたらこっちとかどうでしょう。コンペティション方式にはなりますが、貴族の方々のお眼鏡にかなうことが出来ればそれなりの報酬が出ますよ」


 逆に言えば依頼主にとって満足のいくものができなかったり、あるいはその依頼を受けた他の鍛冶師の腕が上回っていたりした場合、それまでの努力が徒労となってしまうこともある。

 それゆえにマティは最初の内は確実に稼げる依頼をこなすことを推奨したが、それはウェルングが一般的な普通の鍛冶師だと思ってのアドバイスであり、ウェルングの素性を知れば口が裂けても同じ事は言えなくなるだろう。


「ひとまずこちらの依頼を受けてある程度の名を売って、それから――」

「親父殿に依頼だと? だったらこれ一択だろ」


 話のどの部分から聞いていたのか、途中で割り込んできたレーヴァンが指を差したのは、一つだけ報酬額の桁が違う武器制作の依頼書だった。


「隣国オルランディアの魔剣部隊にも劣らないような武器の製造……親父殿にピッタリだ」

「あら、お父様もギルドの依頼を――って、それは!?」


 今まで何度も目にしてきた、アドワーズによるレーヴァンの強制連行。そうして酒場の隅にまで引っ張られたレーヴァンは、いつものごとく怪訝な表情でアドワーズを睨んでいる。


「んだよ。何か問題でもあんのか?」

「何がって、問題しかないわよ!」

「親父殿の腕なら問題ねぇだろ! 魔剣部隊に負けないようなって、そもそも俺達を作ったのが親父殿で――」

「だからって、すぐに魔剣部隊に繋がりかねないような依頼を受けるのは止めた方がいいわよ! 忘れがちだけど、お父様は逃亡中の身よ!?」

「だからって、いつまでそうするつもりだよアドワーズ! 俺とテメェがいれば大丈夫だっての!」

「……何やら、揉めているようですね」

「……仕方ない」


 ウェルングはそれまで座っていた椅子から離れて二人の元へ向かうと、その間へと割って入って仲裁を行おうとした。


「こらこら、二人ともやめんか」

「だって、折角お父様の安全が――」

「俺だって、親父殿の名誉の為に――」

「二人とも分かっておる。わしのことを思ってくれるのは、とても嬉しい」


 父親の身の安全を案じるアドワーズと、父親の栄誉を広めようとする息子レーヴァン。どちらかの意見が間違っていると、断ずることはできない。

 しかしこの時は、鍛冶師としての意欲が出てきたウェルングとして、自分の考えをこう述べた。


「わしを案じてくれる気持ちは分かる。しかしいつまでもお前達ばかりに負担を負わせる訳にはいかない」

「わっ、私は別に負担だなんて――」

「それに、レーヴァンにわしも毒されたんじゃろうな。少しばかり、腕試しがしてみたくなったんじゃ」

「……っ! それじゃ――」

「すまんな、アドワーズ。今回はこの依頼、わしは受けてみようと思うんじゃ」


 そう言ってウェルングが握っているのは、魔剣部隊に負けない武器の製造依頼書。それを目にしたアドワーズは、フッ、と静かに目を伏せる。


「……お父様のご意思ですもの。私に異論はありませんわ」


 そうしてまるで応援するように微笑みを浮かべるアドワーズに、ウェルングは改めて礼を告げた。


「わしのわがままを聞いてくれてありがとうな、アドワーズ」


 そうして話が纏まったところで、二人を連れたウェルングは再びマティの元へと戻ってくると、手に持っていた依頼書をそのままマティへと手渡してこう告げた。


「腕試しという意味でも、わしにこの依頼を受けさせてくれ」

「分かりました。では早速ですが、請負人として、改めてお名前を教えてください」

「名前、か……」


 アドワーズもレーヴァンも、魔剣として名前は通っている。故に偽名で登録を済ませてきた。

 しかし自分はどうだろうか。確かにオルランディアの一部は名前を聞いて即座に反応するだろうが、この国においては無名の鍛冶師、名前を聞いても気づかれることはない。


「……わしの名は、ウェルングという」

「っ!? お父様――」

「大丈夫じゃ。無名の鍛冶師の名前なんぞ、そう覚えられることもあるまい」

「これから有名になるけどな」

「それではウェルングさん、出来上がりましたらこのギルドに依頼品の提出を行ってください。期限は一週間となっています」

「一週間……まあ、何とかなるじゃろう」


 こうして稀代の鍛冶師ウェルングの名前が広まる、最初の一歩が踏み出されようとしていた――

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