二 シェイド・アンド・ハニー〈SCRIPT〉その3
図書室に行くついでに部室に立ち寄ろうとしたら、中で
「——
「難儀してるけど、一応は進んでるみたいですよ」
「同じ一年生として、進捗管理よろしくね」
「もちろん」
「言っとくけど、彼女のケアも業務に含まれるからね。気分転換にどっかに引っ張り出すとかさ」
「あいつはおれとなんか出かけませんよ。悪口でしか会話できないんだから」
「そういう関係もゼンゼン悪くないと思うけどなあ。何か誘ったりしたの?」
「そんなわけないでしょ」
「ふうん。わたしの見込み違いかな。合宿をいちばん楽しみにしてるっぽいのは宮本くんだから、脚本完成のための努力は惜しまないと思ってた」
「そりゃもちろんですって。あいつ、昔のシナリオとか探してもいなくて、古いの引っ張り出して読ませたのおれですから」
「そうなんだ。エラい。じゃあ引き続きよろしくね」
わたしは気配を立てぬよう、そっと立ち去った。
で、三回目に行ったとき。
「なるほどね。そういう意味では、たとえば彼女は旅人なのに全部の荷物を持っていこうとする傾向があるね」
「菜々子先輩は村人っぽい旅人かあ……」
「何も捨てたくないって意味ではね。思い出とか、記憶とか、知識とか」
個人的な考え方として、全ての人間は村人か旅人にわかれる。留まる人か、彷徨う人か。村人は荷物を蓄えて、どんどん留まるための準備をする。旅人はその場その場に合った軽装で、飽きたらどこかに渡り歩く。その習性は幼い頃には萌芽があって、気づいたらすでにどちらかになっている。身動きが取れなくなる。
村人のわたしは。
「……ぼくも似たようなもんだったけれど、いまでは後悔している。彼女にも迷惑かけた。ぼくが彼女を村人にしたかもって思う」
おそらく菜々子先輩に極大の執着を生み出した原因……例の「事故」のことだろう。
「菜々子先輩はそうは思ってないと思います」
「かもね。でも重要なのは、ぼくがそう思っているってことさ」
坪手さんはちらりとわたしを見た。
もしかすると、いままさにわたしが行っている行為を言っているのかも? この人は自分の話をするふりをして、DVDを返すだけって言ったくせにまんまと部屋に上がり込んでいるわたしを責めているのではないか?
「ほら、たとえばきみはいま、自分が責められていると思ったでしょ?」
罠にかかった小鳥でも見るような目で坪手さんは言った。
「この間、他の人ともちょうどメールで話したんだけどさ。同じ境遇の人の話が出ると、咄嗟に『自分かも』って反応が出るよね」
「うまく隠したつもりだったんですけど」
「バレバレだよ」坪手さんはわたしを指さして笑った。「話を戻すけれど、結局は自分がどう思うかなんだ」
「仮にそうでも、いまのはわたしがネガティブだから顔に出ただけですよ。坪手さんがネガティブになる理由はどこにもないですじゃないですか。なんていうか、わたしなんかよりずっと信念がある感じ」
「誰だって、みんな自分の主義や好みや気分に合わせて都合よく理屈をつけて事実を捻じ曲げて、自分を納得させて生きている。それを信念って呼んだりもする。でも、そんなの持つ意味あるのかなっても思う」
意味が取れなくて、わたしは薄くうなずいて誤魔化した。見透かしたように坪手さんは続ける。
「誰かが、自分で見つけた気になっている法則みたいなものがあるとしよう。生きていく上でそれを大事にしなくちゃいけないとか思うようなこと。何かある? 言わなくていいけど」
「ええ、そうですね……まあ」
わたしでいうなら、それこそ脚本を書く動機にもなったそれだ。物語を作る行為は、世界に対する自身の視点についての責任の表明ともいえる。それをみんなに評価してもらえたなら、わたしは自信を得て、敬意を払ってもらえる自分になれる。
「でも、きみの見つけたその聖なる法則はべつにきみのために存在しているわけじゃない。べつにね」
坪手さんは麦茶を一口飲んで、さらに続けた。
「そういうのは、単純にきみが他人とぶつからないようにするためにあらかじめ言い訳しているだけのことだよ」
慣れてきたら意外とひどいことを言う人だなと思った。でも、次の言葉。
「ま、これはぼく自身がそうだってことなんだけどね。たぶん人と人とが敬意をもって話すには、世界をどう見ているかって表明が互いに必要だから。見ているものがまるで違っていたとしても」
敬意。そして視点の表明。
言葉に電気が宿っているなら、わたしはいま間違いなく感電した。
わたしたちは、聖なる法則を共有している!
「だから、迷惑だとかは考えなくていいよ。ぼくはまだ体力も落ちたまんまで出かけるとすぐ疲れちゃうし、学校以外ほとんど家から出ないからね。暇なんだよ」
家に帰ったとき、次はどういう理由をつけて遊びに行こうかと考えている自分がいた。
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