二 シェイド・アンド・ハニー〈ACT〉その1
「はーいっ! いまからクラゲのモノマネしまーっす」
「急にどうした?」
「テロテロテロテロテロテロ……クラーケンッ!」
「でさあ、なんだった? 捨てるもの」
「それいま言う感じ?」
「たしかに情報の共有は大切だしな」
「あれ? 無視? わたしの」
海岸近くの公園で、木陰に陣取っておれたちは輪になり佇んでいる。
「ん、んー……じゃあ、わたしはですねえ」
輪を作る女子の一人が撥水生地のトートバッグから何か取り出した。
「日記帳?」
「何が書かれてるの?」
「ありゃ、鍵付きだ。番号は……トン・カ・ツ」
「それ語呂合わせになってる?」
「ねえ、わたしのモノマネは? 練習したんだよ?」
「お上手でしたよ。で、なんの日記?」
「これは……あーそうだ。小学生のとき、親に日記をつけさせられてたんだ。でも代わり映えしない毎日で全然書くことがないから、クラスの前の席の男子の観察日記を書いてたの」
「おっ? 初恋の人とか?」
「いや全然。ずっと隠れてホラー漫画読んでる奴で、怖いシーンが出てくると後ろ向いてわたしにその絵を見せてくんの。おかげでわたしホラー映画見るとそいつの顔を思い出しちゃってさあ……ニヤニヤしてて、目がギラギラで」
「それ自体がホラーじゃん」
「そうそう、まさに!」
二人が笑い合った。そのまましばしの沈黙。やがて、おれの隣の女子がこっちを見た。
「……きみはどんな小学生だったの?」
「え? おれですか? あっ、おれはその……」
急に振られて言葉に詰まる。
「
相手の表情は逆光で見えない。でもその語調に気圧されて、おれの頭は真っ白になった。何を言う? おれは……次に何を言うんだっけか?
「——はい、カット」
ふいに現実に引き戻された。
「おい、台詞飛んだろ」
「す、すみません……」
「しっかりしろよ。おまえは次にこう言うんだ。『おれは三度の飯よりどんぐりが好きだったな』って。ほら言ってみな。サンドノメシヨリ、さんはい」
「おれは……三度の飯よりどんぐりが……好きだった」
「そんなに溜めて言う台詞じゃないな」
「へい」
頭をかいて恐縮するおれに、日記帳を持った女子が嘆息した。
「せっかく日差しの感じとか良かったのに〜。わたしの名演を無駄にしやがって」
「悪かったって。おれの台詞からやり直して、あとで繋げればいいだろ」
「簡単に言ってくれるねえ。編集泣かせの男だぜ」
メンバーが一様に苦笑した。そこに、一人の女子が手をあげる。
「あの、確認なんですけど。この映画の撮影中は、極力人の名前を呼ばないこと……ですよね?」
「あっ、わたしだ。思いっきり宮本くんって言っちゃった」
おれの隣で手があがった。
「もう二度と撮影中に人の名前を呼びません! 呼んだら腹パンとかしていただいていいんで」
合宿初日の午後のこと。
おれたちの撮っている映画はタイトルを『くらげのできるまで』という。内容について簡単に述べれば、舞台は海で、コンセプトは何かを「捨てる」話だ。
何を捨てるかは、
行くつもりだったのに行きそびれたライブのチケットとか、子供の頃のスナップ写真とか、いかにも思い出と結びついていそうなものに限られる。
おれたち登場人物は全員、同じ部活の仲間という設定だ。それが気づけばどこともつかない海辺にいて、どういうわけか「名前」を失っている。そしていつの間にか各々が「捨てたいもの」を手にしており、成り行きに任せてそれらにまつわる思い出話を語っていく。そこに現れた神だかなんだかよくわからない上位存在とも呼ぶべき者に「心からそれを捨てようとしている」と判定されたとき、名前を返され元の日常に戻れる——そんな筋書きだ。
派手な展開も演出もないが、高校生映画に多くを求められても困るので開き直ろうじゃないか。というのが、高校生であるおれたちの結論だった。
そういうわけで「名前を呼ばない」は、我々演者が「知らない者同士」だという認知を強めるための演出の一環でもある。
「ねえ。やっぱいまのとこ撮り直しません? わたし一回噛んだ自覚がある」
「賛成。わたし、光の感じをうまく調整できなかった」
ビニール傘を構える女子が言った。レフ
なおライティング係や、場合によってはカンペ係や記録係はそのとき手の空いている者が持ち回りで担当している。
「OK。ええと……何テイク目だっけ?」
「6かな。気になるところはガンガン撮りためて、あとでいいところをツギハギすればよくねえか?」
夏は日が長いといえど、夕暮れは少しずつ近づいている。影が伸びて、これじゃツギハギしても見栄えは知れているだろう。
映画を撮るのは大変だ。
時間は有限で、一定の速度で流れ続け、そのくせ二度と戻らない。
おれたちの演技は控えめに言って棒で、自分でもどうやったら台詞に普段通りの何気なさを出せるのかが全くわからない。
前に
まったく。今回だって、どれほど準備をしたか。
ここに来さえすれば、もう大丈夫と思っていたのに——。
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