第9話 白銀の狼

「その特徴は、おそらくテイル・フェクトリ様のことだと思われます」


翌日の早朝、シオン達は昨夜、リオを襲った人物を特定するためにギルドへ来ていた。

あれほどまでの強さならば、きっとギルドに加入しているに違いない! とリオが断言したため、シオンとレイナは半信半疑でギルドの受付嬢に女性の特徴を伝えると、なんとそれに酷似した人物がギルドに加入していたのだ。


「テイル様は騎士見習いであり、先日、立派な騎士になるためにと、本ギルドに加入しました」


騎士とは、この国の貴族の護衛をすることができる、大変名誉な称号であり、そんな騎士を目指し、日々、訓練に励むのが騎士見習いである。


「その、テイルという方は、今どこにいるかわかりますか」

「はい。シオン様たちが来る少し前、テイル様はとある依頼を引き受け、早速、依頼場所のダンジョンへと向かいました」


受付嬢の言葉を聞き、三人は顔を見合わせてこくりと頷く。


「俺らもその依頼、引き受けてもいいか?」


そして、再度受付嬢へ顔を向けたリオが、そう尋ねる。


「え、いいですが……皆さんは、リオ様はテイル様に襲われたのですよね? まさか、昨夜の仕返しに……?」


恐る恐るリオにそう聞く受付嬢を、ふっと鼻で笑う。


「ちげぇよ。ただ……気になるだけだ」


♢♢♢♢♢


「あれ? 今回のダンジョン、意外と明るいですねぇ」


依頼先のダンジョンに入ると、シオンとレイナの初依頼の時に訪れたダンジョンよりも明るく、レイナはそう言いながら拍子抜けする。


「ダンジョンってひとまとまりにしても色々あるからな。ダンジョンやそこをなわばりにする魔族の特徴を知ってから、慎重に受ける依頼を決めるのが、冒険者の心得だぞ」


先生のようにそうレイナに教えるリオだったが……。


「 !? 」


ダンジョンの床に設置されていたトラップを踏んでしまったらしく、リオの頭めがけて天井から巨大な岩が降ってくる。


「――っぶね!?」

「おぉ、リオさん、ナイスです!!」


ギリギリで岩を避けたリオだったが、巨大な岩が狭いダンジョン内を塞ぎ、レオは二人と分断されてしまった。


「リオ、大丈夫か!?」

「おぉ、なんとか。でも、自ら攻撃できない俺らじゃこの岩を壊せないし……よし、ここはいったん、それぞれで行動しよう」

「はぁ! 正気か!?」

「そうですよ! 昨日リオさんを襲った女性もこのダンジョン内にいるんです。単独行動は危険ですよ!!」


リオの説得を試みる二人だったが、当の本人は頑なに単独行動をしたがる。

そして、しつこいリオに二人はついに折れ、危険なことがあったらすぐに大声で助けを呼ぶことを条件に、シオンらは二手に分かれてダンジョン内の捜索をすることにしたのだった。


♢♢♢♢♢


リオは警戒しながらダンジョン内を進むが、一向にテイルが現れる気配はない。

自身が単独行動をすれば真っ先に襲いに来るとリオは思っていたが、どうやら違うらしい。


「ま、俺もその方がありがた……っ!?」


一瞬だけリオが警戒を解くと、待ってましたとばかりにリオの背後から殺気が迸り、リオはほとんど反射的に背後を振り返りながら持っていた盾で自身の身を守る。


「そこまで俺にご執着とは……俺に一体何の恨みがあるんだ!? テイル・フェクトリ!!」


そのリオの言葉を聞き、昨夜とは違う剣を振り下ろしながら、女性は――テイルはにたりと笑う。


「ほう、貴族様が私の名前をご存じだとは……まぁ大方、自己防衛のためにギルドの受付嬢から私の情報を手に入れた……ということだろうけどな!!」


テイルはすべてを言い終える前に新たな一撃をリオに与え、リオはそんなテイルの攻撃を受け、整った眉をひそめる。


「俺への皮肉を言う前に、まずは俺の質問に答えるべきではないか? 生憎、俺はお前のことを知らないし、お前に憎まれている理由にも見当がつかない」

「覚えていない……それもそうだよな。貴様らにとって、十年前なんて遥か昔の記憶……だが、私たち当事者にとっては、どれだけ年月が経過しようと、当時の傷がいえるなんてこと、一生ないんだ!! 貴様らルファイム家の罪は、私が絶対に断罪してみせる!!」


だんだんと激しくなっていく攻撃をしのぎながら、リオは攻撃の合間合間にテイルに声を掛ける。


「どうしてルファイム家や貴族のことを恨んでいるにも関わらず、お前は騎士見習いなんかをやっているんだ!?」

「そんなの、騎士になれば貴族とかかわる機会も増えると同時に、殺す機会も増えるからに決まっているだろ!!」

「ルファイム家がお前に何かをしたのなら、ルファイム家だけを恨めばいいじゃないか! 何故、ルファイム家だけでは飽き足らず、関係のない貴族たちまで恨むんだ!!」

「私は、罪を犯したルファイム家も、その罪をただ傍観していた貴族も、全員憎たらしくて仕方がないんだよ!!」


テイルにとって、リオの発する言葉は何もかもが地雷であった。

そして、彼の中途半端な優しさが、テイルの怒りをさらに増加させるものであったのだ。


「何故だ……! どうして貴様はスキルを使わない!?」


声を荒げながらそう問うに、リオは何も返事をしない。

その代わり、決して自身のスキルは発動させずに、テイルの攻撃を盾で防ぎ続けている。

やがて……。


「くっ!!」


テイルの握っていた剣が、音を立てて砕け散る。


「やっぱり、お前のその剣はスキルで作ったもんだな?」


そう言うリオを唇を噛みしめながらギロリと睨みつけるテイルだったが、いつの間にやら、彼女の手にはすでに新たな剣が握られていた。


「私は、私は私は私は! 貴様ら貴族なんかに、負けるわけにはいかないんだ!!」


そう叫びながらリオに向かって剣を振り上げるテイルの顔が、まぶしく照らされる。


「え?」


テイルもリオも、戦いに集中していて気がつけなかったのだ。

すぐそこにまで魔獣が迫ってきており、今まさに、テイルの頭めがけて攻撃を打とうとしていたことに。


「テイル――ッ!!」


先ほどまでいがみ合っていたのに、先ほどまで本気で命を奪おうとしていた相手なのに。それでも、テイルを守ろうと走りながらそう言うお人好しのリオ。そんな彼の声を聞きながら、テイルは痛みに耐えるためにギュッと目をつぶる。すると、テイルの頭にまるで走馬灯のように思い出が駆け巡り、彼女はその懐かしい思い出に身を委ねるのであった。

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