第8話 憎しみの果てに
「それにしても、安全な場所って一体どこだ? 王都の路上で眠るわけにもいかないし……」
シオンがそう不安を口にすると、他の二人も、う~んと悩みだす。
色々シオンを励ます言葉を並べていた二人だったが、どちらも考えなしであった。
「……何かお困りでしょうか?」
三人でどうしようかと頭を抱えていると、後ろから女性の声が聞こえ、三人そろって背後を振り返る。するとそこには、黒色のローブを身にまとった長身の女性が立っていた。
「えっと、貴方は……」
「名乗るほどのものではございません。それよりも、貴方がたは何か困っているのではありませんか?」
「え~と……」
「あぁ。実は俺たち、今日泊まる宿が見つかんなくて、野宿でもしようかと思ったんだが、安全な場所が見つからなくてな……」
圧が強いな、と思いながら、素直に事情を説明すればいいかシオンが悩んでいると、バカ真面目にリオが女性の質問にそう答える。
「なるほど、そういうことでしたか。よろしければ、ここから少し離れた所に私の家がございますので、私の家にお泊りになられますか?」
「え、いいのか!?」
「本当にいいんですか!?」
女性の提案を聞き、嬉しそうにそう聞き返してくるリオとレイナに、女性はニコリと微笑みながら「えぇ、もちろんです」と答える。
「……それに、聞きたいこともございますから」
その場にいた誰にも聞こえないような小さな声でそうぽつりとつぶやきながら、女性は一瞬だけ表情から笑みを消し、瞳から殺意をにじませるが、三人が気が付く前に、上辺だけの笑みを浮かべるのであった。
♢♢♢♢♢
「わ、ひっろ~い!!」
女性が案内してくれた家はなかなかの広さがあり、中は設備の行き届いた、とても綺麗な家であった。そんな家に案内されたレイナは、家の中に入るや否や、キャッキャとはしゃぎながらそういった。
「おい、レイナ。あんまりはしゃぎすぎるなよ」
「ふふ、大丈夫ですよ。元気なことは良いことですから」
はしゃぐレイナをたしなめるシオンにそう声を掛けながら、女性は、三人をそれぞれの個室へと案内する。
「家に泊まらさてもらった上に、それぞれの個室まで貸していただき、ありがとうございます」
「いえいえ。私も定期的に掃除はしているのですが、なにせ一人暮らしなもので、部屋を持て余していたんです。こうして使われた方が、家も嬉しいでしょう」
女性は最後に部屋に案内したシオンにそう言い終えると、「それではおやすみなさい」と言葉を残し、シオンのいる部屋のドアを閉める。
「……良い人、なんだよな?」
しばらくして、部屋のドアを見つめ名があシオンがそうぽつりとつぶやく。
シオンの目にはどうしても、女性の笑顔が張り付けた笑みにしか見えなかったのである。
♢♢♢♢♢
女性が案内してくれた家に来てからしばらく経った頃。
リオは部屋の窓からぼんやりと外の景色を眺めていた。
「……さて、もう寝るか」
誰に言うでもなく一人そうつぶやきながら、リオはベッドの上に横になる。
すると……。
「……もう寝てしまいましたか?」
リオがいる部屋のドアがノックされ、その直後、部屋の外から女性のそんな声が聞こえてきた。
「起きてるぞ」
リオはこんな夜中にどうしたのだろう? と思いながらも、部屋の外にいる女性にそう声を掛けた。
「失礼しますね」
リオが起きているのを確認した女性は、そうリオに声を掛けてからドアを開けた。
部屋の中に入ってきた女性は、先ほどまで身に着けていたローブを着てはいなかったが、部屋の中が暗いせいで、女性の容姿は良く見えない。
しかし、リオはそんなことは気にせずに、部屋に入ってきた女性に話しかける。
「どうしたんだ? こんな夜中に男の元を訪ねるだなんて」
「す、すみません! こんな夜中に……じつは、貴方に一つだけ聞きたいことがあって……」
もじもじしながらそういう女性に、リオは軽く首をかしげる。
「貴方は……貴様は、ルファイム公爵家長男、リオ・ルファイムか?」
先ほどまでの礼儀正しい女性はどこへやら。そうリルに聞く女性の声は、一気に低く、そして、威圧的な声へと変貌した。
そんなあまりの女性の変貌具合に、リオはごくりと生唾を飲む。
いや、そんなことよりも……。
「どうして俺が、ルファイム家の者だとわかった!?」
「そんなの決まっている。私が、貴様らルファイン家を……いや、貴族を! ずっとずっと、憎み続けていたからだよ!!」
そう叫びながら、女性はどこからともなく現れた剣を、リオに向かって振りかぶる。
「くッ!!」
咄嗟に、リオは近くに置いておいた自身の盾で、女性の攻撃を防ぐ。
(スキルを使うか? いや、でも……彼女の攻撃は重く、そして鋭い。こんな狭いところで
そうリオが考えている間にも、女性は二発、三発と攻撃を繰り出してくる。
リオにはどうして、女性がこんなにも自分を憎んでいるのか分からなかった。
「……なぁ、どうしてお前はそんなにも、俺のことを憎んでいるんだ!?」
攻撃を防ぎながら、リオは自身が思ったことを素直に口に出す。
「ははは、はははははは!! わからない? ふざけるなよ。お前の、お前らのせいで、私がどれだけ傷ついたと思っているんだ!! そんなことを考えず、呑気に生活していたお前が憎い! 憎い憎い憎い憎い憎い!!」
しかし、リオのそんなバカ真面目な所が仇となり、女性の怒りはさらに強まっていき、その怒りに比例して、女性の繰り出す攻撃の強さも上がっていく。
「どうして貴様はスキルを使わない? ……あぁ、そうか。貴様は自分が傷つくのが嫌なのだな? たとえ貴様がどれだけ”良い人間”を気取っても、結局は自分が傷つくぐらいならば他人を傷つける、そこら辺の貴族と変わらないわけか」
愉快そうに笑いながらそう言う女性に、リオは何も言い返せない。
(そうだよ、俺は、怖いんだ)
自ら傷つくのも、自ら傷つけられにいくのも怖い、臆病な人間なのだ。
でも……。
「こんな最低な貴様と一緒にいるあの二人も、相当どクズで最低な奴らなんだろうよ!!」
「――ふざけるなッ!!」
ずっと黙りこくっていたリオが突然、大声を上げたことにより、女性の攻撃がピタリと止まる。
「俺をバカにするのは構わねぇ。でも、何も知らないくせに、俺の大切な仲間を貶す。そんなこと、俺が許さねぇ!!」
「 !! 」
リオの言葉に女性は激しい怒りをあらわにし、リオに攻撃を喰らわせようと、剣を振り上げる。だが……。
「――動くなッ!!」
いつの間にか騒ぎを聞きつけたのであろうシオンとレイナが部屋の中におり、シオンが女性にそう命令をし、女性はその場でピタリと動きを止める。
「……どうしてリオを襲ったのか説明しろ」
「い、や……だ!!」
冷たく言い放ったシオンの命令を聞き入れず、そう言い切る女性に、シオンは目を見開く。
「わた、しは……わたしは、私は私は私は……!! 二度と誰かの言いなりになってやるものか!」
半ば叫ぶようにしてそう言いながら、女性はシオンのスキルによる拘束を解き、部屋の窓へと駆け寄る。
「待て――ッ!!」
シオンの最後の言葉を聞き入れず、女性は窓を勢いよく開け、そこから飛び降りる。
月明かりにてらさえた女性の姿は、白銀の長い髪を一つにまとめており、その頬には涙が伝っていた。
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