第2話 魔族の少女

「――で、貴女が魔族と言うのは本当なのですか?」

「あ、あはははは……」


その後、黒髪の少女はギルドのスタッフたちに連行され(何故かシオンも一緒に連行された)、ギルドのお偉いさんから尋問を受けていた。


「貴女の笑いは求めていません。今は、我々の質問に答えてください」


しばらくは、ギルドのお偉いさんからの質問を笑って受け流していた黒髪の少女だったが、ギルドのお偉いさんはさすがにしびれを切らし、黒髪の少女に冷たくそう言い放つ。


「……私は本当に魔族ですよ」


そんなお偉いさんの態度が癪に障ったのか、黒髪の少女は不貞腐れたかのようにそっぽを向きながらそう答えた。


「ならば、自分が魔族だと言う証明はできますか?」

「……証明も何も、この瞳で、貴方は私が魔族だと確信がついているはずですが?」

「まぁ、そうなのだけどね」


(瞳……?)


シオンは黒髪の少女の発言に頭をかしげながらも、横目で、少女の瞳を盗み見る。

少女の瞳は、右の瞳は長い前髪で隠れているものの、もう片方の瞳は穢れを知らないような澄んだ赤の瞳で、どうしてこれで魔族だと確信できるのか、シオンにはわからなかった。


「魔族は魔王様から作られし存在。そんな魔族は皆、魔王様と同じ赤色の瞳をしている。人間族にも妖精族にもない、魔族唯一の特徴ですね」


まるで、シオンの疑問に答えるがごとく、黒髪の少女は魔族の特徴をすらすらとつまることなく話す。


(ん? 待てよ……)


シオンは、吐き気をこらえながら、アスカが殺された日……勇者パーティに襲われた日を思い出す。よくは覚えていないが、勇者パーティの奴らは全員、血を思わせる、赤色の瞳をしていた気がする。でも……。


(この子の赤色の瞳は、あいつらの瞳よりもずっと綺麗だ)


動揺していたから、シオンの記憶は間違っているのかもしれない。そんな状況で唯一分かることは、少女の瞳が、アスカのいないシオンの世界にはひどく眩しく映っていたことだけだった。


♢♢♢♢♢


「すみません、巻き込んでしまって」


その後、意外にもあっさり少女とシオンは解放され、シオンは無事にアパタイトの一員となった。


二人そろってギルドを後にすると、少女はぺこりと頭を下げながら、本日何度目かの謝罪を口にする。


「いや、俺は全然大丈夫なんだけど……」


シオンの言葉の歯切れが悪いのは、目の前の少女がシオンにはどうしても魔族に見えないからである。


魔族には、人を積極的に襲う、魔獣と呼ばれる種類以外にも、人と友好的な人型の魔族――魔人もいることは、シオンも知っている。だが、シオンは”魔族”という響きに、どこか凶悪な印象を持っており、目の前の可愛らしい少女がシオンの想像する魔族の姿と一致していなかった。


「……疑ってます? 私が魔族だってこと」


そんなシオンの考えを見透かしたかのように、いたずらっぽい笑みを浮かべながらそう聞く少女の言葉に、シオンはうっ、と言葉を詰まらせる。


「図星ですか……。簡単に証明できたらいいんですけど、私はまだまだ若造ですから、自分の魔力やスキルですら制御できないんですよねぇ……」

「へぇ、そうなんだ。君も大変……って、俺らまだ、自己紹介すらしてなかったな」


シオンのそんなつぶやきに、少女は「確かに!」と手を叩きながら頷く。


「いろいろあって、自己紹介する暇すらありませんでしたからね……それでは、改めまして、私の名前はレイナ・クラウチ。年齢はピッチピチの17歳! ……と、420歳くらい……」

「420……!? なかなか信じがたいが……それにしても、いったいそれのどこが若造なんだ……?」


シオンは少女――レイナの発言に目を見開きながらそう疑問を口にする。


「しょ、しょうがないじゃないですか!! 魔族は人間よりも長命ですし!」


そんなシオンの発言に、レイナは頬を膨らませながらそう弁明するが、シオンは「そ、そうなんだ……」と、レイナの必死の弁明に若干退きながらも、コホンと咳払いをして自身のことを話しだす。


「俺の名前はシオン・アクトリア。年齢は16歳で、スキルは指揮者コンダクター。さっき聞いてたかもしれないけれど、このスキルは俺が命令すれば、生物の動きを無条件で制御することができるんだ」

「へぇ、シオンさんって言うんですね。よろしくお願いします!! ……それにしても、シオンさんのスキルって、改めて聞いても、かなり強力ですね……」


「……まぁ、ね」


レイナはシオンのスキルに対し、素直に関心の言葉を口にするが、シオンは複雑そうな表情を浮かべる。


(どうしたんだろう……)


シオンのそんな複雑そうな表情を見たレイナは心配になり、そう思ったのだが、きっと彼は疑問を口にしても答えてなどくれないと直感で感じとり、レイナはシオンの表情の変化に気づかないふりをして、笑みを浮かべながら話題を変える。


「それよりも!! 私のスキル、シオンさんには伝えていませんでしたよね!!」

「え、あぁ、まあ……」


急なレイナの大きな声に、シオンは怪訝そうな表情を浮かべるが、レイナはそんなこと気にせず、シオンの手を引いてどこかへ向かう。


「ちょ、何、急に……!!」


シオンは急なことで驚き、慌てた声を上げながらその場に留まろうとしたが、レイナの手を引っ張る力が思いのほか強く、シオンは渋々とレイナに付いて行く。


「私、言葉だけで説明するのが苦手なもんで……だから! シオンさんには実際に私のスキルを見てもらいながら、自分のスキルの説明をしようかと」

「……で、俺らはいったい、どこに向かっているんだ?」

「ダンジョンです!!」


レイナはシオンの質問に、それはそれは元気よく答えたが、シオンは「は!?」と声を荒げながら、ぐっと足に力を込め、歩みを止める。


急にシオンが歩みを止めたことを不思議に思ったのか、レイナはシオンの方を振り返り、はてと首をかしげたが、すぐにハッとなる。


「す、すみません!! 急に危険なダンジョンに行くとか言い出して、失礼でしたよね……嫌だったり、私のスキルが特に気にならないのであれば、無理には……」


シュンとなりながらそう言うレイナの様子に、シオンはうっと息を詰まらせる。


こうも悲しそうな表情を浮かべられると庇護欲がそそられるし、なによりも、シオンは自分と別種族の者がどういうスキルを所持しているか、すごく、すごく気になるからである。


(もしかしたら、スキルによっては復讐に利用できるかもしれない……)


ふと、シオンの頭に言い訳のようにその考えがよぎる。


「……いや、俺も君とダンジョンに行かせてもらうよ」


そうシオンが言うと、レイナはパッと花が咲いたかのように笑う。


そんなレイナの笑みを見て、シオンは自身の善心がチクリと痛むのを感じた。

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