第5話

 白い薄靄の中、頭が働かない。何も考えられない。

俺、死んだんだし、ま、いいか。

薄く目を開けた大介は再び目を閉じようとした。

「ボケッ!そろそろ起きんかい!」

誰かに思い切り耳をつかまれ、怒鳴られた。大声にハッとした大介がパチリと目を開けると、目の前に男の顔があった。クセのある髪に切れ長の鋭い目をした美しい男。品のある面差しなのに、その美しい薄い唇を忌々しげに歪めて大介を睨む。

「な、すみません。」

大介は慌てて体を起こそうとした。

「もう大丈夫や。もうすぐ班長が来るで。」

きっちりと閉められたカーテンを男はいっぱいに開けた。陽の光に映し出された男は上背があり、フィットしたスーツ姿からも鍛えた体をしていることがわかる。

誰やろ?すごいかっこいい人やけど、どこかで見たような…誰?

大介は首をひねった。


ノックの音がしてドアが開けられた。顔をのぞかせたのは先日、挨拶に行った刑事課の楠木班長。楠木班長は部屋に入るなりベッドに横たわる大介に駆け寄った。

「オオッ!目、さめたんか、烏丸。良かったなぁ。」

カーテンを開けた男は楠木班長に笑顔を見せながらナースコールを押した。

「烏丸君が目を覚ましました。」

今行きます、という返事が終わると男は楠木班長に顔を向けた。

「コイツ、今さっき目覚めたところです。」

「萬田、早速来てくれてたんやな。さすが仕事早いな。」


「班長!ま、萬田さん?来て下さってありがとうございます。」

まだハッキリしない頭のまま大介は会釈した。

「そんなん、ええんや。お前、10日も目覚まさんかったから心配したで。」

楠木は温かな笑顔を大介に向けた。

そこへ医師と看護師が入ってきた。診察を終えた医師は聴診器を首にかけ直すと3人に向き直った。楠木は早速医師に尋ねた

「先生、烏丸はいつ退院できます?」

「そうですね、体は大丈夫なので意識が戻ったら、そんなにはかからないと思います。」


ホッとした大介と楠木班長、萬田は部屋を出ていく医師に頭を下げた。

「良かったなあ。ほな、みんな心配してるし早く署に戻って報告して来るな。」

「そうですね、あっちの方でも受け入れ準備があるでしょうし。」

早速、楠木班長と萬田は帰り始めた。ドアで振り返った萬田は大介にニヤリと微笑んだ。

「退院が決まったら俺が迎えに来たるからな。なんにも心配せんでええんやで。」

ボンヤリとした頭で訳が分からないまま大介はスンマセンと頭を下げた。

萬田さん、変な人だけど親切なんだな。

いつ退院できるのだろうと布団をかぶると大介はまた眠くなってしまった。


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