不気味の谷に棲む機械と蛙、それとニセモノ
脳幹 まこと
Human-likeな何か
「不気味の谷」という現象がある。
ごく簡単に言えば、「人型ロボットは人間に近づくほど親近感が増すが、
デフォルメされたロボットなら「カワイイ」と感じる。それを本物の人間だと思う人はいないからだ。逆に人間と見分けがつかなければ、それはそれで違和感はない。
問題はその中間だ。明らかに作り物でありながら、妙に生々しい表情や動きを見せるとき、僕たちはそれに言いようのない嫌悪感を抱く。これは、対象が人型である必要すらないだろう。犬や猫のロボットでも起こりうるはずだ。
要するに、ある一定のリアリティを超えた瞬間、フィクションからニセモノになってしまうのだ。
よく似ているがはっきり違うもの、これに人は脅威を感じる。
一説には、対話の通じない侵略者のように感じるからだと言われ、また一説には死や病気といった「正常からの逸脱」を連想させ、本能的な防衛反応が働くからだとも言われている。
この「本物との乖離」がもたらす嫌悪感は、人間ではないものが人間に近づく場合に限らない。人間が「本物」から遠のいた場合にも当てはまるだろう。
例えば、大がかりな美容整形をした人が歳を重ねた際に、本来の顔と施術した部分とで質感や老化の速度にムラが生じることがあるという。
そうなると、本物の人間であるはずなのにリアリティが損なわれ、「不気味の谷」に似た現象が発生するのだ。
この「理想と現実のズレが引き起こす幻滅」という構図は、昨今よく聞く「蛙化現象」にも通じるかもしれない。
この言葉には二つの意味があるようだ。
一つは「片思いの相手が、実は自分に好意を寄せていると知った瞬間に気持ちが冷めてしまう」もの。
もう一つは、「理想だった人が悪態をつくなど、自分のイメージが崩れる行為をすることで失望する」もの。
いずれのケースも、自分の中で完璧に理想化されていた「白馬の王子様」が、生身の人間という「現実」を見せた途端、一気に幻滅の対象、すなわち「蛙」になってしまう点で共通している。
元ネタの童話があるとはいえ、せいぜい「一般庶民」くらいで済みそうなものを、一足飛びに「蛙」にまで貶めてしまうあたり、人間は大きなズレよりも、むしろわずかなズレの方をより強く意識してしまうのかもしれない。
そして、この「本物とニセモノの境界」を巡る違和感は、他者やモノに対してだけでなく、自分自身に向けられることもある。そのものズバリ「インポスター(ニセモノ)症候群」という言葉があるほどだ。
これは、自身の成功を正当な実力によるものと認められず、まるで他者を騙して今の地位を得た「ニセモノ」であるかのように感じてしまう状態を指す。
全体から見ればほんのわずか、しかし明確に区別できるほどの差異。それを個性や魅力と感じる人もいれば、短所や欠陥と感じる人もいる。
そして、この「自分はニセモノだ」という感覚は、他者とのそのわずかな差異を過剰に意識することから生まれるのだろう。
周知の事実だが、他人はあなたが思うほどあなたに興味がない。何か働きかけたところで、その評価などタカが知れている。
あなたの存在が100人にとっての関心事になったとしても、残りの1億人にとっては些末なことなのだ。
頭ではそう理解していても、僕たちはその他人からの些細な評価に一喜一憂してしまう生き物でもある。そして、その評価を下すための言葉を、あまりに無自覚に使っている。
人間に似たロボットを指して「
そもそも、「不気味の谷」だの「幻滅」だの「ニセモノ」だのといった言葉自体が、人間が生み出したバッド製造機ではないか。
動物の名前に「ニセ」や「モドキ」と平気でつけてしまう感性もよく分からない。人類は、その場限りの感情で未来に地雷を撒き散らしすぎている。
当人がすっかり忘れた頃、その地雷は誰かの足元で爆発し、迷惑をかけるのだ。
こうした言葉の呪いという大きな問題を前にしても、思考は結局、自分自身という個人的な地点へと舞い戻ってくる。
僕たちが日々向き合う、最も身近な「本物」と「ニセモノ」の問題だ。
鏡を見ればその人の真実の姿がうつるというのは、半分は本当で半分は嘘だ。鏡を見る時は自分の格好がつく角度やポーズを取るからだ。
実際の素面はスマホ越しに偶然うつる顔みたいなもので、自分にとっての「本物」と言えばそんなものだが、細工なしのそれは実に不気味の谷の底の産物であり、人類で言えば即ニセモノ判定なのが悲しいところだ。
まさに不細工気味の谷だ。
やかましいわ。
不気味の谷に棲む機械と蛙、それとニセモノ 脳幹 まこと @ReviveSoul
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