第3話 運命の夜のはじまり
「うん?」
「どうして…助けてくれた?」
一瞬、言葉に詰まった。確かに、放っておけば良かったかもしれない。
だが――
「なんか、困ってる顔見たら、放っとけなかったんだよ」
「優しいね」
「いや、ただの性分…」
彼女は少し首を傾げ、じっとシュンスケを見つめた。
「私、日本人の男の人、シャイって聞いた。でも、シュンスケ、すごく優しい」
「いやいや、俺も基本シャイだよ…」
「今は違う」
彼女の瞳がまっすぐこちらを見つめ、ドキリと胸が跳ねる。
(まずい…これ、完全に意識しちゃってるぞ、俺…)
料理を終え、会計を済ませると、二人は外に出た。
夜の風が心地よく、街の明かりが少しぼやけて見えたのは、酔いのせいか、それとも彼女の笑顔のせいか――。
「楽しかった、シュンスケ」
「俺も…すごく楽しかったよ」
ふと、エミリーが彼の腕にそっと手を添えた。
胸が高鳴る。
ドキドキと脈打つ鼓動が、耳元まで響いてくるようだった。
(この先、どうする…?俺は――)
この一夜が、たった一度の親切では終わらないことを、シュンスケはまだ知らなかった。
彼女がこの先、どれほど彼の世界を塗り替える存在になるのかも――。
店を出た後、シュンスケとエミリーは並んで歩いていた。
夜の東京は平日の深夜に差しかかり、人通りは少なくなってきている。
駅前のネオンがかすかに光り、タクシーが行き交う音が耳に届く。
「今日は楽しかったな」
「うん…楽しかった、ほんとに。ありがとう、シュンスケ」
エミリーは上着の袖をぎゅっと握り、少しだけはにかんだような笑顔を見せた。
柔らかい街灯の下、金髪がふわりと揺れ、その横顔がやけに愛らしく見える。
「じゃあ、この後どうしよう?」
「……」
その言葉に、シュンスケはふと足を止めた。
「ホテルで泊まるお金はあるの?」
「?」
エミリーは首をかしげ、カバンの中をガサガサと探り始めた。
シュンスケは笑顔を引きつらせ、予感めいたものを覚えていた。
「…財布が…ない…」
「やっぱり…」
薄々気づいていたことではあった。
居酒屋での会計も自分が支払ったし、彼女は何度も財布の所在を気にしていた。
それでも楽しい時間を過ごしているうちに、つい現実から目をそらしていたのかもしれない。
「どうするんだ、これ…」
困ったように頭をかくシュンスケに、エミリーは小さな声で言った。
「駅で…寝る。ベンチ…」
「はあ!? いや、ダメだろそれ!」
思わず声を上げる。
危ない、というより、見知らぬ土地で女の子一人が駅で夜を明かすなんて絶対に駄目だ。
(かといって…どうすりゃいいんだ…?)
少し離れた場所にあるネットカフェやカプセルホテルを思い浮かべたが、どこも外国人対応は怪しいし、財布がない状態では受付自体できないだろう。
(マジかよ…こうなると…)
「……」
短い沈黙のあと、シュンスケは意を決して口を開いた。
「……うち、来るか?」
「え?」
エミリーが瞳を見開き、驚いたように彼を見つめた。
「部屋…ある。ベッドは一つだけど…ソファもあるし。泊まっていいよ」
それを聞いた瞬間、エミリーの顔にふわっと笑みが広がった。
「ほんとに!? シュンスケ、優しい!」
そう言って両手で彼の手をぎゅっと握りしめてくる。
驚きと同時に、心臓が跳ねるような感覚が走った。
(うわ…近い…!)
「しゅ、シュンスケ、だいじょうぶ?」
「だ、大丈夫!」
赤面しそうな自分を誤魔化すように、大きめの声を出した。
彼女はくすくすと笑い、その笑顔が夜の寒さを和らげるようだった。
こうして二人は、駅前のタクシー乗り場へ向かった。
タクシーの中、エミリーは車窓を覗き込み、夜の東京の街を夢中で眺めていた。
「きれい…ライト、いっぱい」
「だろ?東京は夜景が売りだからな」
「シュンスケは、毎日見てるの?」
「まあ…でも、こんなふうに見るのは初めてかもしれないな」
彼はふと口にした言葉に、自分でも少し驚いた。
(誰かと一緒に景色を見る、なんて…何年ぶりだ?)
エミリーは嬉しそうに笑い、座席で足を揺らしている。
まるで子供のようなその無邪気さに、シュンスケは自然と頬を緩めていた。
やがてタクシーがマンション前に到着し、二人は並んで降りた。
「ここが俺の部屋」
「きれい…! おしゃれ!」
マンションのエントランスを見上げ、エミリーは目を輝かせている。
オートロックを抜け、エレベーターで上がり、シュンスケは部屋の鍵を開けた。
「おじゃま…します」
「どうぞ。って言っても、たいした部屋じゃないけど」
玄関を抜け、リビングに入る。
1LDKの間取りは一人暮らしにしては広めで、夜景が見える窓があるのが唯一の自慢だった。
「わあ…」
エミリーは窓際に駆け寄り、ガラス越しに外を見つめている。
髪の毛が柔らかく揺れ、横顔が月明かりに照らされる。
「シュンスケ、ありがとう。ほんとに、ありがとう」
「いいって。困ったときはお互い様だからさ」
彼はソファに腰を下ろし、少し疲れた身体を伸ばした。
「シャワー、使う?」
「いいの? ありがとう!」
嬉しそうに笑い、荷物から替えの服を探すエミリー。
(こんな美人が、俺の部屋でシャワー浴びるのか…)そう思った途端、シュンスケは慌てて頭を振った。
「なに考えてんだ、俺…!」
「シュンスケ、なに?」
「い、いや、なんでもない!」
彼女がシャワールームに入ると、シュンスケは深くため息をつき、頭を抱えた。
(落ち着け。今日は助けてあげるだけ。それだけだ)
だが、この後、まさか裸のエミリーがリビングに現れるなど、彼はまだ想像もしていなかった――。
(続く)
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