第2話 異国の美女

シュンスケは彼女の横顔をしばらく見つめていた。


金髪が夕日に照らされて、まるで映画のワンシーンのように美しかった。


細く長いまつげ、透き通るような白い肌、青く澄んだ瞳――街中の喧騒から切り離されたような存在感に、彼はしばし立ち尽くしてしまった。




「…いや、見とれてる場合じゃない」




心の中で自分を叱咤し、深呼吸をひとつ。


シュンスケは再び足を踏み出し、彼女に近づいていった。




「Excuse me… are you okay?」




恐る恐るかけた声に、彼女はハッと顔を上げた。


大きな青い瞳が不安げに揺れ、シュンスケを見つめる。




「Um… I…」




小さく震える声。


彼女は必死に言葉を探していたが、なかなかうまく出てこないようだ。




「だいじょうぶ、ゆっくりでいいから」




シュンスケは笑顔を作り、落ち着かせるように両手を軽く上げた。


その優しい表情に、彼女は少しだけ安心したのか、深呼吸をひとつした。




「ワタシ…サイフ…ナイ。ホテル…とれない…」




途切れ途切れの日本語で、なんとか状況を伝えようとしてくれる。




「財布がない…予約してたホテルに泊まれないってことか?」




「Yes…」




彼女が弱々しくうなずく。


どうやら状況はこうだ――旅行者の彼女は財布をどこかで失くし、ホテルの支払いができなくなった。


頼れる人もおらず、ひとり途方に暮れていた、というわけだ。




「それは…困ったな」




彼は心の中で軽く焦りながらも、視線を彼女に戻した。


泣きそうな顔が、胸を締めつけるように痛かった。




(…ほっとけるわけないだろ、こんなの)




「えっと…とりあえず、何か食べに行こう。you want eat?」




シュンスケが提案すると、彼女は少し戸惑い、しかし空腹を思い出したのか、恥ずかしそうに笑って小さくうなずいた。




「…Yes, thank you…」




(ああ…笑うとめちゃくちゃ可愛いな)




心の中で思わず呟き、シュンスケは小さく笑った。




「じゃあ、ついてきて」




彼は彼女を連れて歩き出した。


歩きながら片言の英語で名前を聞くと、彼女は「エミリー」と名乗った。


ドイツ出身で、大学を休んで一人旅をしているという。


日本の文化が大好きで、特にアニメや和菓子、古い街並みが目当てだったらしい。




「日本語、ちょっとダケ…話せる」




と、エミリーは少し恥ずかしそうに言った。




「いや、十分すごいよ」




思わず笑って答えるシュンスケ。


彼女の笑顔につられて、自然と気持ちがほぐれていくのが分かった。




近くの大衆居酒屋に入った。


観光客が集まるような派手な店ではなく、地元の人しか知らないような小さな店だ。


彼女にとってはきっと新鮮だろうと考え、ここを選んだ。




「Wow…」




店内に入った途端、エミリーの目が輝いた。


和風の提灯、壁に貼られたメニュー、店員の威勢のいい声――すべてが彼女にとってはエキゾチックに映るのだろう。




カウンター席に並んで座り、シュンスケはメニューをめくった。


といっても、英語メニューはない。


スマホを使いながら簡単な説明をし、エミリーが興味を示した料理を注文していく。




焼き鳥、唐揚げ、たこ焼き、冷奴――どれも彼女にとって初めての味。


最初は少し緊張していた彼女も、ひと口食べるごとに笑顔が増えていった。




「Oishii! Amazing!」




飲み物は彼女が興味津々だった梅酒のソーダ割り、そして彼は無難にビール。




「Cheers?」「おっ、乾杯ね」「カンパイ!」




グラスを軽くぶつけ合い、彼女は一口飲んで「甘い!」と驚いた顔を見せた。


くしゃっと笑う表情が、異国の美女という肩書を一気に砕いて、ただの「可愛い女の子」に見えた。




箸をうまく使えないながらも、夢中で頬張るエミリーの姿に、シュンスケは思わず頬が緩んだ。


普段なら一人で静かに飲むだけの居酒屋が、今日は不思議と賑やかで楽しかった。




話すたびに彼女は目を輝かせ、身を乗り出して聞いてくる。


そのたび、シュンスケは自分の顔が熱くなるのを感じていた。


(こんな距離近くで見つめられたら、そりゃドキドキするだろ…)




料理が届くまでの間、二人は片言の英語と日本語を交えて会話を続けた。


エミリーはドイツの小さな町の出身で、大学では日本語を少し学んだらしい。


今回の旅はずっと憧れていた「日本文化体験」のためのもの。


浅草の寺、秋葉原のアニメショップ、そして京都の古い町並み――いろいろ回る予定だったが、財布を失くしてしまい、途方に暮れていたそうだ。




「だから、シュンスケに会えて、ほんとにラッキー」


「いや、俺は…助けただけで」


「でも、優しい人。心、あったかい」




真正面からそんなことを言われ、思わず目をそらすシュンスケ。


ビールをぐっと飲み干し、誤魔化すように笑った。




「シュンスケ、恥ずかしい?」


「べ、別に!」




からかうように笑うエミリーに、彼はますます顔が熱くなる。


(完全に振り回されてるな、俺…)




やがて料理が運ばれてきた。




「Wow…big!」


「これが日本の焼き鳥だよ。美味いよ」




彼女は嬉しそうに一口頬張った。


すると、瞳が大きく見開かれ、手を胸に当てた。




「おいしい! Amazing!」


「そりゃ良かった」




彼女が幸せそうに頬を緩め、夢中で料理を食べる姿を見ていると、なんだかこちらまで嬉しくなってきた。




「シュンスケの唐揚げ、ちょっと…?」


「え、ああ…いいよ」




一口サイズをフォークに乗せて差し出すと、彼女はぱくりと口に入れ、また笑顔になった。




「Good!今度、唐揚げ、食べる!」


「ははっ、ぜひ」




シュンスケは心の中で驚いていた。


ついさっきまで見知らぬ人だったはずなのに、こんなにも自然に笑い合っている。


言葉の壁や文化の違いは、案外簡単に飛び越えられるのかもしれない。




「シュンスケ、質問いい?」




(続く)





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