第四十一話
“おお! マジで配信開始してる!”
“とうとう探索配信者デビューか、トールニキ!”
“お嬢も一緒じゃんか”
“お嬢から来ました”
“お嬢のSNSから”
“俺は事前にチャンネル登録してたぞトールニキ”
“ティアたん! ティアたん! うおおお! ティアたん最強!”
「あー……なんだ、すげぇ見てるな。マジか、これ」
携帯端末で配信の様子を確認してみれば、スガイダンジョンの入口で端末を眺めている自分とティア、カメラ目線でドヤ顔を決めている九条礼子が映っていた。
視聴者数、二万二千人。
つい先日までライブ配信の視聴者平均ゼロだったというのに。
これがバズるということか――と、トールは苦笑を洩らしてしまう。これでは真面目にこつこつ頑張っているやつらが報われないではないか。
とはいえ、そういう者たちに遠慮して、申し訳なさそうに肩身を狭くして生きていこうとは思わないのだけれど。
「おーっほっほっほ! ようこそ視聴者の皆様、トールニキ様のチャンネルでございますわ! 私、ゲストの九条礼子と申します。どうぞ、お見知りおきを!」
高笑いをしながら誰より先に喋り始めた九条礼子だったが、トールもティアも、その点についてツッコミを入れようという気にはならなかった。
“なんぞこれ”
“お嬢の配信から来たやつじゃないとイミフだろw”
“トールニキ、説明を頼む”
「あー……そうだな。なんか、九条礼子さんが訪ねて来て、迷宮探索について教えてくれることになった。今から潜るのはスガイダンジョン。昨日『
「一切合切その通りですわ!」
答える九条礼子の声はいちいちデカい。
が、まだなにもしていないのにやたら楽しそうなので、これは彼女にとっては通常営業なのかも知れない。
“マジで昨日の今日じゃん”
“スガイダンジョンの支所もぶっ潰されたまま?”
“支所で死人は出てないんだよな?”
“スガイダンジョンの方は映像なかったけど、どんな魔物が出たんだ?”
とにかく書き込まれるコメントの量が多く、ざっと眺めて答えるべきコメントを選ぶのは、かなり慣れが必要だと感じた。
アンセムの配信や九条礼子の配信では他人事の気分だったのでコメントを追うのは気楽だったが、自分の配信だと妙に難しく感じるから不思議なものだ。
「あー……悪いけど、詳しいことは俺も知らん。昨日はノウミダンジョンのデカブツ斬った後は家帰って飯食って風呂入って寝た。『迷宮暴走』についての見解は、公式の発表を待つしかないんじゃねーかな。とにかく、まず入るか。四階までは俺が道を知ってるから、知ってる道と様子が違ったら迷宮変異が起きてるってことになる。質問に関しては、道中でそっちの聖剣使いがあれこれ答えてくれると思う」
言って、コメント確認用の携帯端末をティアに放ってしまう。
「ボクがコメントの人たちとお喋りしていいのかい? じゃあ、いろいろお話してあげようかな。あっ、トールトール! ボク、かわいいって!」
「あーはいはいかわいいかわいい」
「それではレッツダンジョンアタックですわぁ! おーっほっほっほ!」
「……調査って名目だろ」
地下一階に足を踏み入れる以前からちょっと疲れた気がしたが――ともかく。
これが探索者トールとしての、初めての迷宮探索配信になった。
◇◇◇
トールが掃除屋として雑魚モンスターを狩っていたのはスガイダンジョンの地下一階から四階まで。その範囲においては三年間ひたすら徘徊していたおかげで、地下五階に降りるまでは早送りのような探索となった。
が、結果として問題はなかった。
道中、うっかりデミゴブリンや大鼠を鈍器で殴り殺し、つけてもいないボディカメラに向かって「デミゴブ三」などと呟いてしまって視聴者に笑われるという一幕はあったものの、四階までのスガイダンジョンには変化らしい変化はなかったからだ。
例の幻影壁があった場所も念のために立ち寄ってみたが、壁はただの壁になっており、隠し通路もなければ耳鳴りもしなかったし、袴姿の亡霊も見えなかった。
あれは結局なんだったのか、と少しだけ思ったが、考えたところで答えが出そうにないので、トールはひとまず思考を切り上げておく。
地下五階からは、出現する魔物の情報に齟齬が起き始めた。
D級に指定されていたスガイダンジョンは、上層である四階まではD級未満の掃除屋でも討伐可能な雑魚中の雑魚モンスターしか湧かず、罠もなければ中ボスなどもいない、ほとんどカスのような領域である。
これが中層の五階から十階になっても話はあまり変わらず、D級の初心者探索者ですら簡単に討伐できる――ただし一般人ではそれなりに危険な――モンスターが徘徊するようになり、十一階から十五階の下層では「初心者ではキツイ」くらいのモンスターが現れるようになる。らしい。ちなみにスガイダンジョンの最奥は地下十六階で、そこがボス部屋になっているとのこと。
結論から述べるなら、迷宮には変化があった。
迷宮の構造にではなく、出現する魔物に。
「あら? おかしいですわね。グレイドッグの群れですわ。情報だとスガイダンジョンでは下層のモンスターだったはずですけれど」
通路の向こうに現れた赤い眼をした狼の群れを眺めて、九条礼子は不思議そうに首を傾げた。あの野良猫の縄張りはここじゃないはずだけれど、くらいの言い方で、そこには緊張感というものがない。
それも当然――言うまでもないほどに当然だろう。
九条礼子はA級探索者であり、現れた魔物はD級の上位なのだ。
「やはり迷宮に変化が起こっている様子ですわね。丈一郎? これまで現れたモンスターは記録していますわよね?」
「モチのロンっすよぉ」
配信用カメラを持ってトールたちを撮影し続ける執事が、やる気のない声を出す。
「ねえ、トール。ボクら、スガイダンジョンの資料とか見てないよね?」
「見てないし、そもそも調査の内容もよく判ってないし、地図だって確認しながら進んでるから、なにがどう変わっててもぶっちゃけ判んねぇよ」
“ぶっちゃけて草”
“まあしゃーない”
“トールニキ、ぶっちゃけついでだが、それで合ってる。既存の地図と踏破してる現在の迷宮が合致してるかどうか、資料通りの魔物が出るかどうか、他にも資料に注釈があれば、それと相違ないかどうかってくらいしか確認のしようがない”
「おっ、有識者がいるぞ。愛想ふっておけ」
「そういう言い方よくないよ、トール。でも、感謝を告げよう。情報ありがと!」
にこにこしながらカメラに向かって手を振るティアである。よく考えると彼女は未だに町娘姿で、ライトブリンガーは手に持っている状態だ。それで十分、ということなのだろう。今回は『アンセム』のときと違い、お嬢様を守れという仕事ではない。九条礼子の方が、トールたちを導きたがっている。
「おほほほ! お二人様! そんなことをやっている間に接近されてますわよ? ですが折角ですので、ここは私、九条礼子の実力の一端を、ご覧あそばせ!」
人一倍デカい声で言った次の瞬間、
運足というのか、フットワークというのか、そこには型というものがあり、修練というものを感じさせる動きだった。
瞬く間の接近から、一番近い灰犬にボディフック――人間が相手なら、だ。相手が犬だったので、頭部がパンと弾け飛んだ。
ひゅっ、と動いたら、パン!
それが何度か繰り返され、あっという間にグレイドッグの群れが全滅する。ほどなくして魔物の死を意味する粒子化が起き、地面に魔核が残される。
“ヒュー! さすがお嬢!”
“雑魚相手だとマジで動きのキレイさが出るな!”
“さすが『九条遊戯』!”
「おおー、なかなかすごいね。だいぶ訓練したんじゃない?」
「お褒めにあずかり光栄ですわ!」
ナチュラルに上から目線なティアに九条礼子は腹を立てる素振りもなく、むしろ喜色満面といった様子で戻って来た。
ので、トールは思わず放置された魔核を拾って魔法鞄に放り込む作業に従事してしまった。完全に無意識の動きだった。
「…………」
「…………」
「…………」
「うるせぇよ。言うな。なにも言うな。いや、言ってねぇか」
“ベテランの動きで草”
“三年間の掃除屋歴が光る”
“これはだいぶ訓練したな、トールニキ”
視聴者からの笑いを誘ってしまったが、別にボケたわけではなかった。そしておそらく、この癖はちょっとやそっとでは直らない予感がした。
というか、そもそも治す気がトールにはなかった。
「あー……それより、九条さんの動き、なんかの武術って感じだったな。きちんとした型があって、実戦に持ち込んでるっていうか……まあ、あんま詳しくないけど」
“おっ、さすがニキだな。お目が高い”
“神楽坂千鶴には刀なんか握ったこともないとか言ってなかったか?”
“人呼んで『九条遊戯』だぞトールニキ。覚えて帰ってね”
“つか、ニキのチャンネルだわ、ここ”
“おまえらもチャンネル登録してけよな”
「ぶっちゃけネット通販でDVDを買いましたわ! 始祖がその武術の名を使って金儲けをするなと仰っているそうですので、敬意を払って『九条流拳道』とでも名乗っておきましょうかしら。おほほほほ!」
ひとしきり大声で笑って、九条礼子は親指の腹で鼻の下をすっと撫でるような仕草を見せてから、びしっと構えを取った。
デイドレスの金髪ドリルお嬢様が籠手をつけてドラゴン怒りのナントカ的なポーズを決めているのは客観的には滑稽なのだが、なにしろ立ち姿が綺麗すぎて、茶化すというよりは普通に感心してしまう。
身体の中心に鉄の棒を突っ込んでいるような、しっかりと芯が通っていて、それでいてブレない構えと身のこなし。
「たぶん力の流動に長けた闘術だね。動作における魔力の流動と相性がいいんじゃないかな。籠手が指先まで覆ってないのは、きっと拳だけじゃなくて手を使う体術があるからだよ。地面すれすれを滑るみたいな足捌きは見事だったね!」
うんうん、と頷きながら感想を述べるティアは、さすがに戦いの経験値が違うといったところか。観察眼が深い。
チャットのコメントも、ティアの見識に驚いたり賞賛したりが繰り返され、ティアは楽しそうに笑いながら視聴者とあれこれ話し始めた。
さておき、その場に留まっていても仕方がないので移動を再開。
地下七階、八階、九階と階層を下っていく毎に、現れる魔物のランクが明確に上がっていく。迷宮の通路そのものは既存の地図と同じなのに、魔物の種類だけが変わっているのは、なんだか奇妙な気がした。
時折、トールも鉄筋鈍器を使って魔物の相手をすることになったが、C級中位のイヴィルモンキーを複数相手にしても、全く危なげなく対処できた。
“マジ余裕じゃん、トールニキ”
“つい最近までD級未満の掃除屋だったとは思えん”
“聖剣の加護がどうとかってだけじゃないだろ、これ”
“鉄筋束ねて溶接した鈍器だよな? なんで魔物に通用するんだ?”
「あー……なんでだろ? 言われてみれば、確かに。雑魚なら鈍器で殴れば死ぬだろうけど、さっきの猿とか、鉄筋でぶん殴っても弾かれるよな、普通」
“本人も判ってなくて草”
“お嬢か執事なら判るか?”
「おーっほっほっほ! 呼びましたわね私の名を! そう、この九条礼子が教えてさしあげますわ! トールニキ様、そもそも魔物に対して銃ではなく剣や槍を使うのはどうしてか。そこのところは存じていらっしゃる?」
別に名前は呼んでいなかったが、嬉しそうに話し始めるお嬢様にノンデリツッコミをするのはやめておくトールだった。一応、学ぶということをするので。
「あー……確か、中学のときに迷宮探索の実習で聞いたことがあるな。魔力を含んだ攻撃でなければ魔物には有効じゃないから」
「イグザクトリィ! エクセレントですわトールニキ様。魔力を有さない攻撃では魔力防御を抜けない! であれば、もはや疑問の答えは出たも同然! 魔力を持たない兵士の銃弾よりも、魔力を有した探索者が魔力を込めた剣撃の方が威力が高い! つまり、トールニキ様も攻撃に魔力を乗せている、ということになりますわね!」
「おー……そうなのか」
普通に感心してしまった。
「ご自覚は、ございませんの?」
「まあ、あんまり」
「それはそれでだいぶヤベーですわね。トールニキ様、D級未満だった頃から連日の戦闘で……ドラゴン、黒騎士、それにアンセムとの迷宮探索、そして『迷宮暴走』により出現した大物を二匹討伐していらっしゃるのですから、魔力親和性がどれだけ低くても、かなりレベルアップしているはずですわよ」
“あ、なるほど”
“確かに。D級未満の掃除屋が得られるわけもない経験値を得てる”
“ものすごいパワーレベリングになってたのか、結果的に”
「であれば、どう考えてもこれまでの自分と全く違った身体能力に戸惑うのが普通のはずなのですが……私から見てもトールニキ様の魔力の流れも身のこなしも、とても流儀を持たない
「そりゃどうも」
と、トールは雑に頷いて会話を打ち切ったが、自分の肉体が思い通りに動く理由に今更ながら見当がついた。
しかしそれは、わざわざ世界中に吹聴するようなことでもない、と判断したのだ。自分の魂を喰って存在している妖刀『禍月』が、ほぼ全自動でトールのレベルアップに合わせて身体の動かし方をアップデートしているのではないか、なんて。
確かにトールは自分の意思で身体を動かし、鉄筋鈍器を振って魔物をぶちのめしたが……その動きは『禍月』がトールの肉体に動き方をインストールしているせいなのだ。なんの労もなく、妖刀の効果で身体が達人みたいな反応をしてしまう。
――戦闘経験の塊みたいな呪具だよ。
と言ったのはティアだったが、なるほど、だとすれば自分は最初の最初から、妖刀に呪われているのかも知れないな、と思った。
笑ってしまうのは、それが嫌だと感じないことだ。
D級探索者未満の掃除屋だった男が、ちょっと呪われるだけでA級探索者と並んで迷宮を歩いているだなんて――なんて莫迦らしい話だ。
これでは真面目にこつこつ頑張っているやつらが浮かばれない。
せいぜい調子に乗らないようにしよう、とトールは思った。
元々そのつもりはなかったが。
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