第三十九話




 女性と握手をするのがどれくらいぶりだったのかをトールはいちいち覚えていないが、ぐっと手を握り返してきた九条礼子の力は思っていたよりずっと強かったし、美人のお嬢様にしては随分とした手だと思った。


 何度も何度も、文字通りに手荒く扱われたのが判る、使い込まれた手だ。

 ドワーフの鍛冶士がそうであるように。昔、両親が生きていた頃の実家の隣に住んでいた大工のおっさんがそうだったように。成すべきことのために使い込まれ、成すべきことに適応していった手。


 日曜の朝に友達を遊びに誘う子供みたいな笑顔と、研鑽の証みたいな彼女の手があまりにちぐはぐで、それこそが九条礼子なのだろうと――奇妙に納得してしまう。


 握手を終え、トールは配信を開きっぱなしの携帯端末に映る自分たちの姿と、その配信に打ち込まれて流れていく数々のコメントを眺めて、軽く肩を竦めた。


「あー……これは配信の視聴者に向けて言うんだけどさ、おまえらがこの『お嬢様』を好きなの、なんとなく判るよ」


 思わずそんなことを言ってしまう。

 隣に座っているティアは鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしていた。


“トールニキが……デレた!?”

“アンセムのメンバーにすら塩対応だった現場ニキが!”

“判ってくれるか、トールニキ! お嬢の良さを!”

“お嬢しか勝たん!”

“ティアたんもかわいいぜ”

“うおおおお! お嬢最強! お嬢最強!”


「あら……あらあらまあまあ! おほほほ! トールニキ様の好感度を稼いでしまいましたわね! まったく! 照れてしまいますわ! しかし私は九条礼子、この瞬間を商機に変える女ですわ! 丈一郎、例のものを!」


 普通に顔を赤くしながら照れ笑いを見せた後、顔は赤いままで、九条礼子は柏手かしわでを鳴らし、撮影係に徹していた執事の名を呼んだ。

 トールとしては実際に「例のものを」などと言い出すやつを生まれて初めて見たので感心してしまったが、執事が手際よくテーブルの上を片付け、また懐から手品みたいに様々なものを取り出してテーブルに並べていくので、もはや一体なにに感心すればいいのか判らなくなった。


“出た、執事の早業!”

“ワザマエ!”

“トールニキ、ぽかーんとしてて草”

“ぽかーんとしてるティアちゃんもかわいいぜ”


「じゃじゃーん、ですわ! これらの商品は、九条財閥傘下企業であるナインライン製の、ダンジョン装備でございます!」


「……ダンジョン装備? ナインラインって、クッキーの?」


「ええ、まさしくですわ。ナインラインは迷宮関係の様々な商品を開発販売しておりますの。たとえば、テーブルに並べましたこちら! どーん!」


 わざわざ白い布を敷いた上に置かれているのは、革製のコンバットブーツ……だろうか。てかてかと光沢がキツいやつではなく、艶消しの黒なのが渋い。


「トールニキ様は、まだ実戦経験がそれほどおありではない様子ですので、先輩探索者としてアドヴァーイスですわ。迷宮探索の鉄則その一、『まずは靴を揃えよ』!」


「あっ、それはすごくいいね。ボクも賛成」


 にっこり笑ってティアが同意を示す。ドヤ顔を維持したままの九条礼子と、いつの間にやら予備のカメラを取り出してブーツを撮っている――ワイプ用の映像を撮っているのだ、と配信画面を見て理解した――丈一郎。


「あー……解説、いいすか? 素人なもんで」


 トールは少しだけ考えてから、執事に訊いてみた。


「探索者ってすげー速度と力で動くんで、普通の靴なんか履いてたらあっという間にダメになっちまうんですよ。これ、D級からC級に上がるあたりでみんな気づくんですけど、いざ探索中の迷宮で靴が壊れたら、かなり面倒っすよ」


「あー……そりゃそうすね。どうも」


「いえいえ。こちらこそ」


「トールニキ様! どうして私に解説を求めないのですの!?」


“初手で正解引いて草”

“お嬢は説明が下手なわけではないが”

“意外と理知的ではあるんよな”

“ちょっと迷宮関係のモノが好きすぎるだけで”

“危なかったなトールニキ。靴の話で十五分引っ張られるところだったぞ”


「……靴で十五分引っ張られるってコメントがあるけど」


「二十分はいけますわよ、私は!」


「あはは! 楽しい子だね、トール。ボクも九条礼子、好きだな」


「あっ、判ります? うちのお嬢、カワイイんすよ」


「もうっ! もうっ! ティア様も丈一郎も! 揶揄からかうのはおやめになってくださいませ! ですが好意は受け取りますわ。そして次のプロモーション!」


 勢いに任せて、どーん、と自分で効果音を口にしながら、やはり丈一郎が手品みたいにテーブルの上に出した品へ注目を集める。


「これは……ぴっちりした肌着だな」


「区分としては、インナーシャツってやつっすね。防刃に耐摩耗、耐熱性能があります。まあ魔法の直撃とかはマズいすけど、高速移動して躓いて地面転がっても、なんと無傷で済みます。レギンスもセットで着けておくとなおよしっすね」


「へぇ……」


「こ、こ、こちらの商品は! なんと迷宮ではメジャーなリザード系モンスターのレアドロップである魔革を加工してガラス繊維のようにしたものを化学繊維に混ぜ込んでおりますのよ! これは魔革のドロップが供給過多になるであろうことに目をつけた開発担当の慧眼と言えますでしょう! 今では比較的安価に探索者たちの防御に一役買っておりますの! ですわ!」


「あははは! あはははは!」


“必死でぶっ込んで草”

“ティアたん、ツボっててかわいい”

“トールニキは呆れ顔だぞ”



◇◇◇



 そんなこんなで紹介されたダンジョングッズについては、トールとしては全く知らない世界の知見であり、なかなか興味深いものだった。


 ブーツ、肌着、普通の衣服に見える防御力の高い服――こういうものは『アンセム』のメンバーも使っているという――もちろん同じように迷宮産出物を利用して作られた鎧を身に纏った方が堅牢なのは事実だが、動きにくい、重い、というのはそれだけで嫌がられるのだという。


「高ランクになれば結局のところは装備そのものよりも身に纏う魔力防御の質が大事になってきますから、こういった防具は、よほどランクが高いものでなければ、見栄えのためのもの、と言ってしまってもよろしいかも知れませんわね」


「まあねぇ。魔力防御を抜かれるのって、本当に分水嶺だからね。魔力防御の質を上げる効果がある防具とか、特殊な効果があるやつなら有用だけど、あとは保険って感じかな。走っただけで服が破れたりは、そりゃあ困るけどさ」


「実はダンジョン配信では、その……様々な意味でセンシティブな状態を映像に残してしまうことが起こりえますの。ですから、こういった一線を守るアイテムの販促は、私としても積極的にこなしていきたいですわね」


“お嬢、ダンジョン配信も好きだもんな”

“そもそも迷宮探索が好きだし”

“さすが準最年少A級探索者”

“ちょいちょいヤベー女だが、そんなお嬢が好きだぜ”


 流れるコメントを見れば、彼女の配信であるから当然なのかも知れないが、九条礼子に対する好意的なコメントが多かった。愛されキャラ、というやつかも知れない。


「ちなみにですが、ボスからのレアドロップであったり、宝箱からのドロップ品の中には本当に実用的な装備もありますので、もし探索者がトンチキな格好をしていた場合、そういったレアな装備を身に着けていると考えてよろしいですわ」


“お嬢はドレスとブーツで迷宮に潜るけどなw”

“トールニキ、お嬢のドレスとブーツは特注品ではあるぞ”

“もちろんレアドロップではないが”


「…………」


 じゃあなんでわざわざドレスで迷宮に潜るんだよ、と思ったが、おそらく虚しい問いになるだろうと判断し、沈黙を選んだ。

 無論、九条礼子はそんなトールの内心など気にもせず、ゆるりと首を傾げる。


「ところでトールニキ様は、迷宮探索配信に興味はございまして? 私、トールニキ様のチャンネルはもう登録しましたのよ。あっ、丈一郎。トールニキ様の配信チャンネルのリンクを張ってくださる?」


「合点承知っす。ニキさんは、配信は乗り気じゃないんすか?」


 もはやニキだけが残された呼称に苦笑いも浮かばなかったが、考えてみれば『トールニキ様』の時点で最初からおかしいのだ。

 そういえば神楽坂千鶴に『様』をつけられるのは嫌だったが、九条礼子のそれはあまり嫌ではないな、とトールはふと思う。


 さておき、九条礼子の言う『トールのチャンネル』とは、掃除屋の仕事のときに使っていた記録用のチャンネルのことだろう。もし迷宮探索配信をするとなれば、面倒なのでそのままチャンネルを使い回せばいいだろう。


「ボクは結構乗り気だよ。コメントの人、見るの好きだもん。今も見てるよ?」


 えへへ、と微笑むティア。

 それでコメントが盛り上がったのは、言うまでもない。トールとしてはなんだかすっかり見慣れてしまった感があるが、少しあどけなさのある金髪の美人なのだ。正面に座っている九条礼子も美人ではあるが、ちょっと質が違う。


「まあ……こいつがやりたいって言うなら、カメラ持って迷宮うろつくのも構わないすけど。配信の機材とか、揃えるのが面倒くさいっつーか……」


「そう! こんなこともあろうかと! というやつですわ!」


 どーん、と効果音を口にする九条礼子と、それに合わせてテーブルに最新式のカメラを乗せる丈一郎。


「この私、九条礼子は偉大なる先達であると同時に、クレバーな財閥令嬢でもあるのですわ! トールニキ様、これまで紹介した商品と配信機材一式、貴方様に投資させていただくというのはいかがでしょう! いかがでしょうか!」


「二回言ったね、トール」


「二回言ったな……」


「二回言うこともあるんすよ」


 両手を広げて決めポーズをする九条礼子だったが、トールとティアと何故か執事の丈一郎はポーズを維持するお嬢様をしばらく眺めることになった。


“これは草”

“お嬢のポーズ、あと何秒持つかな?”

“トールニキも意外とノリいいじゃん”

“丈一郎にっこにこで草”

“これぞお嬢って感じだな”

“うおおお! お嬢最強! お嬢最強!”



◇◇◇



 そんなわけで、トールは合計千百万円(端数切り捨て)分の価値を持つダンジョンアイテムの投資を受けることにした。




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モです(挨拶)。

近況ノート書いておいたので、そちらでざっくりコメント返信してます。

読んでいただいて、あざます!

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