第三十七話




「再び、たのもーですわ! 心の扉のように実際に扉を閉めるのはおやめくださいませ、トールニキ様! 私、怪しい者ではございませんわよ!」


 閉ざしたドアの向こうでかなり大きな声が響いたので、トールは仕方なく玄関のドアをもう一度開けてやった。


 そこにいたのは、やはりお嬢様と執事だ。

 なにかの間違いであってくれればよかったのだが。


 お嬢様の方は……金髪ドリルに薄青色のデイドレス。主張の激しい胸部に、すっと筆を引いたような形のいい眉と、妙に人懐っこい大きな瞳。

 なにかのコミックからそのまま取り出してきたかのような、典型的なお嬢様だ。


 その斜め後ろに立っているのは、黒いスーツを着た痩身の男。背が高く、たぶん百八十センチを超えているだろう。お嬢様の執事という割には髪型がぼさぼさで、表情は妙にニヤけている。スーツの種類によってはホストかチンピラに見えてもおかしくないが、たぶん執事だ。なんか白い手袋をしてるし。


「あー……どちら様で、なんの用事すか……?」


 嫌だったが、ひとまず訊いてみる。

 お嬢様の反応は、やはり大きかった。


「おーっほっほっほ! 再び扉を開けていただいたこと、まことに感謝しますわ! 私、九条くじょう礼子れいこと申します。A級探索者で、トールニキ様の活躍を拝見させていただきましたので、是非ともお話をしたいと推参した次第でありますわ!」


 推参とは、推して参ることである。

 呼ばれてもいないのに一方的に押しかける、という意味だ。

 つまり、このお嬢様は言葉を知っているということになる。

 常識を知っているかはさておき。


「あー……はい。とりあえず、声のボリューム落としてもらってもいいすか?」


「あら、これは失礼。こちらの執事、丈一郎じょういちろうにもよく怒られますの」


 指摘に対しては普通に頭を下げて謝意を示してきたので、トールとしては微妙にやりにくかった。失礼なだけの相手なら心の扉と玄関の扉を一緒に閉められるのだが。


「A級探索者ってのは……『アンセム』の関係すか? エルフならさっき招集に応じるとか言って出て行ったっすけど」


「いえ、私は個人の探索者ですので『アンセム』とは関係ありませんわ。エルフというと、イルセリアですの? 彼女が今までトールニキ様のご自宅に……?」


「……まあ、玄関先で騒がれても困るんで、もし貧乏人のボロアパートが嫌だってんじゃなければ、上がってもらっていいすかね」


 この時間だと隣家の猫獣人、ミカの母親が寝ているはずだ。先程の「おーっほっほ!」で起きてしまったかも知れないが、後から文句を言われても面白くない。

 それに――なんというか、お嬢様の態度や雰囲気は尊大ではあるが、見下しというものを感じなかった。


「是非とも、お邪魔させていただければと思いますわ。ああ、そうだ。丈一郎、例の物をお出ししてくださる?」


 と、お嬢様――九条礼子が言い終えた瞬間には、丈一郎と呼ばれた執事が懐から手品みたいに紙包装された箱を取り出し、トールに差し出してきた。


「ナインラインから発売中のダンジョンクッキーですわ。なかなか美味しいですのよ。お近づきの印に、どうぞさしあげますわ」


「……ああ、そりゃ、どうも」


 やりにくい。

 他人から見下される――とまではいかないにしても、軽んじられることが当然だったトールとしては、九条礼子の態度はかなり奇妙に思えた。

 たぶん、この女は誰を前にしてもこんな感じなのではないか。ただの印象だが、そう思った。それこそトールであろうが、総理大臣であろうが。



◇◇◇



 とりあえず九条礼子と執事の丈一郎を家に招いてはみたものの、いかにも金持ちですといった手合いにどういった対応をすればいいのか判らず、トールは少しだけ困ってから、別にもてなす必要はないという結論に達した。


 食卓代わりのテーブルに着いてくつろいでいたティアは、上がり込んできたお嬢様と執事にきょとんとした顔をして首を傾げていたが、トールとしては説明できる事柄がひとつもなかったので、雑に肩を竦める以外になかった。


「まあ、テキトーに座ってください。話したいことあるならどうぞ」


 冷蔵庫から取り出したコーヒー飲料を自分の分だけグラスに注ぎ、ボロアパートのリビングを物珍しげに見回す二人へ促してみる。


「ええっと――そうですわね、まずは改めて、ご挨拶を。私、九条礼子と申します。A級探索者にして、九条財閥の子女ですわ。あと、こちらは執事兼秘書の柏崎かしざき丈一郎。トールニキ様、そして聖剣使いのティア様、どうぞお見知りおきを!」


 頬の近くに手を添えて、これ以上ないほど堂々と言い切る九条礼子の立ち居振る舞いは、『アンセム』のメンバーとはまた違う眩しさがあった。

 斉藤恵美や神楽坂千鶴……彼女たちは、彼女たちへ向けられている好意や好奇みたいなものを受けてキラキラと輝いているように見えた。アイドル探索者というのは、たぶんそういう意味だ。


 対して九条礼子は、身の内側から光を放っている。

 自分が自分であることに一切の後ろめたさがない――そういう自信が醸し出す存在感だ。それはエルフのS級探索者イルセリアにもなかった輝きである。


「えっと……どうも、こんにちは? ボクはティアだよ。なんか、トールと話がしたいってことなんだよね?」


 珍しくティアが他人のペースに呑まれているようなので、トールは少し驚いた。


「その通りですわ! 私、『アンセム』の配信でトールニキ様の活躍を拝見しまして、これは是非に他の方よりも先に接触せねばと思いましたの!」


「それはどうして?」


「あれだけの活躍をしたのですから、世界がトールニキ様を放っておきませんわ。ですから、他の者に先んじて、私がトールニキ様と話をしたいと思いましたの。ですけれど――そうですわね、ひとつ提案をしてもよろしいでしょうか?」


 ちょっと考えるようにしてから、と人差し指を立て、花が咲くように微笑む。

 金持ちのお嬢様だというのにまるで嫌味というものが感じられず、トールとしてはティアの戸惑いの理由が判ってしまって、苦笑するしかなかった。


 悪意がないのだ。

 強い根拠があるわけではないが、直感的にそう思った。何故ならトールの人生において、ここまで屈託のない雰囲気の人間は、小さい子供くらいしか知らないからだ。いや、もしかするとミカの方が屈託というものを有している可能性がある。


「――配信をしませんこと? トールニキ様の現状について、多くの人に知っていただく方がよろしいかと存じますの。それに、これから私がトールニキ様と話をするにあたって、やましいことがないという証明でもありますわ」


「なるほど……?」


 九条礼子の言っていることの意味は理解できなくもなかったが、人と話すにあたってその様子を全世界に垂れ流そうという発想はあまり理解できなかった。


「あっ、お嬢はダンジョン配信者でもあるんすよ。『アンセム』みたいなアイドルって感じじゃないすけど、結構人気あるんすよ。九条財閥の傘下企業の商品プロモーションとかも、ついでにやってます。さっきのナインラインのクッキーも、九条の傘下企業の製品ですよ。なかなか美味いんで、オススメっす」


 執事が軽い調子で補足を入れてくれた。


「はぁ、そうっすか……。確かに人気は出そうっすね」


「あ、判ります? お嬢って間抜けでカワイイんすよ。視聴者からもそういうところが人気で。お嬢本人は人気者になりたいわけじゃないって言ってんすけどね」


 雑に頷いたら思いのほか執事が食いついてきた。九条礼子のことが好きなのだろう。恋愛的にではなく、人間的に。いや、恋愛的でないかどうかはトールには知る由もないことだし、別に興味もないのだけれど。


「どうする、トール? ボクは配信するの、いいと思うよ」


「おまえ、配信に映るの好きだよな。別にいいけど……いや、まあ、確かに、いずれにせよ全世界に晒してる方がいいのか」


 九条礼子がトールになにを話したいのかは判らないが、トールがどういう人間であるのかは、さっさと衆目に晒してしまった方がいいような気がした。

 スガイダンジョンとノウミダンジョンの『暴走』――その結果発生したS級上位相当とかいう魔物を討伐した、というのが『妖刀使い』の世評ではあるはずだ。そのことで偉人だ英雄だと持て囃されるのは非常に困る。


 だって――早坂透の性格は、決して褒められたものではないのだから。

 パブリックイメージがつく前に、さっさと醜態を晒した方がいい。

 可能であれば、炎上しない程度に。


「いいすよ。配信上で話をするってので」


「ありがとう存じますわ、トールニキ様。では――そうですわね、丈一郎、セッティングをお願いしますわ」


「合点承知っす」


 ぱんっ、と小気味よく手を叩く九条礼子に、執事の丈一郎があまりやる気を感じない返答をする。しかし口調とは裏腹に、丈一郎の動きは素早かった。

 まずはトールの部屋のテーブルだのなんだのを部屋の端側に寄せてしまい、スーツの内側からどうやってか取り出した白い布を壁と窓際に取りつけていく。カーペットの上にさらにラグを敷き、元々あったテーブルを元の位置に戻して、トールが置いておいた例のクッキーの包装を破き、やはり懐から取り出した木の器に個包装のクッキーを放り込んで、ついでとばかりにティーセットを三人分、テーブルに並べた。


 あっという間に、簡易撮影スタジオの完成である。


「こんなもんすかね。カメラはこのあたりで……んで、早坂様とティア様はテーブルのそっち。お嬢はこっち側っすね。今、茶ぁ淹れますんで。あっ、早坂様。悪いんすけど、台所借りても?」


「あー……お好きにどうぞ」


 あまりの手際のよさに呆れる他なく、頷く以外の選択肢もなかった。

 これにはどうやらティアも驚いていたようで、作業中の丈一郎の邪魔にならないように突っ立っているトールの隣にやって来て「すごいね、トール」と耳打ちしてきたが、パフェを食べているときの感嘆とは明らかに種類が違っていた。


 まあ、確かにすごい。

 すごく、おかしい。


「ではトールニキ様、ティア様、テーブルのそちら側にお座りいただけますか。私はこちら側ですわね。クッキーもどうぞどうぞ。美味しいですのよ?」


 にこにこしながら先に座ってクッキーの個包装を破く九条礼子の様子には、やはり悪意というものが見当たらない。


 ……こいつら、なにしに来たんだろう?

 そう思いながら、トールも促されるままテーブルに着き、クッキーの包装を破って口に放り込んだ。


「うわっ、美味うまっ。なんだこれ」


 予想していた三倍くらい美味くて、普通に驚いてしまった。

 対面に座っている九条礼子が、それはそれは嬉しそうに微笑んでいたのにも、驚いてしまったが。




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