第三十二話(第一章エピローグ)




「なんですの……! 一体全体なんなんですの……!?」


 端末のモニターを睨みつけながら、九条くじょう礼子れいこは形のいい唇をわなわなと震わせ、胸の内に渦巻く困惑と興奮を口から慎重に吐き出した。


 礼子は九条財閥の令嬢であり、十九歳にしてA級探索者だ。

 中学のときに行われた迷宮実習では魔力親和性をそれほど見出されず、アンセムのメンバーのように国家運営の探索者養成学校で学んだわけではない。


 彼女はただ、ダンジョンや魔法が好きで、魔物との戦いが好きだった。

 異世界世代の大抵の子供がそうであるように、高ランク探索者の活躍に憧れもしたし、礼子はその憧れを現実にしようとした。


 才能自体はなかったが、運はあった。

 何故なら、九条礼子は金持ちの子供だった。


 九条財閥は『世界融合』後の混乱に際し、かなり早いタイミングで探索者の支援に乗り出したこともあり、ダンジョン関係の事業で有名な企業をいくつも擁している。ダンジョン攻略に必須のアイテムが手に入りやすい環境、そして手に入れるための金があった。さらに礼子の両親はその金を好きに使わせてくれた。


 九条礼子は、自他共に認めるお嬢様である。


 探索者としての才能は本当になかった。重ねて言うほどになかった。魔力親和性もそうだし、そもそもが運動音痴気味で、魔物との戦いも当初はものすごく危なっかしいと周囲に言われたし、実際に何度も何度も怪我をした。


 金にものを言わせて高級ポーションを掻き集め、普通なら後遺症になるような大怪我をばんばん治しまくり、懲りずにダンジョンへ挑み続けた。中学の頃からそうしていて、十九歳の今となってはA級探索者である。

 これは未成年探索者をあまり推進していない日本国としては、例外的な措置だ。

 国としては強力な探索者は喉から手が出るほど欲しい。だから『アンセム』のように優れた魔力親和性を示した中学生を、その時点から探索者として育成するような国家プロジェクトがある。しかしそのために少年少女の命を生贄にするわけにはいかない。義務教育時代に魔力親和性を測るのは、そういう理由だ。


 おまえには才能がないから探索者はやめておけ。

 でなければ、死ぬ。


 この意味において、九条礼子はあまりにもイレギュラーだった。魔力親和性においてあまり優れた数値を出さなかったが後に大成した探索者というものは存在するが、いくらなんでも若すぎて、おまけに強くなりすぎていた。


 なにしろ成人済みの探索者を雇って勝手にダンジョンへ潜るのを繰り返すのだ。この『引率者』さえいれば、未成年のうちはダンジョン探索が許可されるし迷宮産出物の提出も認められている。これは『アンセム』メンバーのように魔力親和性の高い子供を集めて育成する際に成立した法だが、この法は九条礼子にも有用だった。無理矢理にこの法律を利用する子供は、礼子くらいのものだったが。


 国の宝である子供は守るべきだが――ダンジョンが生み出す様々なモノもまた国の宝である。どうせ勝手に潜って生還し続けるなら、例外として探索者免許を発行して魔核や迷宮産出物を提供してもらう、といったところか。


 世界融合後の日本は、少しだけイレギュラーに慣れてきたのだ。


 さておき。

 九条礼子はそのようにして経験を積み重ね、同い年の誰よりも大怪我を繰り返し、おそらくはこの世の誰よりも高級ポーションを飲み続けた。寝不足のときには栄養ドリンク代わりにポーションをキメることもある。

 今となっては九条財閥が抱えている企業のダンジョン装具や便利グッズを、配信者としてプロモーションすることもあるが、そういう意味では両親の礼子に対する投資は成功したということかも知れない。


 そんな礼子が、今、驚愕していた。

 S市の『迷宮暴走ダンジョン・スタンピード』鎮圧に当たっていたA級探索者クラン『アンセム』のライブ配信に映る謎の男――現場ニキだのトールニキだのコメントでは呼ばれている――に、えも言われぬ感情が湧き出し、気持ちを上手く整理できない。


丈一郎じょういちろう! 丈一郎は控えていまして!?」


 配信画面から目を離さず、椅子を吹っ飛ばす勢いで立ち上がり、執事というか個人秘書というか、とにかく部下の名を呼ぶ。


 コンマ五秒もせずに部屋の扉が開かれ、黒いスーツと白シャツをだらしなく着崩した柏崎かしざき丈一郎が現れる。顔立ちは整っているのに中途半端に伸ばした髪が不良っぽくて、とてもではないが令嬢の執事には見えない。


「ういーっす。どうしました、お嬢?」


「丈一郎! 貴方、例の『アンセム』の配信は見ていまして?」


「今の今まで見てましたよ。あれ、やべーっすね。S級の『妖精姫』イルセリア・リュミエステルが、まるでオマケじゃないすか。お嬢も見てたんすよね?」


 財閥令嬢の執事という割に、丈一郎の口調と態度は砕けすぎている。

 が、それもそのはず、柏崎丈一郎は代々九条家に使えてきた使用人の家系ではあるが、幼い頃から礼子のダンジョン趣味につき合わされた結果、礼子の面倒をみるために探索者として鍛えていた時間が長く、執事教育はおざなりになってしまったのだ。

 礼子より四歳年上の彼が成人して以降は『引率者』を雇う必要もなくなり、丈一郎を従えてダンジョンアタックを繰り返す日々だった。


 今更まともな執事を雇用したところでA級探索者となった礼子についていけるわけもなく、態度が悪くてもクビにされないと丈一郎は理解しているのだ。

 それに礼子自身、丈一郎の雑な態度には特に思うところがない。

 昔からこんな感じだし、急に態度を改められても気持ちが悪いだろう。


「もちろん見ていましたわ。見ていたからこそ貴方を呼びつけたのでしょう」


「ほぉん?」


「この、彼ですわ。トールニキ様? 変な名前ですのね。彼のことが気になります。SNSで切り抜きを見たことはありますが、今回の『迷宮暴走』が起きるまで、私は彼女たちのライブ配信はあまり視聴していませんでしたのよ」


「ああ、お嬢はアンセム嫌いっすもんね」


 軽い調子でへらへらと笑う丈一郎。

 身長の関係で見上げねばならないので、礼子は丈一郎を睨むときは必然的に胸を張って顎を突き出す形になる。


「嫌ってなどおりませんわ。さして興味がないだけですの」


「でも、神楽坂のお嬢さんには対抗心バリバリじゃねっすか」


「同い年で、あの神楽坂家の令嬢ですもの。多少は意識しますわよ」


「お嬢が入れなかった探索者養成学校にも入学しましたしねぇ」


「ふんっ! たかだか才能ごときで私の足を止められると思ったら大間違いですのよ。今ならあのサムライ女とも渡り合えますわ」


「いやぁ、本当に努力しましたもんねぇ」


 かつてはちょっと走るだけでコケていた礼子のことを思い出してか、丈一郎はやたら温かな微笑を浮かべたが、ムカついたのでふとももにローキックを入れておいた。


「やかましいですわ! それより丈一郎。私、このトールニキ様のことが気になるのです。彼は何者で、あの刀は一体なんなのか、聖剣使いの女剣士についても少々気になるところですわね。調べられますか?」


「そう言うと思って調べておいたっすよぉ」


 スーツの内ポケットから携帯端末を取り出し、丈一郎はドヤるわけでもなく、当然といったふうに端末の画面に目を落とした。


「えーっと、本名は早坂透。今年二十歳。S市のD級ダンジョンで掃除屋をしていたところ、イレギュラーな事態に遭遇して例の妖刀と聖剣を拾った。その際に偶然にも『迷宮変異』を起こしていたダンジョンの探索にあたっていたアンセムのメンバーを助けることになって、バズり散らかした、って感じっすね。その後、県議だとか市長だとかを巻き込んだ会議をアンセムが晒して、そこにもトールニキは関わってたんすけど……お嬢は、それも知らないっすか?」


 なんで先回りして調べてるんだ、と礼子は若干引きながら頷いた。いくら幼馴染の執事だからって、察しがよすぎないか。


「知りませんわ。インターネットは苦手ですの」


「金にもの言わせて、こんなごっつい配信環境揃えておいて、なに言ってんすか」


 呆れたふうに礼子のデスク周りへ視線をやる丈一郎。

 商品プロモーションの関係もあり、それに迷宮探索配信自体は好きなので礼子自身も探索配信をしているが、ネット上でのコミュニケーションにはいまいち慣れずにいる。礼子としてはちょっとだけ苦手意識があるのだ。


「お嬢、また雑談配信とかした方がいいっすよ。金持ちお嬢様なんて普通は反感買いそうなもんなのに、人気あるんすから」


「うるっさいですわね。私は人気者になりたいわけではありませんの。それより、このトールニキ様に接触しますわよ」


「は? えー……絶賛バズり散らかしてるやつっすよ? それにアンセムとも関わってるし、あのイルセリアがブチキレてたし……面倒じゃないすか?」


 ちらりと机の上のモニターを見てみれば、エルフのボディカメラがトールニキを映しており、なんだか非常にかったるそうな顔をしている。一応は執事らしいポーズをとる丈一郎よりもはるかに露骨なうんざり顔だ。

 どうやらイルセリアがなにか言いがかりをつけているようだが、トールニキはあまり相手にしていないらしかった。


 あの、人間離れした――まあ実際に人間ではないのだが――S級探索者を相手に、真正面からな顔をする、だなんて。


 と、そんな光景に、アンセムのリーダー斉藤恵美が割り込んだ。


〈いいかげんにしてよ、イルセリア! 今、そういうことをやってる場合じゃないでしょう! 救急隊だってまだ来てないんだよ! 要救助者を探して、助けなきゃ!〉


 あまりにも真っ直ぐな正論に、さすがのエルフも我を通せなかったようだ。カメラがトールニキから斉藤恵美に移る。ヒドラの血を浴びたせいでひどい有様になっているが、当人はそんなことを気にしていない様子。

 かと思えば恵美の手が伸び、イルセリアから配信カメラを取り上げてしまった。


〈ここからは人命救助になると思う。一般の人のキツい映像を流すわけにはいかないから、配信はここで切るね。私たちにもいろんなことがよく判ってないけど、できる限り、情報はアンセムの公式から発信するよ。協力してくれた人、見てくれた人、応援してくれた人、本当にありがとね。それじゃ!〉


 ぷつん、と配信が切れる。

 モニター上には、空気を読まない配信サイトが『オススメの配信』をいくつかピックアップしてくれたが、興味がないので礼子はブラウザを落とした。


「いやぁ……お嬢の一個上でしたっけ。ちゃんとしてるっすよねぇ」


「斉藤恵美に対しては敬意を示すのもやぶさかではありませんわね。あの高慢エルフやサムライ女は気に入りませんけど」


「聖女はどうっすか?」


「御堂アイリに対しては、特に思うところはありませんわね」


 ふんっ、と鼻息を吐く礼子に、丈一郎はわざとらしい苦笑を見せた。なんだか胸の内を見透かされているようで気恥ずかしくなったが、ならばもう少しだけ正確に、礼子自身にも理解していない胸の内を推察して欲しいとも思った。


「丈一郎。私、トールニキ様のことが気になりますの。ですが、どうして気になるのか、自分でも判りませんわ」


 何故だと思う?

 そういう意味の言葉に、丈一郎は間を置かず、普通に頷いて答えた。


「現場ニキに才能がないからでしょ。お嬢にもなかった。そんなやつが、推定S級上位のヒドラを瞬殺だ。気にならないわけがない。お嬢は、たぶん現場ニキの強さとかあの不気味な刀とか、聖剣使いの女じゃなくて、現場ニキがどういうやつで、これからどういうふうに振る舞うのかが気になってんじゃねーすか?」


 すとん、と落ちた。


 礼子には経験値がある。金にものを言わせてポーションをがぶ飲みしながら、傍から見れば頭のおかしい頻度でダンジョンアタックを繰り返した。その繰り返しが、九条礼子のバックボーンだ。今ではA級探索者として実力も名声もあるが、かつて探索者に憧れた運動音痴の女の子であったことは、今でも覚えている。


 彼は――どうなのだろう?

 アンセムの危機を二度も救ったトールニキは、ひどくかったるそうだった。全然嬉しくなさそうだった。イルセリアですら瞬殺とはいかなかった魔物をいとも容易く斬り殺しておいて、自慢げな様子なんてまるで見えなかった。


 そんなわけがない。

 そんな強さなんて、見たことがない。


 彼は――これから、どうするのだろう?

 誰が彼に道を示すのだろう?

 きっとこれから、様々な者が彼を利用しようとするだろう。誰もが彼を放っておかないはずだ。S級の魔物を瞬殺する掃除屋なんて、放っておけるわけがない。


「なるほどですわ。なんとなく、理解できました。ありがとう、丈一郎」


「別にいいすよ。S市に向かいます?」


「ええ。私、彼のことが気になりますわ。どんな人なのか、どんなものが好きで、どんなものを嫌っていて、なにとなになら交換してもいいと思っているのか。私には才能がなくてお金がありましたけど、彼にはどちらもなかったのですわよね。そんな彼がこれからどうするのか気になりますし、まだ判らないというのであれば、この私、九条礼子が彼の選択に関わってさしあげますわ」


 ダンジョンは、楽しいのだ。

 だから、そんなつまらない顔をしないで。


「了解っす。じゃあ、ヘリを用意しておいたんで、さっさと行きましょう。現地の関連企業が持ってるビルのヘリポートを使います。車はレンタルで、ホテルは向かいながら抑えましょう。魔法鞄マジックバッグは持ってるすよね?」


「え? あぇ……あ、はい。めちゃくちゃ準備がよろしいですわね……」


 正直、キモかった。

 丈一郎はここぞとばかりにドヤ顔を見せ、言う。


「そりゃあ、お嬢の執事っすから」



◇◇◇



 九条礼子だけではない。


 推定S級のヒドラを瞬殺した映像は世界中に流れたし、S市における『迷宮暴走』とその顛末は迷宮関係者の注目を浴びに浴びていた。


 地方都市のD級ダンジョンで三年間掃除屋を続けていた天涯孤独の底辺男に世界中が注目しており、早坂透は誰も想像していなかった結果を見せつけた。

 この日、世界はトールに気がついたのだ。


 ――双剣の無頼人。


 神話級の剣を二本も所持する極度の意地っ張りを、いつしか世界はそのように呼ぶことになるのだが……それはまだ、少し先の話である。









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 モです(挨拶)。作者のモモンガです。

 ここまで読んでいただいてありがとうございます。ひとまずこの話までが、第一章になります。

 まだまだ続くよ、みたいな感じで幕を引いてますが、まだまだ続きます。しかし、とりあえず今年の投稿はこれで終わりになります。


 この作品はカクヨムコンに出してみたいなぁと思って、カクヨムで読んだことのあるダンジョン配信ものを自分なりに咀嚼して書いてみようというアレで生み出された物語ですが、当初思っていたよりもはるかに読んでもらって、大変嬉しく思っています。まだまだ面白くなる予定なので、よかったらお付き合いください。


 気に入ったぜ、続きが読みたいぜ、応援してやらんでもないぜ、と思ったら★入れてくれると嬉しいです。いや、既に腰が抜けるほど★とかいろいろ入れてもらってるので、十分に嬉しいのですけど。ありがとね。


 次回更新は1月2日、0:00になります。

 それでは、よいお年を。

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