第二十三話
斉藤恵美は自分が探索者に向いていないと薄々感じていたが、前回の探索でその疑念は確信に変わっていた。
自分が常人よりも探索者としての才能があることは、判っている。アンセムのメンバーと出会えたのはそのおかげだ。だからこれまではそれなりの活躍ができていたと思うし、それは客観的にも事実なのだろうが――きっと、ここまでだ。
これ以上先には、進めない。
とはいえ、それでは探索者を辞めるのかと言われれば、首を縦にも横にも振れないのが実情だ。魔力親和性が高すぎたせいでまともな学生生活を送れず、探索者養成学校に国の金で編入させられて、そこで訓練と迷宮探索を繰り返して成人したので、世間知らず気味に育ってしまった自覚もある。
今更、迷宮と関わらずに生きることは難しいだろう。
それに――配信は、嫌いじゃなかった。
「どうもー! アンセムの斉藤恵美です。今日はみんな驚くかも知れないけど、つい先日、私たちが酷い目に逢ったカミオカダンジョンに来てるよ」
いつものように新宮紗凪が構える配信カメラへ笑顔を見せ、一歩だけ横に動いてカメラの中心にダンジョンの入口が来るよう意識する。
“始まった!”
“おはアンセム!”
“おはメグたん!”
“カミオカダンジョンに潜るってマ?”
配信が始まった瞬間には視聴者数が一万人を突破して、チャット欄がかなりの勢いで流れていく。恵美は腕に取り付けたコメント閲覧用のPADを確認し、配信の流れを考える。活動を始めて二年以上も経てば、もはや慣れたものだ。
「マジのマジマジよ。みんな思うところがあるとは思うけど、いろいろ説明していくね。とりあえずメンバー紹介から」
刀使いの神楽坂千鶴、治癒魔法使いの御堂アイリ、そして恵美。ここまでは前回と同じメンバーだが、S級探索者のイルセリアを紹介したところでチャット欄が大きく盛り上がった。
“イーちゃんだ! 珍しい!”
“プライベートジェットで駆けつけるエルフwww”
“SNSがおもしれー女”
“姐さん、メンバーのこと頼んます!”
「うるさいわね。言われなくても恵美たちは守るわよ。任せておきなさい」
ちゃっかりコメントをチェックしているイルセリアは、カメラを向けられたタイミングでカメラをじとりと睨み、そんなことを言ってくれる。
なんだかんだ、彼女も配信という文化が気に入っているようだ。
“さすが! 頼りになるイーちゃんさん!”
“ありがとうございます!”
“もっと罵ってくれてもええんやで”
“ツンデレエルフからしか得られない栄養素がある”
“いっぱい食べさせたい”
“いっぱいわからせたい”
「それからね、今回は特別ゲストっていう形で、この二人に同行をお願いしました。もしかしたらみんなの方が詳しいかも知れないね。『現場ニキ』ことトールさんと、竜殺しの女剣士ティアさん! 私たちを助けてくれた恩人だよ!」
“マ!?”
“うおおお現場ニキだああああ!”
“作業着じゃねぇwww”
“ティアたんハスハス”
“どういう交渉したんだ?”
「いろいろ気になると思うけど、そのあたりは探索しながら話して行こっか。それと、こっちも気になってる人がいると思うんだけど、今回の探索はS市の依頼とは無関係に行います。迷宮庁から直接指示されての探索……ってことになるのかな?」
“例の配信で絶賛炎上中のS市”
“さすがにアンセムもS市からの依頼は切ったか”
“とはいえ迷宮産出物がS市の利益になるのはなぁ……”
恵美の発言によってコメントの流れが予想通りの方向に流れていく。
「あっ、ちなみにだけど、今回の探索は調査の意味合いが強いから、魔核とかレアドロップは迷宮庁の方に直接提出することになるよ」
“あっなーるほーど”
“割とマジで怒ってて草”
“自業自得”
“S市には一文の得にもならないってことか”
「でも実際に迷宮が変異してるわけだから、調査は必要だよね。昨日の時点でネットで『
“確かに”
“そのあたりはマジ探索者頼みだもんな”
“元々B級ダンジョンを持て余してるようなS市じゃ、変異した迷宮の探索なんか無理だろうからな。アンセムの活動としては正しいよな”
“ゆーて議員だの市長だのはともかく、一般人には罪ないし”
“でも気をつけてねメグたん”
「んっ、ありがと。それにさ、私たちがすぐ迷宮に入り直すのにも理由があるの。みんなはサバイバーって知ってる?」
この言葉には様々な意味がある。
自殺者の周囲の、遺された者という意味合い。癌などの病気を克服した人たち。虐待の経験者。意味合いとしての『
今回の恵美たち『アンセム』にとっては、迷宮探索でイレギュラーに遭遇し、窮地に陥り、かつ生き延びた者――という意味でのサバイバーだ。
“消防士が現場で大火傷したけど、また現場に復帰するやつか”
“可能な限り早急に現場復帰した方がトラウマになりにくい、みたいな?”
流れていくコメントの中、的確なものを見つけて恵美は頷く。
「そうだね。今回の探索、私たちも正直言ってかなり怖いよ。だけど国の支援を受けて活動してる以上、一回も再トライしないで『辞めます』ってわけにもいかないじゃない。みんなともこうしてお喋りできなくなるし」
“メグたん……”
“無理しないで”
“泣けてきた”
“さすが俺の嫁”
「誰が嫁じゃい! って、だからさ、今回はイルセリアに来てもらったってわけ。それに現場ニキことトールさんと、竜殺しのティアさんにもね。A級探索者クランとしては、だいぶ情けない感じになっちゃってるけど、ね」
“なるほど”
“命懸けでリトライするよりはいい”
“探索者は継戦継続が命だもんな”
“でもニキって免許ないんじゃなかった?”
“またアンセムで買い上げてニキに金渡す?”
“いや、免許ないやつを故意的に迷宮に連れて行っちゃダメだろ。違法行為になる。アンセムがそんなことするとは思えないが。未成年の場合は同意と引率者の保護があれば申請して迷宮に潜れるけど……現場ニキ、成人してるよな?”
覚悟していた「情けないぞ」みたいなコメントは、皆無ではなかったが、ほぼなかった。国の金……つまり税金で探索者養成学校に入って鍛えられ、国民に還元するための『アンセム』が、自分たちだけでは立ち直れないなんて、あれこれ言われたって仕方がないとは思う。まして免許すら持っていなかった早坂透を頼るなんて。
たぶん――情けないと思っているのは、恵美なのだ。
自分でそれが判っているから、言われたくないと思ってしまう。
でも、どうだろう。むしろ言われたかったのかも知れない。
「そう、そうなんだよねぇ。みんな知ってるか判らないけど、トールさんはD級ダンジョンで掃除屋をしていた人で、事故で転移罠を踏んじゃって、隠し部屋で二本の剣を拾っちゃったんだって。それで――こっちはみんなも知っての通り、私たちが苦戦……っていうか、負けそうになってたドラゴンと黒騎士を瞬殺しちゃった」
“明らかにD級未満の所業じゃなくて草”
“つーかニキ、なんか持ってね? 例の妖刀じゃなしに”
“ティアちゃん、ちょいちょいカメラ気にしててかわいいw”
“にこにこして手ぇ振ってくるのマジでかわいい”
“これには千鶴推しの俺も参っちゃうね”
「だからね、迷宮庁に直接かけ合って、トールさんに仮免許を発行してもらったの。ドラゴンと黒騎士を瞬殺するような人たちに、免許がないから迷宮に入るなって、公共の福祉に反するでしょ。それに今回は結構緊急性が高いかも知れないし」
“権力の有効利用ktkr!”
“さすが国家プロジェクト”
“税金チューチューとは違うぜ”
「まあまあ、いつも通り私たちは政治的発言に関してはスルーするってことで。それじゃあ変異したカミオカダンジョン、行ってみましょう!」
◇◇◇
迷宮探索は未踏破領域でない限り地図がある。
先駆者が必ず作成しているからだ。何故なら探索者というものはファンタジーフィクションのイメージみたいに競い合っているのではなく、協力関係にあるから。情報提供が他探索者の命をダイレクトに救うことになる。逆に言えば情報の秘匿は他者を殺すことになるということだ。
情報化社会の現代において、そのような秘匿行為は自身の首を絞める行為に他ならない。迷宮が国家によって管理されている以上、先駆者の記録は必ず残る。その人物が情報を秘匿したのではないかと疑われる可能性が出てきてしまうので、探索者たちはかなり慎重に迷宮支所へ情報提供を行っている。配信はせずともカメラを持ち込んで録画をする探索者も少なくない。
誰だってネット上で総叩きにされたくはないのだ。その評判のせいで活動に支障が出るとすれば、なおさらである。
さておき、恵美たちアンセムのように後方支援が存在するクランともなれば、迷宮の地図と自分たちの現在地はリアルタイムで照合され、フィードバックされた情報が探索者に渡されるのが当然となっている。
もちろん恵美の端末にもデータは届いているが、基本的にそれらの支援を担当しているのは、治癒魔法使いの御堂アイリだ。
「うーん……上層のあたりは、とりあえず地図通りっぽいね。前回と一緒だ」
アイリの報告を受け、視聴者向けに呟いておく。
集合知は侮れないもので、恵美たちがその場で考えても思いつかないようなアイデアが視聴者から出てくることもある。
“ところで、そろそろ現場ニキに話聞かない?”
“同意。ニキにインタビューしようず”
“ティアちゃんにも話聞こう”
とはいえ、常に集合知が役に立つわけでもない。このように視聴者たちが一致団結して方向性を持つことがあり、そういう場合に流れを止めるか否かは、配信者としてのハンドリングが求められるところだった。
「うーん……そうだね、上層の間に、いろいろ話を聞いちゃおっか。でもプライベートなこと、NGなことは、突っ込んで訊いたりしないからね」
一応は念を押し、カメラに写らない位置――紗凪の後ろを歩いていた早坂透に向かって、ちょいちょいと手招きをしてみる。
出発前にマネージャーの菜々美やイルセリアと揉めていたらしいのは聞いていたので、正直言うと恵美は早坂透とあれこれ話すのは気が引けていた。どうして揉めていたのかは菜々美もイルセリアも教えてくれなかったし、早坂透も聖剣使いのティアも、特になにも言わなかった。恵美たちがロビーに降りて挨拶をしたときは、早坂透は無愛想ではあったが苛ついているふうでもなかったのだ。
ただ、どうやら『妖刀使い』と落ち着いて話せるのが楽しみだったらしい千鶴が、恵美たちより先にロビーに降りて行ったのに、ほとんど早坂透と話をしていない……話をできなかったようなのは、気になった。
いつもならマイペースにあれこれものを言う千鶴なのに、早坂透に対しては妙に腰が引けた様子なのも、恵美としては気がかりではある。
恩人である。それも、命の恩人だ。
判っているし、感謝もしている。
が、恵美がこれまで関わってこなかった類いの人でもあった。
端的に言えば、どう接すればいいのか判らない。
中学のときに探索者養成学校に編入してから、ほとんど『外』と関わることなく生きていた弊害だ。探索者としての強さは得たけれど、心の芯みたいなものは育っていない気がするし、たぶんそれは単なる事実だ。
結局は、あの頃、バケモノ扱いされて傷ついた子供のまま……。
いや、今はそんなことはどうでもいい。
恵美は内心のもやもやを軽く頭を振って払い、早坂透に話しかける。
「えーっと……改めて、先日はありがとうございました。迷宮で助けてもらったこともそうですし、県庁の会議にも出席してくださって……」
「あー……はい。まあ会議の方は帰ったっすけど」
一応は恵美の方に近づいてカメラの画角に収まり、ものすごくかったるそうに対応してくれる早坂透。ドラマで見る不良みたいな印象がちょっとまだ拭えないが、威圧感や攻撃的な雰囲気がまるでないのは、恵美としては嬉しかった。
なんというべきか、必要以上の狩りをしない静かな猛獣、みたいな印象だ。気が向いてるときは撫でても怒らない、みたいな。
“現場ニキwwwテンション低いwww”
“このメンバーに囲まれてそのテンションは草”
“『現場ニキ』呼びについて一言”
「あはは……えっと、トールさん、でいいですよね? ネットでは『現場ニキ』という通称が定着してますけど、正直、どう思ってます?」
“ぶっこんで草”
“最初の質問がそれかよwww”
うるさい、あんたらが訊きたがってるからじゃないか。
と内心では思いつつ、どうにか笑みを維持しておく。たぶんかなり引きつっていただろうが、まあ仕方がない。
「あー……作業服着てたからだと思うんすけど、工事現場で働いたことないんで、マジの現場ニキに失礼かなぁとは、ちょっと思うっす。クレーンの免許とか持ってないし、ちゃんとした人に『現場ニキ』の称号は譲りたいっすね」
失礼だったかも知れない恵美の質問に、トールは少し考えながら、普通に答えてくれた。現場ニキ呼ばわりも好ましくは思っていないようだが、腹を立てているわけでもなさそうだ。
“意外と真面目www”
“現場ニキは称号じゃねぇだろw”
“しゃーない、トール呼びにしてやるか”
“ニキは仮免許もらったらしいけど、普通に魔物倒せるの?”
“っていうか、ニキが持ってるの、なに? 剣じゃないよな”
「魔物退治についてコメント来てますけど……えーっと、魔物退治は大丈夫なのか、トールさんが持ってるのはなに? みたいな感じで」
実は恵美としても、迷宮近くの駐車場――トールとティアは、自家用車でアンセムのワゴン車について来てくれた――あたりから気になっていたことだ。トールが当たり前みたいな顔をして持っている、なんだかよく判らない鉄の棒。
「これっすか? 知り合いのドワーフに造ってもらった鈍器すね。工事に使う鉄筋を束ねて溶接したやつ。掃除屋のときの仕事道具っす」
「……ホントに鈍器以外の何物でもないですね……」
これが迷宮の魔物に通じるかどうかは、ちょっと疑問だ。
現代兵器――たとえば銃弾や爆弾なんかが迷宮の魔物に通じにくいのは、魔物が魔力をまとっているからと言われている。なので魔力をまといやすい剣だの槍だのが主に使われている。魔力を込めさえすれば銃弾でも通じるのだが、迷宮産出物から消耗品の銃弾を作成するよりは、継戦能力の高い近接武器を造る方が効率がいい。
恵美が使っている両手剣も、魔物素材を鋼に混ぜ込んで鍛造された一品だ。非常に魔力の通りがよく、鉄より固くて竹よりも靱性があるらしい。
対して――束ねた鉄筋。
そんなもので魔物に打撃を加えたら、すぐひん曲がってしまう気がする。
「あー……そういえば、一応、試してみていいすか?」
ふと思いついた、というふうに言って、トールは通路の向こうを指差した。
カミオカダンジョンは比較的スタンダードな石造りの迷路になっている迷宮だ。ほとんどの迷宮がそうであるように壁や床や天井それ自体がぼんやりと光っていて、だいたい三十メートルほど視界が効く。
トールが指差したのは……それよりも、もう少し遠くだ。
メンバーの中では最も感知能力の高いイルセリアへ目配せしてみれば、魔弓使いのエルフは不愉快そうな顔をして、こくりと首を縦に動かした。
「じゃあ、やってみる。ヤバそうだったら助けろよな」
口調が砕けたのは、話しかけたのがティアだったからだろう。ティアの方は軽く頷いて普通に歩き出すトールの背中を見送り、撮影の紗凪がその後を追った。
そのあたりで、向こうから現れたのが狼タイプのモンスターだと視認できた。
数は、二体。
前回の時点で上層に現れたモンスターよりも、明らかに格上だ。やはり変異が進んでいる。であれば、とにかく魔物を倒しながら進むべきだが……。
……大丈夫なのだろうか?
つい先日までD級探索者未満、免許も持っていない掃除屋だった人物が、おそらくC級上位くらいの魔狼を二体。普通に考えれば自殺行為なのではないか。
鉄の鈍器を肩に担いで歩いて行くトールの背中から怯えは感じないが、しかし強者特有の雰囲気も、恵美は感じなかった。
周囲を見回せば恵美と同じような心配を抱えているのはアイリくらいのもので、ティアも千鶴もイルセリアも、どうということもなくトールの背中を眺めている。
“ニキの初戦闘か”
“いや、初戦闘は黒騎士だろ”
“あの鈍器でやるのか?”
“妖刀使った方がいいんじゃね?”
“アンセムの前でカッコつけたいのか?”
“カッコつけたいやつの態度じゃなかっただろ”
“マジで普通に歩いてるな”
“そろそろ狼の突進が来るぞ”
コメントの通り、身を低く沈めた二匹に魔狼が、地を蹴った。
結果は――呆気ないものだった。
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