第二十一話




 朝。トールは夢を視ることなく普通に目を覚ましてコーヒー飲料で脳に糖分を叩き込み、適当に用意を済ませて出発した。昨日と同じジーンズに、ホームセンターで買った吸水速乾のTシャツとウインドブレーカー。


「配信かぁ。配信だってさ、トール。楽しみだね」


 ティアの方はファンタジー町娘の格好で軽自動車の助手席に座り、にこにこと上機嫌に町並みを眺めては「あれはなに?」「これは?」と訊いてきた。トールは半分くらいを聞き流し、半分くらいを雑に答えながら県道を運転した。


 指定の場所はS市からだと隣市にあるホテルだ。

 そういえば『アンセム』が迷宮に入る前に配信していたか、とトールは思い返す。たまたま視聴しただけだったのが、まさかこういう形で関わることになるとは思っていなかった。思っていたのだとすれば、かなり真面目にイタいやつではないか。

 底辺の掃除屋が、日本でも有数のアイドル的人気を誇る探索者クランのメンバーを助けるだなんて……まるでテロリストが教室にやって来る妄想のようだ。


 はぁ、と溜息を吐き、せいぜい調子に乗らないようにしよう、とトールは内心で決意を固めた。なんだか知らないが注目されているし、S市は絶賛炎上中だし、聖剣に取り憑いた美人の霊は受肉してドラゴンを屠るし。


「うん? なんだい、トール。なにか言いたげな顔をしてるけど、なにか言いたいことがあるなら、きちんと聞くよ?」


 不思議そうに首を傾げるティアに、言いたいことなど別になかった。

 なのでトールは「へっ」と美的でない息を吐き、ティアの問いをなかったことにした。かなり失礼な対応だとトール自身でも判っていたが、ティアは怒ったりせず、不思議そうにするだけだった。


 四十分ほど軽自動車を走らせ、目的のホテルに到着する。

 かなり大きいホテルなので、宿泊客用でない利用者向けの駐車場も備わっていた。なんとなく端あたりに軽自動車を停め、トールは携帯端末で浜松菜々美に到着のメッセージを送ってから、聖剣と鉄筋鈍器は車に置いたまま、ロビーへ向かう。

 ちなみにというか、ティアは聖剣から離れても現界が解かれることはないようで、むしろトールから一定距離以上離れると強制的に現界が解かれるらしい。


 さておき。


 トールの人生ではまず縁などなかったはずの高級ホテル、その入口であるガラス張りの回転扉を抜け、一階エントランスへ。

 幸いというか、すぐ見える位置で『アンセム』のマネージャーが待ち構えてくれていた。その隣に見知らぬ少女が立っていたが、もしかするとアンセムのメンバーかも知れない。トールは詳しくないので判らなかった。


「おはようございます。ご足労いただきまして申し訳ありません。早坂さんと……ティアさん、とお呼びしても?」


 仕事のできそうなパンツスーツ姿の女性がトールに謙った態度を取るのは、ひどく居心地の悪いものだった。おまけに謙って見せているだけなのが、なんとなく判ってしまったから尚更である。

 エントランス中の何処を眺めても、ジーンズにウインドブレーカー、みたいな格好をしたやつは一人もいない。もちろんファンタジー町娘の格好をしているやつもいなかったが、ティアは何処に立たせたってみすぼらしくは見えないだろう。


「もちろん構わないよ。ボクの方は、貴女のことをなんて呼ぼうか?」


「お好きなようにどうぞ」


「ハママツナナミだよね。じゃあ、ナナミと呼ぶね」


 にっこり笑って言うティアの態度はあまりにも自然で、引け目もなければ傲慢さもない。それに、なんというべきか、空気の読めない場違いさみたいなものもなかった。親しげではあっても馴れ馴れしくはない。

 トールに対しては最初からかなり馴れ馴れしかった気がするのだが。


 などと考えていると、菜々美の隣に立っていた少女がずいっと二歩分だけ前に出て、トールとティアをじろじろと眺めてきた。

 やや温度の低い、観察の視線だ。


 少女――と感じたのは、かなり背が低く、華奢だからだ。アッシュグレイに近い銀髪は染めているのではなく、どうやら天然物らしい。膝丈くらいのスカートにブーツを合わせていて、上は首元まできっちりボタンを留めたブラウスにカーディガンを重ねている。全体的にモノトーン調で、ファッションモデルみたいに姿勢がいい。


 ぞっとするほど肌が白く、人形みたいに容姿が整っていて――耳の先が、人間のそれよりも明らかに長く、尖っていた。

 ついでにいうならトールとティアを見る眼差しも、何故かかなり尖っている。


「あっ、エルフだ。こっちの世界にもいるんだね」


 他意のないティアの呟きに、エルフの少女――かどうかは判らないが、少女みたいに見えるエルフが、すっと目を細めた。


「貴女が聖剣に取り憑いている霊とかいう女?」


 高くも低くもない、やや無感動に聞こえる声音で彼女は言った。


「うん、そうだよ。ボクはティア。キミは?」


「イルセリアよ。イルセリア・リュミエステル。人間の基準でいうならS級探索者ってやつね。配信の視聴者からは『イーちゃん』なんて呼ばれることもあるけど、貴女は呼ばないで欲しいわね」


「じゃあイルセリアと呼ぼう。キミも『アンセム』のメンバーなのかな?」


「知らないの? 私、たぶん地球に存在するエルフの中では上から数えた方が早いくらい有名なはずだけれど」


「ごめんね。三日前に現界したばっかりなんだ」


 あははー、と朗らかに笑うティアである。イルセリアの冷たい空気感に対して怯む様子も反発する様子もない。


「ふぅん。まあ、貴女たちが詐欺師かどうかは、これから見極めてあげるとするわ。ナナミ、彼女たちに説明を」


 言って、きっちり二歩分後退するイルセリア。

 どうやらトールたちのことを疑っているらしいが、そこについては別に不快感はなかった。普通に考えれば疑わしいだろうとトールも思う。

 ちなみにトールはイルセリアとかいうエルフのS級探索者を知らなかった。おそらく日本で最も有名なアイドル探索者クラン『アンセム』のメンバーだってろくに知らなかったのだから仕方ないだろう。


「すみません。見ての通り、イルセリアは日本人的礼節にはあまり詳しくないので、失礼があったのであれば、私の方から謝らせていただきます。本題なのですが――そうですね、いつまでも立ち話もなんですし、あちらに移動しましょうか」


 と菜々美が指差したのは、エントランスに設えられているテーブル席だ。ガラス張りの壁に面していて、表通りから見えるような位置だ。道を歩いていてふとホテルを眺めれば、そこでエリートっぽいやつが商談でもしていそうな雰囲気。


 案内されるままに席へ座ってみれば、椅子のクッションが柔らかすぎて尻が落ち着かなかった。そもそも高級ホテルのエントランスの時点で落ち着かないのだが、菜々美もイルセリアも、ほとんどトールには意識を割いていない。


「今回ご足労いただいたのは、事前にお伝えしていた通り『アンセム』の配信に出演していただきたいと考えたからです」


「うん。配信ってやつには、興味があるよ。コメントとかに反応するんでしょ?」


「そうですね。完全に自由な遣り取りをしていただくわけにはいきませんが、たとえば視聴者の質問に対して答える、というような遣り取りは想定しています」


「ボクはいいよ。どっかでお喋りすればいいの?」


「いえ――実を言うと『アンセム』と一緒にカミオカダンジョンの探索をお願いしたいのです。迷宮探索配信、ということになりますね」


「めいきゅうたんさくはいしん」


 なんぞや、とばかりにティアはこてりと頭を傾ける。

 呆れたようなイルセリアと、想定済みといった菜々美の表情が対照的だった。


「迷宮の探索をしながら配信をするのですが、魔物と戦っている様子を視聴者に見せるのが山場になります。迷宮を進みながら視聴者とコミュニケーションするのも面白さでしょうか。現代における配信文化の主流コンテンツのひとつですね」


「なるほど。エンタメ化ってやつだね」


「ええ。探索者とは本来的に一般大衆には活動内容を理解され難いものですが、この様子を配信して見せることによって大衆からの理解を深めようという狙いもあります。例の議員のような勘違いは、少しでもなくしたいですから」


「『おまえらは迷宮から魔核運んで来ればいいんだよ』だっけ。判るよ。社会に必要な仕事を見下す価値観が蔓延はびこると、社会に軋轢が生まれるからね。軋みが限界に達したときには、破壊が起きる」


 軽く握った手を開いて見せ、ティアは苦笑を洩らした。

 なんだか実感のこもった言い方だったが――本当に実感があるのかも知れない。


 菜々美はわずかだけ気圧されたように頷き、続けた。


「今のは迷宮探索配信についての、我々からの見解ですが……その、今回の話は、もっと実際的で、具体的な『お願い』になります」


「ふむ?」


「ひとつは現状の『アンセム』メンバーのみでは、変異したカミオカダンジョンの探索は危険度が高すぎるためです。仮に変異前と同じ階層があるのだとすれば、地下十四階はまだ中層です。中層で、あのボスモンスターが現れるような迷宮は……ランク分けするならS級になるでしょう」


 A級探索者クランでは手に余る、ということか。

 であれば――、


「手に余るなら、迷宮に入るのはやめておけばいいんじゃないかな?」


 不思議そうにティアが首を傾げた。

 そう――そう考えるのが普通だ。

 何故なら『アンセム』は命知らずの探索狂ではなく、配信者クランでもあるのだ。確か、国の支援を受けて活動しているのではなかったか。


「もちろん我々としても、この状況になってS市からの依頼を達成しようとは考えていません。しかし――現状、カミオカダンジョンを探索できそうな探索者が、我々『アンセム』以外におりません。ですので、プライベートジェットを利用してイルセリアに急遽来ていただきましたし、貴方たちに同行をお願いしたのです」


「つまり、カミオカダンジョンに潜らなきゃいけない理由がある?」


「『迷宮暴走ダンジョン・スタンピード』の可能性が浮上しました」


 端的なその言葉は、およそほとんどの現代人に危機感を抱かせるものだった。ティアにはあまりピンと来なかったようだが。


「早坂さんが確認したスガイダンジョン上層での異変は、市内の他の迷宮でも観測されていました。もしその異変がカミオカダンジョン変異の前兆だとするなら、これまで例にない規模の変異だと考えられます。事実、A級探索者である恵美たちが太刀打ちできないようなボスモンスターが中層にポップしました」


 中層ボスであるドラゴンと黒騎士は、ティアとトールが倒した。

 が、中層のボスなのだ。


 カミオカダンジョンには下層があり、変異の規模によっては深層があるかも知れない。ある程度の掃除を行わねば、迷宮の内圧が限界に達して――魔物たちが迷宮の外へ爆発的に湧き出す『迷宮暴走』が起こるかも知れない。


 なるほど、とティアは頷く。

 イルセリアは目を細めて『聖剣使い』に観察の眼差しを注ぎ続けている。菜々美の方はティアに首肯を返してから、トールへ視線を移した。


「ですので――お願いします。国内のS級探索者クランに要請をかけていますので、彼らが到着するまでの間で構いません。早坂さん、ティアさん。カミオカダンジョンの探索に同行していただけないでしょうか?」


「ボクはいいよ」


 本当に軽く即答したティアは、他意のない眼差しをトールへ向けた。

 気づけばエルフの少女も、怜悧な眼差しをトールへ向けている。


 ちょっと考えて、トールは言った。


「あー……その、それはまあいいんですけど、ひとまず魔核と竜鱗の話、してもらっていいすか? 相場の倍払うって話だったと思うんすけど」


「……俗物」


 侮蔑の眼差しと言葉をエルフからいただいたが、まるで響かなかった。

 トールは鼻で笑ってわざとらしく肩を竦める。


「否定しねーすけど、だったら高潔な『アンセム』さんは、底辺掃除屋の俗物から口八丁で魔核と竜鱗の現物を取り上げて、危険な迷宮探索に同行を願い出て、自分たちの配信活動にも協力してもらうつもりでいるけど、約束した金の支払いは五年後十年後も可能だって言い張るんすかね?」


「誰もそんなことは言ってない。『迷宮暴走』の可能性を聞かされて、金の心配をしている感性を俗物と言っただけ」


「自分の心配よりみんなの心配をしろって? みんなの心配をしてるなら自分たちに協力して当然だって? はっ、そりゃそうか。働き蟻未満の俗物は自分のことなんか考えてねーで、公共の奉仕者様に黙って献上しろってこった」


「……訂正するわ。卑屈な愚物ね」


「卑屈な愚物だろうが俗物だろうが生きてるんでね。あれこれあったもんで、どうせ無職になるだろうし、金の心配してなにが悪い? ああ――有能で高潔なエルフ様は、金なんて下劣な概念には興味ねぇか。くっそ高そうな服着て、庶民には縁のないホテルで飯食って寝て、プライベートジェットで駆けつけるもんな。こっちは軽自動車で四十分かけてここまで来たけど。はー、すげぇすげぇ。マジ尊敬するよ。これからもどうぞ頑張ってください。ご健勝をお祈りしてますよ、その辺の電柱とかに」


 言って、立ち上げる。

 そのままノータイムで立ち去ろうとしたが、ぐっと腕を掴まれた。ティアだ。エルフの少女ほどではないがトールよりもずっと細いのに、ちょっと掴まれただけで固定されたみたいに動けなくなる。


「待って、トール。そういう言い方はよくない」


「莫迦か、おまえ。知ってるし判ってるに決まってんだろ。いいと思ってこんな言い方してると思ってんのか? ふざけんな。こいつらも結局、あの市議だか県議のジジイと同じだろ。自分が正しい。自分たちは偉い。だからなにしても許される。他人見下しても許される。思い通りになる。協力してくれる。正しくて偉いから」


 掴まれた腕が動かない。それほど強く掴まれているような感じはしないのに。まるで鎖に繋がれた犬だ。これ以上は進めない。


 掴まれているのは、左腕。

 右手は動く。だったら、左腕の中から妖刀『禍月』を引き抜くことも、できる。


「待って、トール! 違うんだ、エルフってなんだよ。彼女たちの言うことに、いちいち腹を立てても仕方ないんだってば!」


「違わない。知るか。だったら俺はなんだよ。その高潔エルフがこうだから納得しろってんなら、俺はこういうやつだから納得しろよ。そもそもそっちのマネージャーだって俺のことなんか無視しておまえに話しかけてただろ。昨日の配信だって事後承諾だったしな。事前に相談できただろ。でもしなかった。軽く見てんだろ。ナメてるんだよ。そりゃあ底辺掃除屋なんかナメられても仕方ないけどな」


「トール! そういう考え方はよくないよ!」


「うるせぇな、それも知ってるよ。じゃあおまえはそいつらの態度と考え方を『善し』とするんだな? 偉いし、金持ってるし、立場があるから他人見下してナメた態度取っても納得しろってか? 俺の態度は正さねばならないってか?」


「ちが……違うよ、トール……」


「なんでこっちだけ一方的に納得しなきゃなんねーんだよ。そいつらが高潔な正義で、俺が働き蟻未満の底辺野郎だから魂売れってか? 半分はおまえにくれてやって、残り半分は『禍月』に染まってる。売り切れだよ、俺の魂は。さっさと離せ」


「あ――」


 離せ、と口にした瞬間、あっさりと腕を掴んでいたティアの手が解かれた。それはティア自身の意思とは無関係だったらしく、どうして手を離してしまったのか自分でも判らない、という顔をしていた。

 しかし別に構わない。ティアがどう思っていようが。


 舌打ちをひとつ洩らし、歩き出そうと、トールはようやく踵を返す。

 きっちり二メートル先で、


「――は?」


 意味不明な光景に、思わず口から疑問符が洩れる。

 気配でトールの困惑を察したのか、彼女は顔を伏せたまま口を開いた。


「申し訳ありません、早坂様。身内の無礼を謝罪いたします。平にご容赦――いえ、許す必要などございません。謝罪の意思を、示させていただけますでしょうか。この神楽坂千鶴、このような無礼に対し、謝罪せずにはおれませぬ!」




--------

 モです(挨拶)。

 近況ノートを更新してるので、よかったらご一読ください。(12月10日更新分)

 読んでくださってありがとうございます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る