第十九話




 夕飯には少し時間が早かったので、トールは軽自動車を運転し、行きつけの板金屋へ寄ることにした。


 市の外れ、国道をしばらく進んだ位置にある低い山の近くに、錆びた看板で『荒井板金』と書かれている建物がある。

 波鉄板の壁と屋根、大型トラックがぎりぎり入れるくらいの入口。


 敷地の空いている場所に車を停め、建物に向かってみれば、親方が携帯端末を眺めていた。できれば鎚で鉄を叩いていた方が様になったのだが、たぶん暇だったのだろう。こんな場所にわざわざ仕事を頼むやつは、あまりいないはずだ。


「どうも。早坂っす」


「あー? ハヤサカ……おおっ、ハヤサカじゃねぇか! ガハハハ! おまえ『現場ニキ』って呼ばれてんだろ!」


 品のない笑い声を上げた親方は、ごつい指を素早く動かして携帯端末を操作し、画面を消した。トールより端末の操作に慣れているかも知れない。


「あー……なんで知ってんすか?」


「おまえ、そりゃあ今時ワシみてぇなのだって配信くらい見るさ。テレビ面白くねぇからな。アニメも配信で視る方が多いしよ。それにしてもおまえ、とんでもねぇことになってんじゃねぇか!」


 遠慮なしに笑い続ける親方である。

 その笑い方に品はないが、蔑みもない。


「あれ? ドワーフだ」


 と、トールの背中越しに親方の姿を確認したティアが、きょとんと首を傾げた。


「おおっ、例の『竜殺し』も一緒かよ。なんだおまえ、すげぇ美人とイイナカになってやがんのか? あ? 自慢しに来たか?」


「ねえ、ねえ、トール! なんでドワーフがこっちの世界にいるんだい? あれ、そういえばトールのアパートにも猫獣人の子供がいたよねっ!」


「ああん? なんでって、なにがだよ、お嬢ちゃん」


「こっちの世界には人間しかいなかったし、魔法もなかったって聞いてるからさ、迷宮以外のモノがどれくらいこっちにあるのか、知らないんだよ」


「あー……説明が面倒くさいな」


 トールは溜息を吐きながら肩を竦め、ひとまず用件の方を済ませることにする。

 その割り切りはティアにとってもドワーフの親方にとっても驚くようなものだったらしく、ぽかん、と二人してトールを見てきたが、あまり気にしなかった。


「えーっと、俺の鉄筋鈍器あるじゃないすか。あれ、なくしちまったんで、また造って欲しいんすよね」


「……そりゃ、いいが。あんなもん片手間だからな。しかし、おまえさんよぉ……」


「なんすか?」


「ちょっとひどいと思うんだよボクは! なんでとっても疑問に思ってる人をがっつり無視して自分の用事を優先できるかなぁ!」


 怒るというよりは驚いたというふうなティアに、親方も頷いて同意を示した。


「おまえなぁ、ワケアリの相方なんだろ? 親切にしてやれよ……」


「はぁ……」


 無断で魂を半分使われているのに文句を言っていない時点でかなり親切だとトールは思っているのだが、そういえばその件に関してはティアと話し合っていなかった。今のところティアはトールの邪魔になっていないし、迷宮では彼女なしで脱出などできなかっただろう。


 命を丸ごとひとつか、魂を半分。

 選んでいいならトールは後者を選ぶ。

 どうせ大した命ではないし、大した魂でもないのだが。



◇◇◇



 一九九九年の『世界融合』において地球上に現れたのは迷宮だけではなく、オーストラリア大陸の東北東あたりにアトランティス大陸が――当時は仮にという意味でそう呼ばれていたが、結局はその呼び名で定着したそうだ――出現したし、世界中のあちらこちらに『異世界』が現れた。


 ある山村の近くにはノームと呼ばれる亜人が現れ、ある廃炭鉱の町に何処からともなくドワーフが現れ、限界集落の近くに獣人たちが現れた。

 彼らはいわゆる異世界転移をしてしまったのだ。

 もしかするとからへ転移した者もいるのかも知れないが、『世界融合』と『連鎖迷宮暴走』で世界中が混乱していた中で、いるはずの者がいない、なんて事例は枚挙に暇がなかった。なさすぎた。


 ともあれ、それから四半世紀が過ぎた現在では、様々な亜人種は地球に馴染み、ドワーフの親方のように板金屋を営んでいたりするようになったわけだ。


 人は、慣れる。

 唐突に出現した異世界にも、迷宮が存在する日常にも。

 亜人だって同様だ。

 科学技術が発展したこちらの世界に、彼らは慣れた。


「へーぇ! なるほどねぇ。それじゃあ、もしかしたらボクのことを知ってるような人が、こっちの世界に転移してるかも知れないねぇ」


「かも知れんが、『竜殺し』を実行できるような女剣士の噂話なら、ワシが暮らしていたような田舎にも轟いていただろう。お嬢ちゃんがいつ死んだのかを特定できれば、あるいはと思うが……」


「んー……光歴だと七百八十年くらいかな。古代エルフの世界樹歴だと四千五百……ウン年? 細かくは覚えてないや」


「おまえさん、そりゃあワシらが異世界転移する二百年以上も前だぞ」


「二百年! へぇ……それじゃあグイドリン王国って、もうなかった?」


「聞いたこともない」


「はえぇ……時は残酷だねぇ」


「剣に取り憑いた霊で、しかも他人の魂を半分使って現世に受肉してるようなやつが言うなよ。おまえにだけ甘いぞ、時のやつは」


 思わずツッコんでしまうトールだったが、ティアと親方は「マジかよこいつ」みたいな顔をしてきた。どうやらノンデリポイントを稼いだようだ。


「それより親方。もう作業終わってんだろ? 振り込みしておくから、請求回しておいてくれよ」


「あいよ。だがおまえ、こんな玩具、もう要らんだろ」


 言って、細い鉄筋を五本束ねて溶接した鈍器を手渡してくれる。

 トールは扱い慣れた重みに苦笑しながら肩を竦めた。


「かも知れないけど、三年もこれでやって来たから。落としてきたのはまあ仕方ないけど、造ってくれる人がいるんだから、手元に持っておきたい」


「暇だったから構わんがな。もし『現場ニキ』が探索者になるってんなら、まともな武器も造ってやれなくもないが……あの妖刀以上のもんは、出せねぇぞ」


「この先どうなるかなんて判んねーすけど」


「外野としてはせいぜい楽しみにしてるさ。気張れよ『現場ニキ』。それとオバケの嬢ちゃんもな」


「オバケって言わないでよ、ドワーフのおっちゃん」


 くすくすと笑って答えるティアは、たったの三十分かそこらでトールが三年かけた分よりも親方と打ち解けているようだった。


 別にいいけれど。



◇◇◇



 それから。


 ドワーフの『荒井板金』を辞し、適当に車を走らせてから、郊外のショッピングモールへ向かい、チェーンのハンバーグレストランで夕食に。


 半ば予想はしていたが、ナイフとフォークでハンバーグを切り分け、姿勢よく口に運ぶティアの所作は、傍目にも明確に洗練されていた。


 ただの村娘が聖剣を振るっていたらあっという間に王家に見つかった――とか言っていたのを思い出す。

 きっと、身に染みつくほど行儀作法を学んだのだろう。

 考えてみれば自動車の助手席に座っているときも、シートベルトを教えてやればきちんと装着して、姿勢よく座っていた。車窓から景色を眺めているときでさえ、ティアの動作は品を失わなかった。まあ、口はそれなりにうるさかったが。


「美味しいね、これ。ボクは食べたことのない料理だけど、とても美味しいよ」


 にこにこしながらプレーンのハンバーグ二百グラムを食べるティアは本当に楽しそうで――そしてやっぱり、明らかに上品だった。

 所作の美しさなんて、これまでの人生で気にしたこともなかった。

 トールは和風ハンバーグを箸で口に運びつつ、楽しそうで嬉しそうなティアの顔を眺めていた。五時間くらい眺めていても、たぶん飽きないだろう。


 考えるべきことはいろいろある。

 なのに、あれこれ考えるのは面倒だった。


 だから――というわけではないが、デザートにパフェを注文した。


「わぁっ! なんだいこれ! あはは、これはすごいねぇ! トール、これもとても美味しいよ。うわぁ、美味しいなぁ!」


 子供みたいに喜色を表しながらパフェを口に運ぶティア。

 こうなるだろうなと思って実際にこうなってみれば、そこに満足だけでないナニカがあるのに気づき、トールは「へっ」と美的でない笑い方をした。


 心から嬉しそうにパフェを食べる美人を眺めて、脳天気でいいよな、なんて考えてしまった自分が、ひどく浅ましい気がしたのだ。


 早坂透は――聖剣使いの美女を相手に、ただ親切でいることができない。結局は我が身を省みてしまう。自分のことを考えてしまう。


「うふふ……トールには申し訳ないけど、こんな美味しいものが食べられるなんてね。こうして現界したときには、思いもしなかったよ。きっとまた戦い続けるんだと思ってた。まして今のボクなら、戦うこと以外のなにもしないんだろうなってさ」


 ――ありがとうね、トール。

 そう言って微笑むティアの顔を、真っ直ぐには見られなかった。



◇◇◇



 ハンバーグレストランで夕食を済ませた後はそのまま帰宅し、端末でネットを確認してみるとトールが予想していたよりもはるかにS市は炎上していた。


 トールからすれば「偉そうなやつなんてあんなもんだろ」くらいの感覚だったのだが、どうやら普通の人が見ると憤慨するレベルの醜態だったようで、老人を床に叩きつけた佐渡山が絶賛されていたくらいだ。

 その佐渡山を止めたティアは叩かれているかといえば別にそんなこともなく、人々のヘイトは県議や市議や市長に向かっており、ネットニュースのみならず、その日の夜にはテレビのニュースでも扱われていたほどだ。


「それにしても××県S市の報道ですが、どう思いますか?」


 ニュースバラエティの女性アナウンサーが、コメンター気取りのインテリ芸人に話を振れば、待ってましたとばかりの顔をして、


「現代の我々のテクノロジーを支えてるのは、ひとえに探索者の皆さんですからね。我々のような芸人のライブよりも探索者の配信が盛り上がっていても、全く不思議ではないわけですよ。私も当然、探索者の皆さんをリスペクトしています。それが……ねぇ? あの言い方はありえませんよ!」


 そんなふうに言い切り、カメラ目線で頷いていた。

 ちなみにというか、今回は『現場ニキ』の切り抜きはあまり多くなかった。

 せいぜい『この最悪の会議中、かったるそうに欠伸をする現場ニキ』みたいな切り抜きでネット民に笑いを提供したくらいだが、もはやトールはなにも感じなかった。


「そういえばトール。サドヤマは大丈夫かな?」


 パフェを食べたのが尾を引いているのか、帰宅してもまだ満足そうな顔をしていたティアが、そんなことを言った。


「手加減したんだろ? あの人も元A級探索者だし、大した怪我もしてないだろ。世論もあの人には優しいみたいだしな」


「気持ちは判らなくもなかったけどね」


「やっぱ、ああいう政治家っつーか、あの手の老害って、おまえが聖剣を振ってた頃にもいたのか?」


「いたよ。そりゃあもう、何処の国にも、何処の領地にも、どんな種族の社会にも、ほぼ確実にいた。こっちの世界にも、普通にいるんだもんなぁ」


 苦笑交じりに肩を竦めるティア。

 そこには彼女らしくない諦念が混ざっていて、トールとしても同じように肩を竦めるしかなかった。


「普通のやつは権力に興味ないからな。でも、ある程度高度な社会を回すには権力者が必要になる。なんだっけな、政治家の仕事ってのは、富の再分配なんだとか聞いたことがある。みんなから集めて、足りないところに回すんだとさ」


 たとえばみんなが使う道をつくったり、水道を引いたり、ゴミ処理場に補助金を出してやったり。放っておくと誰もやらないことを放っておいたままにすると社会が回らなくなる。そしてそれを人々は理解している……ということになっている。


 本音を言うならトールだって別に税金など払いたくはない。

 しかし誰もがその本音を貫き通してしまえば社会はあっという間に破綻する。


「必要悪とは言いたくないけどね。でも、あの手の愚物が『他人から掻き集める』のに向いているのは、たぶん事実なんだろうねぇ」


 はぁ、とティアは首を横に振った。やるせない、といった素振りがしっかり絵になっているのは、美人の特権だろう。

 トールが同じようなことをしても、かったるそうに見えるだけだ。


 ――と、


 そんなことをやっている間に、携帯端末にメッセージが届いていた。

 A級探索者クラン『アンセム』のマネージャー、浜松菜々美からのものだ。


『佐渡山浩二から連絡先を伺いました。不躾ではありますが、明日のアンセムの配信にティア様と一緒に参加していただくことは可能でしょうか? もちろん断った場合でも約束の魔核と竜鱗の代金はお支払いします』


 という文から始まり、いずれにせよ明日の朝にこの住所まで来てくれという業務連絡が続き、今回はありがたく思っているし助かったし『アンセム』のメンバーもトールとティアに直接礼を言いたがっている、と続いた。


「というわけだが、おまえはどう思う?」


「配信ってやつに映るの? ボク、ちょっと興味あるよ。配信を見た人がリアルタイムであれこれコメントしたりするんでしょ? 面白そう!」


 トールは別に面白そうだとは思わなかったが、逆にものすごい忌避感があるわけでもなかった。実際『掃除屋』の仕事風景は配信で垂れ流していたし、誰でも閲覧できるように全体公開にしたままだ。

 そもそもとっくにトールの――早坂透の顔も名前も、ネット上に拡散されている。今更、顔バレがどうのと気にしても仕方がないだろう。


 さらに言うのであれば、現在のトールにはやるべきことがない。


 明日の朝になって普段通りスガイダンジョンへ出勤しても、たぶん掃除屋の仕事をさせてはくれないだろう。これだけ注目されている中でトールに『掃除屋』を――それも事故を起こした迷宮で――やらせれば、炎上のガソリンを投下するに等しい。


「あー……そうだな。まあいいか」


 言葉通り、本当に『まあいいか』という気分で、トールは頷いた。

 いずれにせよ魔核と竜鱗の換金については話をする必要があるし、態度が気に入らなければうっちゃらかして帰ればいいだけだ。


 その後は、どうなる?

 ――知ったことか、と投げ遣りにトールは肩を竦める。

 ティアが他意のない眼差しを向けてくるのが、ちょっとだけ気まずかった。



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