第十八話
もはや目の前で起きている出来事に興味が失せてきた。
というのが、早坂透――トールの正直な感慨だった。
呼ばれたからやって来て、退屈な会議を我慢して聞き続けて、ようやく話が自分に向いたかと思えば嘘吐き呼ばわり。
もちろん、信じられなくても当然の出来事だったとは思う。
だからといって自分の親よりも年上であろう人物が――まあ、トールの両親は死んでいるのだが――みっともなく喚き出すところなど見たくもなかった。建設的に話し合いをするのが人類の優れた点であるはずで、トールからすれば、この会議室は動物園のサル山となんら変わりのない場所だ。
でかい声で叫んだり、強い力を見せびらかしたり。
そんなことで優劣が決まるなんて、あまりにも莫迦らしい。
「あー……ちょっといいすか? えーっと……ああ、おまえはそいつら黙らせておけ。うるせーし、話が進まない。佐渡山さんの安否は気になるけど、元A級探索者だから、まあ大丈夫だろ。そんな思いっきりやったわけじゃないんだろ?」
とりあえず挙手して立ち上がり、会議室の真ん中で仁王立ちしているティアに老人たちの番人を押しつけ、アンセムのマネージャーに向き直る。
この場においては最も話が通じそうな人物だと思ったからだ。実際に通じるかどうかは、話してみないと判らないが。
「……どう、しましたか、早坂さん?」
何処か気圧されたように、マネージャーの浜松菜々美は疑問符を浮かべる。
「もう話し合いって感じじゃねーし、終わらなそうなんで、用事済ませて帰りたいんすよね。ちょっと待ってくれとか言ってた佐渡山さんがあの様だし、これ以上待ってても、なんか、どうしようもなさそうなんで」
「……ですが今回の会議では、早坂透さん、貴方の処遇についても話し合う必要があったのですが……というか、今まさに、その話題だったのですが……」
「あー……そうか。おまえさ、一回消えて、鎧着て出て来いよ」
「うん? ああ、なるほど、承知したよ」
老人たちを睨んでいたティアに声をかければ、一瞬だけ考えるような素振りを見せてから、ティアはすぐに頷いてくれた。
そして――姿が消える。
彼女が担いでいた聖剣が、ガランッ、と音を立てて床に落ちる。
「は――?」
「え――?」
誰かが困惑の声を洩らしたが、トールはいちいち気にしなかった。一呼吸の間を置いて再び受肉したティアが昨日の鎧姿になっているのを確認し、ふむ、と頷いた。
あの町娘みたいな格好もいいが、軽鎧も似合っている。
「見たろ? あんな感じで、出たり消えたりできるんだと。そいつが言うには、聖剣ライトブリンガーは所有者の魂に接続するとかなんとか。聖剣にこびりついていた記憶だか霊魂だかが、俺の魂を利用して受肉したって話だ。これは当人が言ってただけで、真偽は知らねーすけど」
「ちょ……ちょ、ちょっと……これは……驚きました……ね」
「そいつと一緒に剣が刺さってた隠し部屋を抜けて迷宮をどうにか進んだら、カミオカダンジョンの十四階と十五階の間に出た。隠し階層って感じかと思うけど、よく判らない。そんで階段を上がってる最中に、そいつが人助けのために走り出した」
後はそっちも知ってるでしょ、とまとめる。
「ひとつ――! いや、ふたつだけ、いいだろうか!」
声を上げたのは、これまでずっと沈黙を守り続けていた『アンセム』のメンバー、刀使いの神楽坂千鶴だった。
トールは今朝ネットで調べて知ったことだが、リーダーの斉藤恵美や治癒魔法使いの御堂アイリより年下で、最年少でA級になった探索者だという。
「あー……ああ、どうぞ」
「すまない。私は神楽坂千鶴という。既に知っているだろうが、アンセムのメンバーで、昨日、貴方に助けていただいた者だ。私たちを助けてくれてありがとう。そちらのティア殿も、早坂様も……貴方たちがいなければ、我々は死んでいた。礼を言わせてくれ。遅くなってしまったが……本当に、ありがとうございました」
深々と頭を下げたせいで、侍みたいなポニーテールがぴょこりと動いた。気づけば隣に座っている斉藤恵美も頭を下げていて、トールとしては微妙な気持ちになる。
そもそも、昨日の時点でうんざりするほど礼は言われているのだ。
彼女たちは混乱しきっていたので、礼を言った実感がないのかも知れないが。
「別に、いいすよ。そいつがあんたらのピンチを察して駆け出しただけだし、後はこっちとしては成り行きだった。どうしても助けようと思ってたわけじゃない。少なくとも、俺の方は」
ティアを指差して肩を竦めてみせれば、にっこり微笑んで手を振ってきた。どういう意味なのかは、トールにはちょっとよく判らない。
「いえ、早坂様の心持ちがどうであろうが、我々が助けられたのは事実で、感謝しているのも事実です。それだけは、伝えさせていただきたい」
「……はぁ。じゃあ、受け取っときます。もうひとつは?」
なんだか本当に侍と喋っているような感慨を覚えつつ、しかし会話が成り立っているだけ先程の会議よりも百倍まともな時間だと思った。
神楽坂はさっと墨を引いたような柳眉を悩ましげに寄せ、ほんのわずかだけ躊躇するようにしてから、言った。
「あの――そのぅ……こんなことを訊くのは、不躾と思われても仕方ないと存じています。ですが、どうしても知りたく思いますので、恥を忍んで伺います」
妙に緊張した様子で、よく見れば頬も赤らんでいる。
もしかして一目惚れされたのか――というようなことを、トールは思わなかった。自分のような底辺男に惚れるやつはいない。相手をしてくれるとすれば、似たように底辺を這いつくばっている女くらいのものだ。
それは諦観というよりは、実感。
スガイダンジョンの事務員、河合咲穂がトールをナチュラルに見下していたように。今はティアに黙らされている老人たちが一般市民や探索者を見下していたように。人というものは、自分の立ち位置を無意識に感じながら生きている。
ミカの母親である猫獣人が、トールに親近感を覚えたように。
水商売で娘を育てるくらいの選択肢しか持たない女が、自分の娘をトールに預けていいと判断したのは、おそらく同類だと感じたからだ。
実際、トールもそう思う。
ミカの母親の苦労や日々の喜びは、なんだか身近だ。
会議室の老人たちが、異世界よりも遙かに遠い場所にいるのとは真逆で。
同じステージにいる者にしか、本来的には胸襟を開けないのかも知れない。
トール自身、自分が底辺であると強く認識している。
A級探索者とは、人生のステージが違うのだと。
……というようなトールの感慨など知る由もない神楽坂千鶴は、たっぷり数秒ほど躊躇してから、言った。
「早坂様は、どのような流派の使い手なのでしょうか? 黒騎士を屠った、あの悍ましくも美しい一閃――私は感激したのです。これまで見たどのような剣閃よりも素晴らしかった! 剣の極致を見た、と。そう感じたのです!」
言葉を重ねるたび熱に浮かされていくような神楽坂千鶴の様子は、トールとしては正直かなり不気味だった。
真面目なやつだと思っていたのが、ヤバイやつだった……いや、まあ、真面目であることとヤバイことは両立するのかも知れないが。
「あー……いや、悪いけど、流派とかは、ないっす。刀なんか握ったのも生まれて初めてだし、まともに魔物を斬ったのも初めてだった」
「そんな莫迦な! だって、あの動作には気の遠くなるほどの研鑽が――あ、あっ、すまない。申し訳ありません! 早坂様を疑っているわけでは……」
「別にいいすけど……」
ちょっと怖いだけだ。
佐渡山みたいな強者に対する怯えとは種類の異なる恐怖感。
なんで自分のことを様づけしてくるのかも全く理解できない。
「と、ところで早坂様。用事を済ませて帰りたいと仰っていましたが、早坂様からの用事とは、なんでしょう?」
取り繕うように水を向けてくれて、そういう理性が働くあたりにもトールはちょっとした怖さを感じたが、促してくれたのはありがたい。
「あー……さっき話した隠し階層で倒した魔物の『魔核』と、昨日の黒騎士の『魔核』と、あとドラゴンのレアドロップとかいう竜鱗を持ってきた。俺は探索者免許を持ってないから、よく考えたら普通に売りに行けない」
いつもの清掃業務で掻き集めている雑魚モンスターの『魔核』は、契約上「ついでに集めてくる分には支所で買い上げる」というものだ。探索者が魔物を倒して『魔核』を持ち帰り、それを売るという活動には当たらない。
が、今回の黒オーガや黒騎士の『魔核』を、清掃業務の一環とするのは無理がありそうだ。スガイダンジョン支所で売ろうとしても拒否されればそれまで。ならば助けたという貸しのある『アンセム』がいる場で『魔核』と竜鱗を引き取ってもらった方がいいだろう、という判断だった。
「つーわけで、こんな感じっすけど」
トールは長机の上に置いたドラムバッグを開き、いくつかの『魔核』と竜鱗を取り出して見せた。どうやらA級探索者を驚かせる程度には大きい『魔核』だったようで、神楽坂も斉藤恵美も、おおっ、というふうに感嘆を洩らした。
そして――感嘆だけではなく、欲を洩らした者もいた。
「少しいいだろうか。非探索者が発見した『魔核』や迷宮産出物は自治体が買い取るというのが慣例で、業務上発見されたものに関しては元請け――この場合はS市に権利が発生するはずだが……」
老人席の中で最も若い人物、市長がそんなことを言い出した。
トールとしてはティアに睨まれている空気感の中で市の利益を優先する発言に少し感心してしまったが、『アンセム』のメンバーは違ったようだ。
「遠藤市長の見解は、それでよろしいのですか?」
目を細めて問うのは、マネージャーの浜松菜々美。神楽坂千鶴も斉藤恵美も、軽蔑の眼差しを市長に向けている。
「いいもなにも、解釈の問題です。未成年が迷宮産出物を売却できない法律は御存知でしょう? これは未成年同士や未成年単独での迷宮探索を抑止する法律です。いわゆる貧困層の未成年が第三者によって探索を強制される可能性を排除するために、この法はあります。もちろん、それだけではありませんが」
「それが、早坂さんの回収した『魔核』を市が取り上げる理由になると?」
「取り上げるとは人聞きが悪い。請負作業員が勝手に契約範囲外で『魔核』を入手することを是とするなら、未成年の場合と同じ状況が懸念されるでしょう」
D級未満の、探索者に至らない人間を迷宮に放り込んで『魔核』を取って来させるような商売が成り立つ――というような話だろう。
それを言うならトールのような底辺を、あまりに人気のないダンジョンだからという理由で『掃除屋』として雇うのはいいのかという話になるのだが。
いや、まあ、いいのだろう。
自ら手を挙げた底辺男が清掃業務の最中に死んでしまっても、どうせ誰も困らない。嫌ならやらなければいいのだから。
「なるほど。では早坂さん、我々『アンセム』に権利のある『魔核』と竜鱗を確保していただいて、ありがとうございました。彼女たちを助けていただいたことも踏まえて、謝礼としては正規の売却額の二倍を用意させていただきます」
あっさり市長との会話を切り上げ、浜松菜々美はさも当然のようにそんなことを言いながら、トールに頭を下げてみせた。
この機転は、なかなか上手いんじゃないか。
他人事のように感心してしまうのは、市長の顔が不快さに歪んでいたから。ただで手に入ったはずの『魔核』と素材が、口先ひとつで権利を失うとなれば、まあそんな顔になるのかも知れないが。
「ちょ、ちょ――ちょっと待ってください。話が違う! 早坂透が回収した迷宮産出物は元請けである当市が引き取る、そういう話だったでしょう!」
「早坂さんが元請けであるS市に提出した場合は、そうなるでしょうね。法的に権利を有していないようですので。しかし彼は『アンセム』が拾う予定だった迷宮産出物を回収してくれたのです。あの状況でメンバーを助けた上に『魔核』にボスドロップまで。こちらの感謝を示すのに、通常よりも彼に利のある取引額を示すのは、なんらおかしいことではありません」
「しかし、彼の言う黒オーガの『魔核』は、アンセムの活動とはなんら関係がないはずですが」
「それを言うなら転移罠を踏んで以降の早坂さんの行動は、スガイダンジョンの清掃業務となんら関係ないはずでは?」
「あー……じゃあ、それでいいす。預かってたもんは返します。金の話は、後で連絡してください。連絡先は、佐渡山課長が知ってます」
面倒になって話の途中で割り込んだ。
市長は愕然とした表情でトールを見てきたが、この状況で郷土愛に目覚めるわけがない。別に憎悪を
おまえのことなど知らない、と相手が態度で物語っている。
であれば、こちらも相手を慮る必要はないはずだ。
「承知しました。今回はご足労いただきありがとうございます」
という浜松菜々美の言葉を受け、ドラムバッグの中身をいいかげんに長机の上にばら撒いてから、トールはふと気になったことを訊いてみる。
「まあ、あとは俺の知ったことじゃないんすけど、今回のこの会議、結局なんだったんすか? 大したことは話し合えてないと思うんすけど」
「早坂さんには事後承諾になってしまいましたが――この会議を公開すること、それ自体に意味があると……会議の最初に言った通りです」
作り物だと明確に判る微笑を浮かべ、浜松菜々美はプロジェクターのあたりを指差した。よくよく目を凝らしてみれば、プロジェクター本体に、なにか余計な部品がついているような気がした。
配信用のカメラ、だろうか。
会議の様子は公開すると言っていたが……リアルタイムで公開していた?
そもそもが地方都市の市長だの県議だのが、国家の支援を受けているA級探索者クランの人員に、立場の問題でも知恵比べでも、敵うわけがないということか。
ふんっ、とトールは鼻息を吐き出し、プロジェクターに向かって雑に手を振っておいた。『現場ニキ』がネット上で一体どんなふうに言われているのかは想像もできないが、後から確認すればいいことだ。
どうせ、頭と性格と態度が悪いやつだと思われているのだろうけど。
「もういいぞ。帰りに飯でも食って行こうぜ」
声をかければ、ティアはささっと姿を消してから現界し直し、あの町娘の格好に戻って、床に転がっていた聖剣を拾い直し――、
「うんっ! 楽しみだね!」
と、本当に嬉しそうに笑った。
たぶん、今日一番価値のあるものだったな、とトールは思った。
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