第十七話




「――ですので今回は通常の配信ではなく、ライブ中継配信ということになります。もしかすると後で編集を入れる必要が出てくるかも知れませんけど、すごいアクシデントがない限りは、最後まで配信したいと思います。よろしくお願いします」


 画面の中で丁寧に頭を下げる『アンセム』の聖女、御堂アイリを眺めながら、河合咲穂は落ち着かない気分を持て余していた。


 いつものスガイダンジョン支所、受付。

 いつものように係長は出勤しておらず、いつものように自分で支所を開け、いつも通りの自分の席で、いつもみたいに携帯端末で探索者の配信を眺めている。


 そんないつも通りが――何故か今日も訪れている。

 佐渡山課長からのメッセージによれば、咲穂の処遇を考えるよりも優先順位の高い仕事があるということらしい。『アンセム』の配信でも観てな、とサボりを推奨されてしまったが、そもそもこの支所には仕事らしい仕事がないのである。


 いつもなら早坂透が出勤してきてボディカメラの貸し出しをしていたが、今日は来ない。もしかすると今後ずっと来ないかも知れない。

 それを言うなら、咲穂だっていつまでここに来られるか判ったものではないが。


“おはアンセム~”

“アイリ無事でよかった!”

“昨日のあれからSNSも沈黙してて心配してたよ”

“ライブ中継って?”

“てか、メグたんとちーちゃんは無事なんだよな? なんでアイリだけソロで配信してるの?”

“千鶴のメス声について一言オナシャス”


 配信のチャット欄は平日の昼間だというのに普段よりも勢いがあり、どうやら常連のアンセムファンだけではなく、バズの影響でやって来た初見も多いようだ。

 以前から熱心にアンセムを追いかけていた咲穂としては複雑な気持ちだが、今日は配信と無関係にそもそも気持ちが浮ついているので、自分の心の動きが自分でもよく判らなかった。彼女たちが無事だったのは、よかったと思うけど。


「あ、午後一時になりましたね。それでは中継に切り替えます」


 アイリが言って、すぐに画面が切り替わった。

 監視カメラ――というか、定点カメラの映像だ。何処かの会議室みたいな場所で、四角をつくるように長机が配置されている。

 カメラの手前左側に『アンセム』の斉藤恵美と神楽坂千鶴が座っており、彼女たちのすぐ近くにマネージャーの一人である浜松菜々美が映っている。

 カメラの正面側、遠い位置の長机にはいかにも偉そうな年配の男性が何人か。その中に一人だけ三十代後半くらいの男が混ざっていた。


「……あ、これ、市長だ」


 一応は公務員である咲穂なので、さすがに市長の顔くらいは知っていた。そこを軸に考えてみると、年配の人たちが市議や県議、そして迷宮庁の役人であることが察せられた。さすがに名前までは思い出せないが……


“なんぞこれ”

“会議室? 定点カメラ?”

“お偉いさんっぽいな”

“こっちのコメントは見えてない?”

“メグたんとちーちゃんいるやん。カメラ見てないな”

“盗撮映像?”


 誰も喋らず、沈黙だけが漂う映像を尻目に、チャット欄では好き勝手なコメントが流れていく。さすがに××県S市なんていう地方都市の市長の顔など誰も知らないだろうな、と咲穂は息を呑みながら画面に注目する。


 ほどなくしてドアが開かれる音が響き――画角の問題で画面には映らなかった――早坂透と、例の女剣士が現れた。二人は促されて画面右側に移動し、長机の上にどさりと荷物を置いてから、席に着いた。


“現場ニキじゃん!?”

“女剣士もいる。なんか海外の民族衣装みたいな服着てるけど”

“いやそりゃ町ん中で鎧着ててもしょーがないけど”

“とんでもない美人だな”

“俺はちーちゃん命だが? あまり俺をナメないでいただきたいが?”

“は? メグたんも負けてないが”

“うーん、ここはやっぱり現場ニキで”

“現場ニキも現場ファッションじゃないな”

“ジーンズにTシャツにジャケット。可もなく不可もなく”


 早坂透がネット民から『現場ニキ』呼ばわりされているのは、申し訳ないが笑ってしまう。一夜にしてネット上で大バズりした人物の正体がD級探索者未満の『掃除屋』だなんて、誰も知らないだろう。


 会議はアンセムのマネージャーである浜松菜々美が音頭を取り、市議や県議たちの醜態を挟みながらも、なんだかよく判らないなりに進んでいった。


“狸ジジイ論破されて草”

“いい年こいて机叩くなジジイ”

“ひょっとして中継されてるの知らない?”

“だとしたら草”

“アンセム側、めたくそに怒ってるってことだよな”

“そりゃそうだろ。S市のやつらが調査報告を握り潰した状態でアンセムを招致して、結果的に変異してしまう迷宮にアンセムを放り込んだんだからな”

“誰一人悪びれてないのがウケる。いや笑えない”

“ちょっとこいつら調べてくるわ”

“ていうか現場ニキ、欠伸してる”

“話自体は退屈だもんな、仕方ないよ”

“メグたんとちーちゃんを見習え現場ニキ”

“ゆーてアンセムは仕事だからな”

“ニキは?”

“おっ、これから事情を話すみたいだぞ”

“ジジイB、現場ニキに論破されとるwww”

“痴漢冤罪ジジイ爆誕w”

“煽りスキル高ぇな現場ニキw”


 チャット欄は退屈な会議を楽しんでいる様子だったが、あまりにも市議や県議の態度が悪すぎて、咲穂はだんだん心配になってきた。

 現状、生配信の視聴者は三万人を超えている。

 昨日の配信のボス部屋あたりはもっと視聴者数はあったが、さすがに注目されているのだ。仕事の都合で生配信を観られない人もいるだろうから、アーカイブ視聴……いや、おそらく切り抜き動画が大量に出回ることになるだろう。


 先程から醜態をさらし続けている県議や市議の名前と顔も、きっと切り抜き動画と同時に公開されるはずだ。

 アンセムを殺しかけた無能にして醜悪な税金泥棒――××県S市オールスター!


 たぶん、そんなふうに弄り倒される。

 なんの面白味もない地方都市が、たった二日でネットのおもちゃに。


〈あー……耳鳴りの話からっすか。えっと、今日からだと三日前か。その日、いつも通りスガイダンジョンの雑魚掃除をしてたんすけど……あ、俺は『掃除屋』で、スガイダンジョンの掃除を三年くらいやってます〉


 映像の中の早坂透が、普段の三割増しくらいにかったるそうな口調で事情を説明し始める。当然、早坂の報告を支所が無視した――咲穂のミスも、早坂は遠慮することなく口にした。あまりにもどうでもよさそうに、本当の些事みたいに。


“現場ニキ、マジで現場ニキだったのか”

“D級ダンジョンの『掃除屋』ってことは、探索者免許も持ってない?”

“ひえー! 掃除屋歴三年! ベテランじゃん!”

“耳鳴りが気になる。迷宮変異の前兆か?”

“人影を見た気がして、追いかけた? ニキ、自殺志願者かよ”

“迷宮で異常を感じたら即撤退だろjk”

“いやでもその報告、握り潰されてるわけだしな”

“……は? 隠し部屋?”

“流れ変わったな”


 スガイダンジョンの隠し部屋から、おそらく転移罠を踏んで、長い通路に。そこには黒オーガがいて、殺されそうになりながら逃げた先で早坂透はまた『袴の人影』を見た。その人影に促されるように、また『幻影壁』をすり抜け、さらなる隠し部屋にあったのが――二本の剣。


〈で、すげー焦ってたんで、両方掴んで引っこ抜いたら気絶したんすけど。目を覚ましたらこいつがいました。聖剣に取り憑いてる霊だとか自称してます〉


 話し始めたときと同じ、かったるそうな口調のまま、早坂透は核心を口にした。

 にわかには信じられない発言だったが――それはどうやら会議室の面々も同様のようだった。特に議員たちは額に青筋を立ててやんややんやと声を上げていた。


“ファーwww ジジイ発狂www”

“いやでもこれ、マジか?”

“現場ニキのテンションからして嘘を言ってる感じじゃねーんだよな”

“嘘松乙”

“でも手の中から『妖刀』を引きずり出して黒騎士斬ったのは本当松だぞ”

“運来末風来末”

“別のジジイが証拠証拠言いだしたぞ”

“また謎の失神で運ばれる流れ?”

“あ”

“おお?”

“あ”


 すっ、と女剣士が立ち上がり、長机の上に乗せた荷物を手に取った。タオルかなにかで包んでいたらしい、彼女が使っていた剣だ。

 タオルを取り去って右手で柄を握り、刀身だけで一メートルはあろうかという金属の塊を、小枝を持っているような軽さでぎゅるんぎゅるんと振り回し――ぴたりと、剣先を老人たちへ向ける。

 そして、彼女は言った。


〈どうやらトールは腹芸をするつもりがないらしいから、ボクも正直に行こう。その方が気楽だしね。ボクはティア。かつてこの聖剣ライトブリンガーを使っていた剣士で、今はライトブリンガーに取り憑いた霊みたいなものさ〉


 凜とした、聞く者の心に直接届くような発声。

 まるで戦場で英雄が兵士たちを鼓舞しているかのような……配信越しにティアの声を聞いているだけの咲穂ですら、なんだか勇気づけられているような感覚がする。


 なのに、老人たちは一瞬の忘我の後、ティアを罵りだした。


〈霊だと? まったく、大人を莫迦にするのもいいかげんにしたまえ。これだから探索者は嫌いなんだ。力ばかり強くなった愚図共が、一丁前に社会貢献だ? おまえらのような働き蟻は、わけの判らない迷宮から魔核を取ってくればいいんだよ!〉


“あ……”

“あーあ”

“ゴミカス発言”

“ジ・老害”

“ザだろ”

“痔瘻かも知れん”

“だれうま”

“特定完了。××県会議員笹森武。与党員。地元の地主一家の次男。長男は地元の総合病院の院長だそうで。SNSに投稿しておくわ”

“仕事早くて草”

“絶対さっきから調べてたろ”

“まさかアンセムの配信でこんなのを見ることになるとは”

“あれは絶対に言っちゃいけなかったわ”

“『失望』って、こういう感情だよな”

“俺らの地元でもこんな感じかも知れん”

“こういう連中に税金がっぽがっぽ使われてるってマ?”

“マ”

“あ”


 それはそうなるだろう、というコメントを追いかけている最中に、事態が動いた。聖剣を担いだままのティアが一歩動き出そうとした瞬間、いつの間にか戻って来てドアの近くに立っていたらしい佐渡山が動いたのだ。


 鳥が地面に落とす影みたいな速度で、びゃっ、と飛んで――笹森議員の前に着地して、スパンッと老人の顎先を叩いて失神させ、ついでとばかりに首根っこを引っ掴んで――床に叩きつけた。

 全ての動作があまりにも速く正確で、笹森が床に叩きつけられるまで、ほとんど物音も響かなかったほど。


 佐渡山は床に転がした笹森議員の頭を靴の爪先で何度か蹴り、意識が戻ったのを確認してから、その背を踏みつけた。


 ぐぇ、とカエルみたいな声が洩れる。


〈おいジジイ。てめぇ今、ライン越えたぞ。誰がてめぇらのために迷宮探索してるだって? 歳だけ食ったタヌキなんざ、ここで縊り殺してもいいんだぜ。年に八十日くらい定例会に出席して、あとは偉そうにふんぞり返ってるだけで大した金をもらってるんだ。もっと申し訳なさそうに生きろよ、おい〉


〈…………ガッ、この……貴様……!〉


〈なんだ豚野郎。はっきり喋れよ。知らなかったのか? 俺たち探索者はおまえらみたいな老害を皆殺しにするなんて簡単なんだぜ。金だけあったって、ろくな護衛も雇えないだろ。探索者を見下してるからだ。コネ、ないだろ? 元A級の俺を止められるような探索者の護衛をさ、ほら、金にモノいわして、今すぐ雇ってみろよ〉


 ごりごりごりっ! と背中へ乗せた足に力が込められたのが判った。

 何故なら笹森議員が目に見えて苦しみ、嗚咽を漏らしたので。


“ヤバくて草”

“おっさんブチギレじゃん”

“元A級探索者とか言ってた?”

“実際、これが現実だよな。ああいう老害は政治を任せられてるってだけで、いざ探索者がこういう行動に出たら、もうお手上げだもんな”

“海外の政治家は元探索者ってのが割とスタンダードになって来てるらしい”

“ゆーて日本では探索者は政治なんてやりたがらないからなぁ”

“政治家に政務を委託してるだけ、って感じ?”

“それは最初から構造的にそうだろ。義務教育受け直してこい”

“ぶっちゃけ、自業自得”

“だからってアンセムの配信で見たい光景じゃないけど”

“メグたんもちーちゃんも、あのジジイに軽蔑の眼差し向けてる”

“はぁ・・・はぁ・・・自分、トイレいいっすか?”

“最低で草”


〈先輩――!〉


 と、浜松菜々美が声を上げた。

 もしかして佐渡山課長と知り合いなのだろうか?


〈ごめんな、菜々美ちゃん。さすがに無理だったわ。いくらなんでも聞き逃せない言葉ってもんがある。我慢の限か――!?〉


 苦笑交じりにカッコイイことを言っていたはずの佐渡山課長が、いきなり画面から消えた。いや、消えてない。老人たちのさらに向こうの壁に、めり込んでいる。


 かわりに、さっきまで佐渡山がいたあたりに――ティアが立っていた。


“ファッ!?”

“なんで殴り飛ばした?”

“急展開過ぎる”

“てか、元A級探索者を一撃って……”

“さすが竜殺し”

“生きてるよな?”


〈悪いね、サドヤマ。気持ちは理解できるんだけど、今のはダメだ。今の遣り方だと、結局は力を持ってる者に従わなくちゃいけないことになる。この世界は、そうじゃない遣り方で発展してきたんだろ?〉


 耳に、胸に、心に――よく通る声。

 ひどく切なくなる言い方だった。


 ティアを名乗るこの人物は、一体なんなのだろう? 早坂透が抜いた聖剣に取り憑いている霊のようなものだと自称していたが……と、咲穂は画面に映っている早坂透を確認し、思考停止するほど驚くことになった。


 何故なら彼は、ものすごく面倒そうな顔をしていたから。





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