第十六話
「クラン『アンセム』のマネージャー、浜松菜々美です。お集まりいただきありがとうございます。始めに、今回の会議に関しては非常に公共性が高い事案だと考えていますので、公表する可能性があります。同意できない方はいらっしゃいますか?」
立ち上がったパンツスーツの女性が、誰にでもなく会釈をして言う。
これに反応したのは、偉そうな老人だった。
「公表とはどういうことだね? 忙しい中、わざわざ来てみれば会議の内容を公表する? なにが公益性だ。おまえたちの失敗を他人に押しつけるための方策だろう」
「
「なんの権利があって会議内容を公表などと言い出すのか、理解に苦しむ。民衆に周知せねばならんのは、結果であって過程ではない。どんな会議をしていたか、などという情報を公開することになんの意味があるのだね?」
「一九九九年の『世界融合』以降、国家の最優先事項のひとつである国防には、意味合いが増えました。迷宮への対策です。二千年代初頭の『
「それのなにが有益だというのか、全く理解しかねる」
「では端的に申します。既にカミオカダンジョンの件は国民が周知するところとなっております。アンセムの迷宮探索は配信されていましたので。当然『迷宮変異』の可能性も、国民は知るところとなりました。それに関して私たちがどう対応しているのかを国民は知る権利を有しています。このように会議をして、我々は国民の生命財産を守ろうとしていると示せますし、また国民は我々の活動を実際に目の当たりにすることにより、我々がただの税金泥棒でないと安心できるでしょう」
「全く理解しかねるな」
浜松菜々美の言葉などまるで聞いていなかったかのように、米島議員は言ってのけた。その面の皮の厚さはトールにとってちょっとした驚きだったが、まあこういうもんだろうな、とも同時に思った。
偉そうなやつなんて、きっとこんなもんだ。
実際にそうだったと判明するのは気持ちのいいものではないが。
「承知しました。それでは米島議員は退室願います。今回の会議の様子は国民に広く周知する、というのが事前に皆様へ伝えている『話し合い』の条件ですので」
「おまえのような小娘の言うことを聞かねばならない理由が、こちらにあると?」
「ありますが、なにか?」
凄んでみせる老人に対し、浜松菜々美は怯えた素振りもない。
というか、会議の内容を公表すると事前に知らされているなんて話自体をトールは聞いていなかったわけだが、そのあたりはどうなのだろうか。
手を挙げて口を挟む気にはなれなかったので、とりあえず黙っておいたが。
結局、米島議員は「ぐぬぬ」と唸ってからいかにも不愉快だとばかりに机をばんばん叩いたが、退室する様子はなかった。
「同意いただけてなによりです。それでは――」
老人の癇癪など知るか、とばかりに話が流れる。
会議の内容は、ひとまずは確認が多かった。
誰がアンセムを呼ぶと決めたのか。実際にアンセムへ連絡を取ったのは誰か。どうしてアンセムを呼ぼうと考えたのか。どうしてカミオカダンジョンだったのか……あれやこれや、それもこれも。
トールは途中で眠くなってきたが、隣のティアは大真面目な顔をして会議を聞いていたので、仕方なく耳は傾けておくことにした。
何度か欠伸は洩れたが、まあ仕方ない。
議員やら市長やらは公務なのだろうし、アンセムのメンバーは国の支援を受けているのだろうが、早坂透は呼び出されたから来ただけなのだ。
話はカミオカダンジョンの『迷宮変異』の件に移り、その兆候があったのかどうか、周辺の迷宮の調査も含めて県の迷宮課に不備はなかったのか、みたいな話になっていた。トールとしては阿呆らしいの一言だ。
不備などあるに決まっている。
そもそもが迷宮というものを人類はたいして理解していないのだ。十全な調査などできるわけがないし、なにをもって十全というのか。
「確かに私たちは『アンセム』を招致しましたが、招致を受けて迷宮探索をすると決めたのはそちら側でしょう。用意できる限りの資料は用意してお渡ししていますし、迷宮が変異するだなんて、私たちとしても知りようがありませんでした」
「なるほど。しかしそうでしょうか?」
言って、浜松菜々美は携帯端末を取り出し、なにやら操作した。
すぐに会議室のプロジェクターが真っ白な壁に映像を投射する。映像というか、なんらかの資料だ。『××県S市迷宮課臨時報告』と記されており、署名は佐渡山浩二となっている。
「こちらはS市の迷宮課課長が市長と県知事へ提出した資料です。この場には県知事はいらしておりませんが、副知事経由で県庁職員からコピーをもらいました。この資料によると、探索者から奇妙な報告が複数件寄せられているとのことです」
いわく――迷宮の上層で、耳鳴りが聞こえる。
市内にある計三つの迷宮全てでこの報告があり、調査を県内に広げてみれば、S市周辺の迷宮に限ってこの報告があったという。
「どうしてこのような報告書が県庁に上がっているのだ!」
立ち上がって怒気をあらわにしたのは、市長だろうか。トールは現在の市長の顔も知らないし、市議会議員だって一人も知らない。市議会議員が何人いるのかも判らないくらいだ。たまに選挙があって、選挙ポスターを見かけるな、というくらい。
言ってしまえば、良質な国民ではないのだ。
せっかく有している選挙権も、まともに行使していない。
「いやぁ、市役所に提出しても受け取ってもらえなかったんで。緊急性を考慮して、県庁に持っていったんですよ」
へらへらと笑って答えたのは資料作成者である佐渡山だ。席は用意されていなかったのか、出入り口のドア付近にずっと突っ立っている。
「なにが緊急性だ! 探索者の戯言をいちいち真に受けていられるか!」
今度は別の老人が怒鳴った。トールとしてはもう誰が誰であろうがどうでもよくなってきた。もしもまともな社会人であることがこのような会議に耐えられることだとするなら、到底自分には無理そうだ、とトールは思った。
「戯言とは聞き捨てなりませんねぇ。探索者が収めている『魔核』のおかげで、世界のエネルギー問題は半ば解決をみせている。彼らが持ち帰る稀少アイテムのおかげで魔法学は発展し、さまざまな魔導機器が発明された。石川さん……いえ、この際は皆さんに訊きましょうか。あんたらは、この世になにをもたらしてるんですかね?」
へらへらと笑ったまま、声音の温度だけが冷えた。
怒鳴り声を上げていた老人たちが明確に怯えるのが理解できた。一番偉そうにしていた老人など、顔中に脂汗を垂らしているくらいだ。
そのまま佐渡山が二十秒くらいプレッシャーをかけ続ければ、老人のうちの誰かが心臓発作を起こしてもおかしくないだろう――などと考えている間に、ふっ、と空気が弛緩する。発していた圧を、引っ込めたのだ。
おかしいな、とトールは場違いに欠伸を噛み殺しながら、首を傾げる。
佐渡山のプレッシャーを感じていたのに……トール自身は、全く怖くなかった。以前は圧を放っていない佐渡山にも恐怖を覚えたのだが。
「まっ、そのあたりを追求するのは私の仕事ではなく、市民国民のみなさんだ。そういうわけで話を進めますが、その報告、迷宮内で耳鳴りが聞こえたって報告を、彼もまた支所に上げていた。事務員に握り潰されていましたがね」
という佐渡山の科白で、場の注目がトールに集まった。
しかし注目されたからといって流暢に話を始めるようなことは、トールにはできなかった。なにかを訊かれれば答えるつもりではいたが、正直言ってなんのためにこんな場所に呼ばれたのか、全く意味不明になっていたのだ。
「あの……早坂さん、でしたか。状況を伺ってもよろしいですか?」
仕方なさそうに浜松菜々美が言った。
「あー……状況っていうのは、何処から何処までの?」
「貴方は、隣の彼女と共に変異が起きたカミオカダンジョン中層、十四階ボス部屋の下から現れたのが確認されています。しかしカミオカダンジョンに入った記録がありませんし、そもそも貴方は事件の前日スガイダンジョンに入ったのが記録されていて、スガイダンジョンから出た記録がされていません。経緯を、教えてください」
「そ――そうだ! 貴様が持っていたあの刀は、なんなのだ! 隣の女もだ。あのドラゴンを簡単に片付けるような人物と、変異した迷宮の下層で一体なにをしていたのだね! まさかとは思うが、なにかよからぬことをしていたのではないのかね!」
老人のうち誰かが浜松菜々美の後を追うように声を張り上げたが、トールはそんな老人にもやはり恐怖を覚えなかった。
以前なら、明らかに立場のある偉そうな老人に怒鳴られたら、申し訳ないような気持ちになったと思うのだが――。
「よからぬことってのは、なんすか? なんか具体的なアレがあって、人のこと疑ってんすよね? 俺が何処でなにをしたと思ってんすか?」
こんなふうに、粗雑な口の利き方もできてしまう。
いや、まあ、口の利き方が悪いのは以前からかも知れないが。
「な、な――なんだおまえは! 失礼じゃないか! どうして訊かれたことに答えない! 隣の女となにかを企んで悪事を働いていたのではないかと訊いている!」
「いや、だからその悪事ってなんすか? なにかを企んで、って、なにを企んでるって考えたんすか? そんなすげーふんわり訊かれても答えようがないんすけど」
「悪事は悪事だろう! 企みは企みだ!」
「別になんも悪いことしてねーつもりっすよ。なんも企んでないっす」
「証拠はあるのか! 悪事を働いていない証拠は! 企んでいない証拠は!」
めちゃくちゃだ。
トールは思わず親指で自分のこめかみあたりをぐりぐりと押し、自分の正気を疑わねばならなかった。まさか六十を越えてそうな老人に、このような言いがかりをつけられるとは思ってもいなかった。
「見せてみろ、その証拠を! 悪事を働いているから見せられないのだろう!」
「うるっせぇな。声がでけぇんだよ。百メートル先にいる人間じゃねーんだから、普通の声量で話してくんねーすか?」
ほとんど反射的に、チンピラみたいな科白が口を衝いて出た。
いや――よく考えると高校中退して迷宮で『掃除屋』を続けているような底辺の男を指して、世間はチンピラと呼ぶのかも知れない。
「な、な、な……っ!」
「そもそも、そういうのって疑う側が証拠出すもんだろ。なんだよ、悪事を働いてない証拠って。痴漢冤罪事件かよ。なんか訊かれたら答えるつもりで来たけど、こんな話を一生聞かされるんなら、帰っていいすか?」
苛立ちを隠さず、ドアの近くで突っ立っている佐渡山に問う。
たぶん怒られるだろう。そうしたら普通にキレて帰ろう、と、それこそチンピラのような決意を内心で固めるトールだったが、佐渡山は怒るでもなく、困ったように眉尻を下げ、馬を落ち着かせるみたいな仕草で手の平をトールへ向けてきた。
「ちょ、ちょーっと……それは、困るかな。あのジイさんは、少しばかりボケてるみたいでさ……ははは……」
白々しく笑いながら、佐渡山が頭を掻こうとした。
その動作の途中でナニカを手の中から飛ばした――のが、見えた。
次の瞬間、怒鳴っていた老人の頭が大きく揺れ、ごんっ、と音を立てて机に突っ伏してしまう。どう見ても痛そうだったが、目を覚ます気配がない。
「おっと。興奮しすぎて血圧が上がってしまったかな? 念のため、医者に診せた方がいいだろう。とりあえず医務室に連れて行くから、菜々美ちゃんは会議を続けて。それじゃ、そういうことで」
わざとらしく喋りながら気絶した老人を手荷物みたいにひょいと担ぎ上げ、佐渡山はそそくさと退室していった。
老人たちの全員はドン引きしていたし、進行役をしていた浜松菜々美は呆れ顔だった。『アンセム』の斉藤恵美と神楽坂千鶴は、真顔で老人たちを見つめていた。
ティアは……白けた顔で、浜松菜々美よりも後ろ側へ視線を向けていた。
そこにはプロジェクターがあり、映像を映している白い壁がある。しかしティアが視線を向けているのは投影された映像ではないようだった。
なにを見ているんだろう?
不思議に思ったトールだったが、浜松菜々美が「こほん」とわざとらしく咳払いをしたことで、意識を引き戻された。
「少々アクシデントがありましたが、続けましょう。早坂さん……早坂、透さん。貴方の主観で起きたことを、話していただけますか?」
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