第十五話
「それにしても、すごいねぇ。この自動車ってやつを使うために、町中に道が敷かれてるだなんてさ。本当に別の世界だよ。ボクの知ってる世界が何百年経ったところで、きっとこんなふうには発展しなかっただろうな」
軽自動車の助手席から町並みを眺めて感嘆を述べるティアに、運転中の早坂透――トールは、あぁ、と雑で曖昧な相槌を打った。
後部座席にはバスタオルを巻いた聖剣ライトブリンガーが転がっており、その横には昨日回収した『魔核』と竜鱗を突っ込んだドラムバッグ。
途中でコンビニに寄り、惣菜パンとおにぎりとペットボトルのコーヒー飲料を買って半分を渡してやれば、ティアは実に楽しそうにそれらを口にした。
ものすごい美人の外国人が、助手席で嬉しそうに焼きそばパンを頬張っている様子は、あまりにも現実感を欠いている。
まあ、それを言うなら『現場ニキ』としてバズったことも、それ以前に聖剣と妖刀を拾ったことも、トールにとっては現実感のない話ではあるのだが。
「なんだっけ、サドヤマ? 昨日、迷宮で救助に来た人だよね。その人に呼び出されて、何処かに向かってるんだろ?」
例の『現場ニキ』バズを知ってから、トールはひたすら端末を操作して昨日の『アンセム』に関する情報を拾いまくったのだが、結局はよく判らない、というのが結論だった。いろんな意味でよく判らなかったのだ。
話の流れとしては、何故か『迷宮変異』を迎えたカミオカダンジョンでボス部屋に入ってしまったアンセムメンバーの窮地を、たまたまカミオカダンジョンの隠し階層から上がってきたトールとティアの二人で救った、ということになる。
迷宮の隠し階層だとか、例の『袴姿の人影』なんかについてネットで調べてもみたが、ガセ情報が集まるばかりだった。考えてみればトールの身に起きた出来事を他人に聞かされれば絶対作り話だと思うだろうから、ネットのガセ情報に、もし真実が混ざっていても判別がつかない。
そうこうしているうちに携帯端末が着信を告げ、通話に出てみれば迷宮課の課長、佐渡山浩二だった。
彼が言うには、昨日のことやらなにやらを話したいので県庁まで来てくれないか、とのことだった。迎えに行ってもいいと言われたが、迎えに来られると家まで送ってもらう必要が出てくるので、断って自分の車で行くことにしたのだった。
「あー……おまえが助けた女たち、かなり有名な探索者で、国の支援を受けてるような連中なんだとか。そいつらが迷宮変異に巻き込まれて、イレギュラーなボス部屋に入ってしまって、おまえがそれを助けた。しかも俺たちはボス部屋の下層から現れたわけだからな。あれこれ話を聞きたいんだろ。知らんけど」
「ボクたちが助けた女の子たち、だね。へぇ……国の支援を、ね。王家と契約してた冒険者みたいな感じなのかな?」
「おまえの世界のことを知らないから、話を振られても判らない」
「そりゃそうか。トールはそういう人たちと相対するのには慣れてるのかい?」
「いや、全く。ていうか、どういう話し合いの場になるのかも知らねぇよ」
「来いというから行くだけ、か。なるほどねぇ。こっちの人たちが論理的であることを祈っておこうかな」
少し苦味のある笑みを洩らし、ティアは車窓越しの町並みへ視線を向ける。
トールにとっては見慣れた現代の町並みが、ティアにはどんなふうに見えているのか、少しだけ気になった。
◇◇◇
県庁の駐車場はかなり広く、普段用事のないトールは何処に駐車するべきか迷ったが、それを見越してか迷宮課の佐渡山課長が待ち構えていた。身振りで来客用らしき駐車スペースへ誘導してくれたので、まあいいかと車を停める。
「やあ、昨日の今日で疲れてるところ申し訳ない。それと、昨日はもしかすると失礼してしまったかも知れないから、そこは謝るよ。すまない。こちらとしてもかなり混乱していて、早坂くんへの対応がおざなりだった」
運転席から出てきたトールに、佐渡山が意外なほど腰の低い態度で言った。
この男と実際に対面したのは数えるほどだが、へらへらした怖いおっさん、という印象が強かった。生物としての格差が本能的な恐怖心を呼び起こすのだろうが、トールとしては密な関係を持ちたい相手ではなかった。
……のだが、今日の佐渡山は、雰囲気が違う。
目の前にいるのに、以前のような怖さがない気がした。
「あー……まあ、はい」
どう答えればいいのか判らず、雑で曖昧な首肯を返すトール。
佐渡山は微妙な苦笑を見せ、後部座席の荷物――バスタオルに包んだ聖剣と、魔核の入ったドラムバッグ――を取り出すティアへ視線を向けた。
「そちらのお嬢さんも、昨日は申し訳なかった。本日も足労いただいてしまって、申し訳ない。ところで失礼だが、早坂くんと貴女の関係は……」
「これから『話し合い』があるんだろ? 同じ話を何度もすることになるから、そこで必要なことは話すよ」
というティアの声音は、ちょっと驚くほど冷たかった。トールに対しては最初から上機嫌で朗らかな態度だったような気がするのだが、佐渡山に対しては、なんというか無礼なキャッチセールスに対応する女子大生みたいだ。
「そう――ですか。承知しました。では二人とも、案内しますので、こちらへ」
ティアの態度に怒るでもなく、むしろ畏まるようにぺこりと頭を下げてから、佐渡山は県庁舎へ足を向けた。
直方体をいくつか組み合わせたような素っ気ない建物は、存在こそ知っているが用事がないので来たことがない。当然、内部構造を察することもできないし、そもそも県庁にはどのような機能があるのかもトールはよく知らなかった。
佐渡山の背を追って庁舎に入ってみれば、印象としては市役所だとか総合病院だとかに近い。エントランスが広くとってあり、受付があり、それなりの数の椅子が並べられている。病院と違うのは、テーブル席があり、そこでなにやら話し込んでいるスーツの男をちらほら見かけることだろうか。
「ざっくりと事前説明をします。昨日、きみたちが助けたのは『アンセム』というA級探索者クランメンバーで、その『アンセム』の活動自体が国の支援を受けている。今回彼女たちがカミオカダンジョンの探索に向かったのは、県議員の提案で、S市の市長が依頼する形になっていました」
そのあたりはネットで調べた情報と一致する。県議員の提案だとかはさすがに書いていなかったが、話の流れはだいたい同じだ。
淀みなく廊下を進みながら、佐渡山はちらりとも振り返らずに話を続ける。
「で――カミオカダンジョンに『迷宮変異』が訪れた。さらにアンセムのメンバーが窮地に陥った。その窮地を救ったきみたちは、何故かボス部屋の下層から現れた。調べてみれば、きみたちはカミオカダンジョンへ探索に入った記録がない。というか、早坂くんに至っては前日にスガイダンジョンに入って以降、ダンジョンを出た記録もなかった。今回のこれは、そういった諸々の事柄についての話し合いになる」
「誰に責任を取らせるのか決めよう、って話かな?」
口調自体は親しげだったが、やはりティアの佐渡山に対する態度は冷えている。トールとしては、なんだかややこしくなっているな、と他人事のように思っているだけで、佐渡山に悪感情はないのだが。
「まっ、とにかく話をしたい、話を聞きたい、話を聞かねばならないって立場の人を集めてあるんで、なるべく正直に、訊かれたことに答えてくれると助かります」
と言ったところで脚が止まり、特にタメもなく佐渡山は『第四会議室』という表示のあるドアを開いた。
中は、文字通り会議室だ。トールの知っている範疇で例えるなら、自動車免許の更新の際に講習を受ける場所、が近いだろうか。トールの自治体だと市民会館の会議室だが、雰囲気はまあ似たようなものだ。
どうやらトールとティアが最後だったのか、四角に配置されている長机には既に何人も着席している。中には、ネットで調べて顔と名前が一致するようになった『アンセム』のリーダー斉藤恵美と、刀使いの神楽坂千鶴もいた。治癒魔法使いの御堂アイリと、撮影係の新宮紗凪はいないようだ。
アンセムメンバーのすぐ近くにはパンツスーツの、いかにも仕事ができますという雰囲気の女性が席についており、反対側の長机にはスーツの男性が並んでいる。一人は佐渡山より少し年上くらいで、残りはもう老人といった見た目だ。
「遅いぞ、佐渡山。その二人が、例の……女剣士と妖刀使いか?」
一番偉そうな態度でパイプ椅子にふんぞり返っている老人が言った。
最近のジジイは歳が判んねぇな、とトールは目を細める。六十代にも見えるし、八十代くらいにも見える。あるいは老け顔の五十代かも知れない。
もっとトールが幼かった頃は、五十代は五十代らしかったし、六十代は六十代に見えた気がするのだが、感性がアップデートされていないだけなのだろうか。
「時間通りですよ。二人の席はそこなので、どうぞ楽にしてください。荷物はテーブルの上に置いちゃっていいから」
老人の不機嫌をさらりと流した佐渡山が、トールとティアを促す。
やれやれと嘆息し、案内された席に腰を下ろせば、ティアも聖剣とドラムバッグをテーブルの上に乗せてから隣に着いた。
「時間通りですね。では、始めましょう」
パンツスーツの女性が言った。
これからなにが話し合われるのか――トールにはまるで見当もつかなかった。
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モです(挨拶)。
近況ノートの方に年末までの更新予定を書いておきました。あと、読者への感謝も。でも、ついでなのでここでも書きます。読んでくださってありがとうございます。
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