第十二話





 助手席にティアを乗せて軽自動車を運転し始めると、思いっきり騒がれてしまった。どうやら自動車が物珍しいらしい。

 が、本当に子供みたいに騒ぐので、トールとしては普通にうっとうしかった。


「つーか、さっきも乗ってただろ、佐渡山さんの車に。なんで俺の車に乗った瞬間に騒ぎ出すんだよ、おまえは」


「そりゃあ、サドヤマ? だっけ、あの人がすごい緊張してたからね。仲間とか味方なのが確信できるんだったら緊張くらい解いてあげてもいいけどさ」


「アンセムの女たちにはフレンドリーだったろ」


「そりゃあ、死にかけたところを助けられた女の子には、優しくするよ」


 トールはそうでもないみたいだけどね、とティア。

 言われて改めて考えてみたが、優しくなくはないはずだ、と思った。

 面倒なので弁解しなかったが。


 ともあれ、スガイダンジョンからトールの自宅であるオンボロアパートまでは自動車で十五分程度。いつもなら途中にある二十四時間スーパーに寄って食材を買うところだが、さすがに疲れたのでその気にはなれず、まっすぐアパートに戻る。


 契約している駐車場に軽自動車を停め、ティアを降ろしてアパートの二階へ。

 自宅の扉の前に、猫獣人の少女が座り込んでいた。


「あれ? 獣人の子供だね」


 トールの後ろを歩いていたティアが、ひょっこりと顔の位置を動かして猫獣人の少女を見て言った。それに気づいたのか、猫の少女は顔を上げてトールを見た。それから、ティアの方へ視線を動かし、むっと眉を寄せる。


「帰って来ないと思ったら、女を連れ込むのね」


 子供にしてはやや低めの声で言う彼女は、ミカ・シャイリィ・園山そのやまという。トールが住んでいる部屋の隣室に暮らす母子家庭の子供だ。


「いろいろあったんだよ。飯は食ったか?」


「食べてない。お金はもらってる。お母さん、トールが帰って来てないのを知らない。女を連れてるけど、わたしは、帰った方がいい?」


「いいよ、別に。二時くらいに戻って来るんだろ?」


「たぶん。酔い潰れてなければ」


「えっと……トールの知り合いなのかい?」


 我慢できなくなったらしいティアが疑問符を浮かべる。何故かミカはティアをひと睨みしてから無視してしまったので、トールの口から説明するしかなくなった。


「あー……この猫のガキは、ミカ。隣に住んでる。親が遅くまで帰って来ないから、ちょくちょく俺の家で暇を潰してる。親が帰って来たら、勝手に帰ってる。そんで、この金髪の女はティア。事情があって俺に取り憑いてるオバケみたいな感じ」


「よく判らない」


「キミ、説明を面倒がるのやめた方がいいよ」


 何故か二人から非難を向けられたが、どうせ詳細に説明したところでなにがどうなるわけでもないだろう、とトールは追加の説明をしなかった。

 とにかくドアに鍵を突っ込んで回し、1LDKの城門を開く。


 猫の少女と聖剣の霊は、お互いにちょっとだけ顔を見合わせてから、トールの家に入った。ちょっと心配したが、ティアはきちんと靴を脱いでくれた。


 とにかく――家だ。


 床やベッドに腰を下ろすと立ち上がれないような気がしたトールは、ひとまずそのあたりに魔核や竜鱗をひとまとめに置いてから台所へ向かい、冷蔵庫を開けた。

 基本的には職場と自宅の往復ということもあり、トールの家には電子ジャーがない。週の頭に鍋で米を炊き、一食分ずつにわけて冷凍していた。


「……なんか、テキトーでいいか。ミカ、悪いけど三人分、米を解凍してくれ」


 冷凍庫から取り出したタッパーを猫獣人の少女に渡してやれば、勝手知ったる調子でレンジに放り込み、解凍モードにしてスイッチを入れてくれる。


 食卓にしているテーブルに自分のステンレスタンブラーとミカのマグカップ、それから一応取ってあったガラスのコップを並べて、牛乳を注いでやる。


「飯つくるから、とりあえずそれ飲んでろ。……食うよな?」


 聖剣を壁に立てかけてはみたものの他人の部屋で定位置を決められず、所在なさげに突っ立っているティアに訊いてみる。


「そりゃあ、出されたら食べるよ。ところでボクはなにをすればいい?」


「ミカの相手をしてろ。ミカの方は、ティアの相手をしてやってくれ」


「えっ、嫌だ。オバケなんでしょ」


「どっちかっつーと清らかなオバケだから大丈夫」


「ねえ、確かにボクは自分のことをオバケみたいなものだって説明したけど、小さい子にその説明を流用しないでよ。清らかなオバケってなんなんだよ」


「……意味が判んない」


 と言いつつ、敵意を見せない相手をいつまでも睨んでいるのは難しいようで、ミカはそれこそ警戒心の強い猫みたいにティアの周囲をうろちょろし始める。


「えっと……ボクはティア。キミは、ミカだね。猫の獣人で、親が帰って来るまで、トールの家で時間を潰してる……合ってる?」


「合ってる。お母さん、トールのこと気に入ってるから、一人で家で待ってるならトールの家におじゃまさせてもらえって言ってる」


「そっか。トールのことは好き? 優しい?」


「優しさが下手くそ」


「あはは! それはそうかも知れないね! ねえ、ボクはトールと知り合って間もないんだ。ボクにトールのこと、教えてよ」


「いいけど。じゃあ、そこ、座って」


 共通の話題を見つけた二人は徐々に打ち解け合ったようだが、トールは二人の会話をあまり聞いていなかった。冷蔵庫の中からタマネギとピーマン、鳥モモ肉を取り出し、ざっくり具材を切ってフライパンを取り出した。


 メニューはチキンライスだ。オムレツを乗せるのは面倒だったのでオムライスにはしなかった。完成した料理を三人分それぞれ違う皿に――同じものがないので――盛りつけて、なにやらひそひそ話をしている猫とオバケを呼びつける。


「うわぁ! なんか美味しそう! トール、料理ができるんだね」


「簡単なやつならな」


「トールのごはん、好き」


 自分の皿を確保したミカが、台所の棚から人数分のスプーン取り出してくれる。もはや慣れた光景なので、いちいち感謝を述べることもない。


 どういう関係性かと言えば――隣の家の、母子家庭の子供だ。母親の方が気さくで馴れ馴れしかったので、押しつけられたというのが第三者的な見解になるだろうが、トールとしては、別に嫌だとは思っていない。


 ミカは小学校低学年くらいの女の子としてはかなり静かな方だし、あまりワガママも言わない。親しい距離感にはなっているが、馴れ馴れしくない。

 それは子供の態度として健全ではないかも知れないが、そもそもトール自身――早坂透が、あまり上等な大人ではないのだ。


 大人として良識と責任をもってミカの環境を改善してやろう、なんてことは思わないし、思ったところで実現不可能である。

 それはトールの問題ではなく、ミカとミカの母親の問題だ。ちょっと居場所を提供しているだけで、保護者面をするのは思い上がりがすぎる。


「悪いけど、俺はめちゃくちゃ疲れてる。飯食ったら風呂入って歯ぁ磨いて寝るから、あとは好きにしてくれ。んじゃ、いただきます」


「いただきます」


 トール一人のときはいちいち手を合わせて「いただきます」なんて言わないが、さすがにミカの前ではそのくらいはする。

 ちなみに、日本式の食前儀式に馴染みのないティアは戸惑っているようだったが、今日の分の優しさは尽きてしまったので、トールはなにも言わなかった。


 とにかく――ひどく疲れている。

 意外にというか、身体の方はあまり疲労を感じていないが、精神の方が。


 ベッドに寝転がった瞬間、落ちるみたいに眠ってしまった。

 崖から飛び出したあとで地面がないと気づいて落下するアニメのキャラクターみたいだ、なんてことを思ったような、思う間もなかったような……。




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