第十話
「あー! 使わない方がいいっていったのに、使っただろ、トール!」
生涯初のボス退治に複雑な心境を噛み締めているトールへ、あっさりと竜殺しを済ませた聖剣霊ティアが、ぷりぷり怒りながら近づいて来た。
確かに――と、トールも思う。
聖剣ライトブリンガーが所有者の魂と接続する武器であるのと、妖刀『禍月』が持ち主の魂に一体化する武器であるのは、似て非なるものかも知れない。
左手の中からずるずる引きずり出すのも気味が悪いし、刀身は不吉な赤黒で、鍔も柄も黒、長い飾り紐は右手にぐるぐると絡みつく始末。
ティアが言ったように、武器というよりは、呪具。
「だっておまえ、竜をしばくのに夢中だっただろ。自衛だ、自衛」
「そりゃあ久しぶりの竜退治だったからね!」
上機嫌に胸を張り、それからティアは「あっ」と声を洩らしてから、瞬間移動みたいな速度で大部屋のあちら側へ移動する。
どうやら、あの黒騎士に捕まっていたとかいう、彼女たちの仲間を介抱しようということらしい。見ればなにか魔法を詠唱して、倒れている女に光が注がれている。
回復魔法でもかけたのだろう。
「あ、あの……迷子、っていうのは……?」
茶髪ショートの、トールからすれば『いかにも陽キャ』といった女が、おずおずと問いを口にした。片手に抱えているおかっぱの女は、まだ気絶中のようだ。
「あー……その、マジで迷子。人生の迷子とかじゃなく。たぶん、別の迷宮で転移罠を踏んで、変なところに出た。どうにか脱出しようと歩き回ってたら、このボス部屋と下の階層を繋ぐ階段の中間あたりに出た」
「それは……すごい、偶然……ですね……」
「まあ、あんたらを助けるとか言い出したのは、あっちの剣士だけど。えっと……悪い、配信中だよな? 窮地を切り抜けたっぽいし、視聴者になんか言ってやった方がいいんじゃね? たぶん心配してるだろ」
と言って一旦会話を切り上げ、トールは小走りで下階層へ向かう階段の前まで戻り、風呂敷がわりにしていた上着を風呂敷状態のまま回収する。
ついでとばかりに竜と黒騎士の『魔核』を拾おうと思ったが、『魔核』は黒騎士の分しか落ちていなかった。
竜の死亡地点あたりに落ちていたのは……一枚の竜鱗だ。拳大よりも少し大きいくらいの、三角の鱗。さすがにこのサイズとなればそれなりの厚みがあり、魔法技師なんかが涎を垂らして欲しがる代物ではないか。
といっても、トールには相場の想像もつかないのだが。
「おっ、レアドロップだね。竜鱗だ」
でかい鱗をなんとなく眺め回すトールに、ティアがいきなり至近距離までやって来て、楽しげに言った。
「相場が判らないし、売り先も判んねーよ。つーか、最初に戦ってたの、あいつらだろ。勝手にもらっていいのか?」
「ボクらがいなければ死んでただろうし、いいんじゃない? 気になるようだったら確認すればいいと思うけど……ライトブリンガーより貴重なものなんかないよ?」
「いや、その聖剣は売れないだろ」
「売れるようなら売るつもりなのかい?」
「ありもしない『もしも』の話は好きじゃないね」
へっ、と息を吐いて、なんとなくポケットから携帯端末を取り出す。
ちょっとびっくりするほど着信があった。
いくつかの発信元は見知らぬもので、それ以外はスガイダンジョンの支所から。登録はしていたものの、一度だってかけた覚えもかけられた覚えもない番号だ。
さすがに丸一日以上ダンジョンから戻っていないので、生存確認だろうか。
「なんだい、その板みたいなの? たまに見てるよね」
不思議そうに首を傾げるティア。
個人用携帯端末は、彼女の生前にはなかったアイテムなのだろう。
「あー……魔導通信機器」
説明が面倒になって一言でまとめてしまう。案の定、よく判らないと首を傾げるティアをひとまず無視して通話に出た。
〈あ――出た! 出ましたね。ようやく気づいた〉
発信元がスガイダンジョンの支所である以上、予想はしていたが……それでも河合咲穂から連絡があったのはかなり意外だった。
「トールです。なんか用事すか?」
〈なんでそんないつも通りみたいな態度取れるんですか? いろいろあるんですけど……アンセムって、知らないですね? A級探索者クランの〉
「あー……名前くらいは」
〈いえ、知らないはずです。彼女たちのクランが、市内のダンジョンに潜ったっていうのも、当然知らないはずです〉
「は? いや、名前くらいは知ってるっすよ。テレビにも出てるし、たまに配信サイトのオススメとかで流れて来るし」
〈はぁ……それでは、後ろを向いて、神楽坂千鶴さん――ポニーテールの子が、あなたにカメラを向けているのは、判りますか?〉
「はぁ?」
意味が判らず、それでも言われた通りに振り向けば、一言も喋っていなかったサムライガールが、半ば呆然といった表情でトールにカメラを向けていた。
「ねえ、トール。あれなに? 射影機みたいに見えるけど、あれも通信機?」
ティアが好奇心を隠すことなく言うが、トールは普通に無視した。
つまり――そういうことか。
〈理解できましたか? 彼女たちがA級探索者クラン、アンセムのメンバーです。早坂さんの姿は配信にばっちり映っていますし、チャット欄は大荒れです。とりあえず、生きていたのは、ほっとしました。ほどなく課長がそちらに到着するはずですから、待機しているよう彼女たちに伝えてください。それでは、さようなら〉
一方的に言うだけ言って、通信を切られてしまった。
そういえば河合咲穂の口から「さようなら」なんて言葉を聞くのは初めてかも知れないな、とトールは思った。
◇◇◇
結論から述べると、非常に大変だった。
そもそも『アンセム』の探索者が使いものにならなくなっていた。
リーダーの斉藤恵美は気が抜けたのかぐずぐずと泣き出してしまうし、目を覚ましたカメラマンの新宮紗凪は、泣いている斉藤を見てひたすら謝りながら泣き出した。サムライっぽい刀使いの神楽坂千鶴は、何故かぼけっとトールを見続けていたが、なんか怖かったので話しかけられなかった。
黒騎士に人質として利用されたという御堂アイリは、どうやらティアの回復魔法が効いたようで、剣で突き刺された怪我は完全に癒えており、ほどなくして目を覚ますと誰にどう事情を聞けばいいのか判らなかったようで、トールは仕方なく彼女に配信用のカメラを渡し、視聴者に事情を説明してもらうことにした。
トールがちらりと見た感じ、視聴者数は十二万を超えていた。
「まあとにかく、みんな無事でよかったよ」
脳天気にティアがまとめたが、その言説は否定のしようもなかった。
これでめでたしめでたしとはならないだろうな、とも思ったが。
それからほどなくして視聴者から話を聞き終えたらしい御堂が配信を切り、トールとティアに深々と頭を下げてきた。
もっとも、当人は人質に取られていたぶられた挙げ句、気を失っていたので、ティアやトールがどんなふうにボスを倒したのかは視聴者から聞いた話になるのだが……とにかく、これまで早坂透が人生のうちでもらった感謝の三倍ほどの感謝を捧げられてしまった。
正直、胸焼けした。
彼女たちを助けようとしたのは、ティアの方なのだから。
そのティアときたら人を助けるのは当たり前だと言わんばかりで、感謝されるたびに困ったような顔をしていた。
それでもしつこく感謝攻撃をされると「もういいから」とトールの背中に回ってしまい、感謝攻撃はトールに対象を変えられてしまった。
といったあたりで、市の迷宮課課長――佐渡山浩二が現れた。
河合咲穂から事情というか状況は聞き及んでいたようで、佐渡山はカミオカダンジョンのボス部屋にトールがいること自体には驚かなかったが、ティアという存在に対しては明確に驚きを見せていた。
元A級探索者という話だが……もしかすると佐渡山はティアを見て「自分よりも強い」と感じたのかも知れない。
見た目はせいぜい二十歳前後。トールにあれはなんだこれはなんだと問いかけてくる様子は中学一年生くらいの感じだが、見る者が見れば、判るのだろう。たぶん。
もちろんトールにはよく判らないが。
ともあれ。
使いものにならなくなった『アンセム』のメンバーをどうにか落ち着かせて泣き止ませ、佐渡山の引率でカミオカダンジョンを引き返すことに。
道中の魔物は全て佐渡山が引き受け、トールとしては魔物の相手をする佐渡山の動きがどうにか目で追えるのが微妙な気分になったが――特にアクシデントもなく、トールたちはダンジョンを出た。
久しぶりに見る空は、雲ひとつない星空だった。
ダンジョンの入口には『アンセム』のマネージャーとかいう人物がワゴン車を止めており、『アンセム』のメンバーは各々が各々の感謝をトールとティアに述べ、ワゴン車に乗り込んだ。
「とにかく、今日はもう遅いから。あれやこれやは明日以降にしよう」
死ぬほど疲れた、と顔に書いてあるような表情で佐渡山は言った。
そこにはかつてトールをビビらせた強者の雰囲気などまるで感じられず、普通の、くたびれた中間管理職の悲哀があって、逆にトールとしては親近感が湧いた。
「あのー……俺、スガイダンジョンの駐車場に車停めたままなんで、そこまで乗せてもらってもいいすか?」
「もちろん。実を言うと俺も支所に車を停めっぱなしだが、きみを送るためにライトバンを用意させてもらった。是非とも乗ってくれよ」
佐渡山は笑ってトールを車に乗せてくれたが、一緒に乗ったティアについては奇妙なほどなにも言わなかった。無視している、というくらいの徹底ぶり。
スガイダンジョンの駐車場に到着し、車を降りようとするトールに、佐渡山は申し訳なさそうに言った。
「今回の件は、こちら側に非がある面を否めない。非については謝罪も賠償もさせてもらうよ。俺の権限が及ぶ限りでね。できれば連絡がつく状態にしてもらえると助かる。当然だけど『掃除屋』の方は休んでいい。明日の昼前には、なにか連絡できると思う。ゆっくり休んでね」
今後の面倒についてはトールよりもよほど予想がついているはずの佐渡山が、それでもトールに気遣いを見せるのは、素直に感心してしまった。
きっと、まともな大人なのだろう。
もう少し厳密に述べるのなら、まとも寄りの大人、なのだろう。
自分がそうでないから、トールとしては内心で敬意を払っておくことにした。
そんなもの、一銭にもならないけれど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます