第八話




 A級探索者クラン『アンセム』のリーダー、斉藤恵美は、自分がそれほど優れた探索者ではないという自覚があった。


 実力的には、たぶん上澄みなのだと思う。

 さすがにそのあたりは理解できる。

 でも、たぶん向いていない。


 中学のとき、D級ダンジョンに入って魔物を倒すという授業があった。これはいわゆる異世界世代である恵美にとっては「そういうものなんだ」という経験だったが、世界融合前の世界を知る世代からすれば、悪趣味な冗談のように見えるらしい。


 しかし二千年代初頭の『連鎖迷宮暴走チェイン・スタンピード』を経験した人類は、その悪趣味な冗談を子供に強要し、突出した才能を見つける必要を、肯定せざるを得なかった。


 そういう経緯で斉藤恵美は『異世界』に適応する才能を発現し、ちょっと魔物を倒しただけで学校の誰よりも強い人間になってしまった。

 となると、当然、政府が動く。

 義務教育中に発見されたエリートたちを集め、エリートの集団をつくることで研鑽が生まれる――そして一般人への被害を軽減する――という狙いだ。


 狙い自体は、よかったのではないかと恵美は思う。

 だってダンジョンで魔物を倒してからの中学生活は、決して居心地のいいものではなかったから。バケモノを見るような眼差しを向けられたり、ちょっとした冗談で強く怯えられたり……思春期の女の子が心を痛めるには、十分な環境だった。


 だから、集められたことは、恵美にとっては悪くなかったのだ。

 自分と同じような境遇の、同年代の女の子がいたのもよかった。


 最初に仲良くなったのは御堂アイリで、彼女は少し控えめで優しい性格と、驚異的な治癒魔法の才能を持っていた。

 次に仲良くなったのは神楽坂千鶴。彼女は武家の生まれだと聞いて驚かされたが、さっぱりした性格と、誰よりも鋭い剣術の才能があった。


 そうやって集まって、成長して――『アンセム』をつくった。


 配信活動は、最初はそれほど乗り気ではなかった。けれど『アンセム』の後見人となってくれたA級探索者の『先生』の勧めで、試しにやってみることにした。


 自分をバケモノ扱いしていた人たちに、わざわざ自分たちのバケモノらしい姿を見せてどうするんだ……と、最初は思っていたのだけれど。


 なんだか思った以上に人気が出てしまって、いつの間にかアイドルみたいな扱いをされるようにもなった。これには『先生』も苦笑いだったし、政府の偉い人たちは小躍りしているようだった。


 探索者がいなければ、現代の社会は回らない。


 かつて石炭を掘る炭鉱夫たちが社会のエネルギー源を担っていたように、現代では無数の探索者たちが半ば無自覚に社会貢献しているのだ。

 恵美たちのように国家の庇護を受け、ある意味では贔屓されて育てられた探索者が一般の人たちに「探索者って素敵だな」と思わせられるのであれば、試みとしては大成功と言えるだろう。


 けれども――恵美は思う。

 自分には探索者の才能がないのだ、と。



◇◇◇



 カミオカダンジョンに入ることになったのは、政府の依頼だ。


 細かいところは把握していないが、おそらく県議員の有力者が国会議員とのコネクションを利用して、迷宮庁へ働きかけたのではないか。

 いずれにせよ政府筋からの依頼を断る選択肢はないので――もちろん、無理な依頼であれば後見人の『先生』が突っぱねるが――リーダーである恵美は、今となってはそれなりに大所帯となった『アンセム』から昔馴染みの二人と専門のカメラマンを選び、出張することにした。


 こうして地方のダンジョンを探索する依頼は、たまにある。

 ついでだからと『アンセム』のアイドル的人気を利用する形で、地方の特産品や風景を撮影する旅番組ふうの撮影も一緒にこなすことが通例になっている。


 でも、身内で楽しく小旅行している様を配信するだけでみんなが喜んでくれるのは、なんだかちょっと変な感じがする。


 今では各メンバーにファンがいて、SNSでは知っているけど顔は見たこともない、という古参ファンも何人かは名前を挙げられるけれど……もし彼らと対面したら、やっぱり恵美たちのことをバケモノ扱いするのだろうか。


 リーダーである恵美がその不安を消せないせいで、リアルでファンと交流するようなイベントは全てNGを出しているが、幸いにしてメンバーからの不満はない。

 そもそも『アンセム』はアイドルグループではなく、探索者クランなのだ。


 県庁所在地にある高級といっていいホテルに泊まり、県議員と市長が挨拶に来て、その翌日にはカミオカダンジョンへ潜ることに。


 これといった特徴のない、ごく普通の迷宮だった。

 珍しい迷宮だと、地下に潜ったはずなのに青空が広がっていて、さらに階段を降りたらまた青空が広がっている、みたいな迷宮もあるが――ごく一般的な、石造りっぽい壁と床と天井が薄ぼんやりと発光する、入り組んだ迷路状の迷宮だ。


 強いていえば、雑魚モンスターが少なかったかも知れない。


 いつも通りに配信をしながら、視聴者のコメントを拾いつつ、メンバー間での談笑も交わして……A級探索者クランの『アンセム』にとっては、探索よりも配信の方が大変なくらいの仕事だった。


 そう――途中までは。


 カミオカダンジョンは、まだ完全な探索が終わっていない、準未踏破迷宮とのことだった。最下層は判明していて、地下十九階。上層を駆け足で突破すれば二日で最下層ボスを倒して帰れるくらいの規模感だ。


 そこまで急ぐつもりもなかったが、雑魚を蹴散らしても配信映えはしないので、結果的に上層は飛ばし気味の攻略になった。


 様子が怪しくなってきたのは、十二階から。

 事前にプリントアウトしてきたカミオカダンジョンの地図と、実際に歩いてみた迷宮内部の構造に、微妙な差異が出てきた。


 B級ダンジョンとはいえ、地方都市の準未踏破迷宮ともなれば、あまり熱心に探索する者もいなかったのかも知れない。出現する魔物はあまり「美味しい」とは言えない種類が多いようだし、他に「美味しい」ダンジョンがあるから、地図も精密ではないのだろうか、なんてことを視聴者と話し合った。


 そして――十四階。

 本来であればまだ迷路が続くはずの階層だというのに、長い階段を降りた先は、異様に広い空間だった。大部屋、と呼ばれるタイプの階層だ。

 迷宮壁のぼんやりとした明かりは迷路の階層より少し明るいが、それでも向こうの壁が見えないくらい広い。


「メグちゃん……これ、もしかして迷宮変異じゃない……?」


 不安そうな表情で御堂アイリが言った。

 迷宮変異とは、文字通りに迷宮の内部構造が変化する現象のことだ。理屈も原因も不明だが、一説によると高ランクかつ『人を招く力が弱い』迷宮が、変異しやすいらしい。D級の不人気な迷宮より、B級の不人気な迷宮の方が変異しやすい――というような説だが、今はどのような説であろうが、どうでもいい。


「この広さだと――まさか、ボス部屋!?」


「そのまさかだ、リーダー」


 思わず呟いた恵美に、刀使いの神楽坂千鶴が凜とした発声で同意を示し、いつの間にか抜き払っていた刀の切っ先を、大広間のあちらへ向けた。


 そこにいるのは、竜。

 ドラゴン……だが、百メートル以上先にいるようで、さすがに種類は判らない。だが、びりびりと腹の奥を痺れさせるプレッシャーからして、亜竜ではなく、本物のドラゴン。A級ダンジョンの最下層ボス並の魔物である。


 はっとして振り向けば、来た道である階段がいる。

 ダンジョンボスの部屋は、このように退却不可になることがある。必ずではないが、強力なボスであればあるほど、体感として退却できない割合が高い。


「……となると、壁際のここにいるのは拙いわよね。千鶴は私と前衛で、ボス部屋中央に移動。アイリは紗凪さなぎさんを守りながら後衛。私と千鶴のフォローをお願い」


 作戦とも言えないような作戦だが、集団の方針は必要だ。

 誰も恵美の案を拒否せず頷き、恵美は愛用の両手剣の柄を握り、走り出した。


 ……そう、ここまでは、まだよかった。


 ドラゴンの他に、黒騎士がいるだなんて、誰も思わなかったから。



◇◇◇



 最初にドラゴンの『息吹ブレス』を避け、一撃入れたところまでは順調だった。


 しかし竜種の鱗の防御力はあまりにも固かった。ヒットアンドアウェイでは千鶴の斬撃がまるで通らず、恵美の両手剣は打突としては有効だったが致命にはまるで至らない。それでも、戦線はどうにか膠着状態を維持できていた。


 が、あっさり崩壊したのは、漆黒の全身鎧を身にまとった騎士が現れたからだ。


 ドラゴンの大広間ではなく、竜と騎士の大広間だったのだ。


 騎士がカメラマンの新宮しんぐう紗凪を狙い、それをアイリが庇って、生まれた隙にドラゴンが再び『息吹』を吐いた。

 おまけにそれは巧妙な囮であり、『息吹』から紗凪を守ろうとしたアイリを、黒騎士が昏倒させ、連れ去ってしまった。


 魔物らしくない知恵だが、知恵の回る魔物は、いないわけではない。


 しかしこの局面で最も拙かったのは、アイリが戦線から離脱したことではなく、カメラマンの紗凪を守る者がいなくなった、ということだった。


 さらに続けての『息吹』を、千鶴と恵美の二人は大量の魔力を込めた剣撃で切り裂くことで防ぎきったが――どう考えても、悪手だった。


 ドラゴンの方も『息吹』を連発しすぎたのか、疲れたようにグルルと喉を鳴らしていたが……消耗の度合いは、こちらが上。さらに紗凪は未だ気絶したままで、彼女を見捨てなければ恵美と千鶴はまともな連携もできない。


 紗凪を抱えながら竜の尻尾による薙ぎ払いを避け、大振りの爪を剣で弾き逸らし、アイリを助けに走り出そうとした千鶴の動作は、ドラゴンが進行方向に立ち塞がることで、あっさり潰されてしまった。


 そこからは数分間、ジリ貧が続く。


 こちら側が確実に削られていくだけの時間は、しかしアイリの悲鳴によって終わりを告げた。黒騎士が昏倒させていたアイリを目覚めさせ、なぶるように彼女の身体に剣を刺したのだ。わざわざ恵美たちから見える位置まで近づいて。


「いやぁ! アイリ! アイリ!」


 ほとんど半狂乱になって突撃しようとしたが、千鶴に思いっきり腕を引っ張られた。どうして止めるんだ、と振り向けば、唇を噛み切って血を流す千鶴の顔が、すぐ近くにあった。理性を働かせるのに、そのくらいしなければいけなかったのだ。


「落ち着けリーダー! 叫んでも仕方ないだろう! あのドラゴンと黒騎士を同時にさばくのは、私たちだけでは無理だ! サナギさんも気絶してるのだぞ!」


「だけどアイリが! 判ってるけど!」


「どうにか……一撃入れて御堂さんを救出し、脱出するしかないだろう。理性で言うなら御堂さんを見捨てるべきだが……くそっ、私も青いな。その選択肢は、選べそうもない。リーダー、おそらくここで私たちは死ぬぞ」


 脱出といっても、来た道は塞がれている。

 である以上、万が一ではあるが開かれているかも知れない『行く道』を探して飛び込むしかない。戻れないから、進む。


 ボスはボス部屋から、出ない。

 迷宮の不可思議なルールのひとつだ。

 十五階へ降りてしまえば――助けを待てる……かも、知れない。配信用のカメラは何処かに行ってしまったが、それでも異常事態が起こっていることは外部に伝わっているはずだ。アンセムの後見人である『先生』はさすがに間に合わないだろうが、市の迷宮課には人がいるはず。


 けれども。


「ダメだよ! でも――見捨てるのもダメなんだ! 千鶴、お願い……ごめん、ごめんね千鶴。こんなリーダーで……」


 我ながら支離滅裂だった。死ぬのはダメで、見捨てるのもダメ。生存確率をどんどん下げているのが自分でも判る。なのに、撤回する気にならない。


 恵美と千鶴だけなら、おそらく半々くらいで十五階に逃げられる。もちろんそれは階下への道が開いていればの話だが。


 けれど、そうはしたくない。

 気絶している紗凪を抱えたまま、黒騎士にいたぶられているアイリを助け出し、ドラゴンと黒騎士の追撃を振り切って十五階に降りる……なんて、無理だ。


 判っている。

 判っているのに。


「こんなリーダーだから私たちはここまで来れたのだ。胸を張れ」


 ニヤリと笑って千鶴が言った。

 なんていい女なんだろう。もし恵美が男だったら押し倒していたかも知れない。まあ、ここがボス部屋でなければ。


 恵美も涙混じりの笑みを返し、互いに頷き――腹を括る。

 合図なんて要らない。呼吸が合った瞬間、二人同時に駆け出した。恵美は紗凪を抱えたまま両手剣を片手で保持し、千鶴は刀を鞘に収めて居合い斬りの構えのまま滑るように。まずは竜へ一撃。次に黒騎士からアイリを取り返す。


 どうやって?

 そんなの、判らない。

 だから――斉藤恵美は、探索者には向いてないのだ。


 そう思った次の瞬間、光がはしった。





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