第六話




 河合咲穂は、スガイダンジョン支所に勤める公務員だ。


 高校卒業と同時に市役所に勤めている叔父のコネを利用して事務員として採用され、最初の二年は役所勤めをしていた。しかし三年目に叔父の業務上横領が発覚し、役所関係では『外れ』とされている迷宮課に異動させられた。それも、よりによって探索済みのD級ダンジョンであるスガイダンジョンの支所に。


 はっきり言って、やる気など皆無だ。

 それでもわずかな仕事はあり、咲穂は適当に愚痴を吐きながら、日々の業務をいいかげんにこなしていた。


 あるときスガイダンジョンで『掃除屋』を募集するという話が持ち上がった。

 探索済みであっても出現する魔物によっては『狩り場』として機能を果たす迷宮もあるのだが、スガイダンジョンは魔物に旨味もなく、かといって初級探索者の練習にもならないような迷宮であり、このまま放置が進むといずれ『迷宮暴走ダンジョン・スタンピード』が起きるのは、誰の目にも明らかだった。

 そのいずれが一年後か、五年後か、十年か二十年かは、誰にも判らないが。


 一九九九年の世界融合、そして二千年代初頭の『連鎖迷宮暴走チェイン・スタンピード』を越えた人類は、とにかく迷宮の暴走を恐れていた。

 なのでこれまでは迷宮課に籍を置いている元探索者に魔物狩りが割り振られていたが、スガイダンジョンはあまりにもしょぼかった。言ってしまえば、迷宮課の職員を派遣するのはのだ。


 だったらこんな旨味のないダンジョンなんて、最奥のダンジョンコアを破壊して潰してしまえばいいのに、と思うが、それをしてしまうと何処かに新たなダンジョンが出現する――と言われている。

 これに関しては研究が進んでいないので仮説の域を出ていないが、二千年代初頭の『連鎖迷宮暴走』においての大失敗として「探索者たちがいくつもの迷宮を潰したことで新たな迷宮が出現した」なんて言われているくらいに定説となっている。あるいは近場にある別の迷宮が強力なものに変異する、なんてパターンもあったらしい。

 なので滅多なことではダンジョンを潰せない。

 旨味はないが、管理自体は難しくない――それがスガイダンジョンだ。


 そういうわけで、D級探索者になれないような人材が募集された。

 これは日本の迷宮事情においてはそれなりに珍しいが、全く聞かないこともないという事業だ。この掃除屋は市が発注する請負契約であり、提示された金額があまりにも安すぎたせいか、まともな探索者クランが募集に応じるとは思えなかった。

 実際、正規の探索者は一人として募集に反応しなかった。


 手を挙げたのは、当時高校を中退した早坂透という少年だった。


 未発見迷宮の『暴走』に巻き込まれて家族を失い、天涯孤独となった早坂透はあっさりと高校を中退して、当時はフリーターとしてアルバイトを掛け持ちしていたそうだ。掃除屋の募集に手を挙げたのは、市が契約相手なので福利厚生がアテになりそうだったから、らしい。


 ようは社会保険や年金を、報酬から天引きしてくれるから、という理由だ。

 社会経験のない高校中退の十七歳にしては、それなりに考えたらしい。とはいえ、本当に頭がいいのであれば高校を中退するべきではなかったし、中退したのであればどうにか金を貯めて大検を受けるべきだ、と咲穂は思う。


 河合咲穂は、早坂透が嫌いだった。


 それを自覚したのはいつの頃だったか――たぶん、かなり早い段階だ。

 工事現場で働く肉体労働者みたいな格好で支所に現れ、毎日飽きずにスガイダンジョンの雑魚モンスターを狩りまくり、楽しくもつまらなくもなさそうな顔をして、掻き集めたクズみたいな『魔核』を窓口に提出してくる。


 正直、仕事量を五分の一に減らしても、市から出される金額は変わらなかっただろう。ようは定期的にスガイダンジョンの上層で清掃業務に従事すればいいのだし、契約書には月に二十日働けなんて書かれていない。


 なのに、あの少年は勤勉だった。

 あまりにも無駄な真面目さだった。


 早坂透はD級探索者にすらなれなかった人物だ。ようは才能がないのだろう。ここでいう才能とは、異世界の超常に適応する能力のことだ。

 魔力親和性と呼ばれる、探索者としての才。

 B級探索者のほとんどは、たった一匹の魔物を倒しただけで飛躍的に身体能力を向上させた天才ばかりだし、A級となればさらに突出した人外だ。CやDに視点を下げても、やはり彼らは常人と違う。


 でも、早坂透は、常人だった。

 そしてスガイダンジョンの上層は、常人でも清掃をこなせるほどチョロかった。


 だからこそ――嫌いだ。

 あんなふうに真面目に魔物を狩り続けたって、なんにもならない。


 きっと高校の同級生だって早坂透との縁は切れている。あんな毎日働いていては、遊ぶ暇だってないだろう。彼がこうして人生をすり減らしている間に、彼の同級生は青春を過ごし、進学して大学生活を満喫し、運のいい幾人かは勝ち組と呼ばれるレールに乗れるのではないか。


 早坂透には、そんなレールはない。

 迷宮支所の事務員を惰性で続けている咲穂にも、そんなレールはないのだ。



◇◇◇



 この日はA級探索者クラン『アンセム』がスガイダンジョンに比較的近い迷宮に入るということで、咲穂は朝から楽しみにしていた。


 自分にはないキラキラした才能を持ち、その才能を輝かせている年下の女の子たち――そう、『アンセム』は女性だけの探索者クランなのだ――を遠くから眺めるのは、かなり好きだった。

 趣味の少ない咲穂にとっては珍しく、彼女たちの配信を見るのにハマっている。

 たまに彼女たちへ嫉妬する女がいるようだが、咲穂からすれば莫迦らしいの一言だ。本当に輝いているモノは、遠くから愛でるべきじゃないか。


 そんなわけでいつも通りに出社し、スーツに着替えて客も来ない受付で堂々と端末を広げ、『アンセム』の生配信を視聴することに。


 今回の探索ではリーダーの斉藤恵美、回復魔法の使い手であり最もアイドル的人気の高い御堂みどうアイリ、刀使いのサムライ少女である神楽坂かぐらざか千鶴ちづる、そして専属カメラマンの四名が探索に挑むようだ。

 A級探索者が三名もいれば、B級ダンジョンは余裕といった様子で、迷宮に入る前も入った後も、『アンセム』の女の子たちは楽しそうだった。

 たまに現れる魔物も、全く危なげなく倒している。


「今回はアイリの出番、ないかもねぇ」


 ちょっと意地悪そうに御堂アイリの脇腹を突いたのは、リーダーの斉藤恵美。これにアイリは嬉しそうに微笑んで、大きく頷いた。


「私の出番ないなら、その方がいいよ。メグちゃんも千鶴ちゃんも、怪我しないのが一番だもの。だから二人とも、私の出番なんてつくらないでね」


 なんていい子なのだろう。

 我が身を省みることなく配信を眺め続ける咲穂だったが、配信開始から二時間が経過した頃、支所の自動ドアが開かれた。


 こんな場末に、利用者だろうか。

 せっかく楽しんでいたのに、と咲穂は自己中心的な苛立ちを覚えながら配信の音声を切ったが、現れた人物の姿を確認して、すぐに業務用の笑みを取り繕った。


 スーツ姿のくたびれた中年――迷宮課の課長、佐渡山浩二。


「おはよ、河合ちゃん。ちょっと気になることがあって来たんだよね」


「おはようございます。気になること、ですか?」


 客みたいに受付カウンターの外側から雑な笑みを見せてくる佐渡山に、咲穂は首を傾げて見せた。

 日々はいつも通り退屈で変化がなく、咲穂にとって気になることといえば、現在カミオカダンジョンを探索中の『アンセム』くらいのものだ。


「そうそう。気になること。そういえば知ってるかな? 知ってると思うから、知ってる前提で話すけど、A級探索者のクランが、うちの管轄に来てるでしょ」


「『アンセム』のことですか」


 ちょうどタイムリーな話題で、思わず相槌を打ってしまう。


「そうそう、その女の子クラン……って言い方は、今時はコンプラ違反か。ははっ、いいよねぇ、女の子だけで集まれば褒められて注目されて、男だけで集まってりゃ『女を除け者にしてる』だもんな。昔じゃ考えられないよ」


 嫌だねぇ、などと呟きながらカウンターへもたれかかってくる。

 世界融合後に生まれた、いわゆる異世界世代の咲穂にはいまいち理解の及ばない感性だったが、佐渡山課長の思想なんてどうでもよかった。


「気になることとは、なんでしょう?」


「あー、そう、気になること。最近ね、うちの担当区域で変な報告が複数入ってるんだ。複数の迷宮で、同じような報告。『耳鳴りのような音が聞こえる』ってね」


「はぁ……」


 さっさと話を終わらせてくれないかな、と思いながら咲穂は首肯する。とりあえず頷いただけで、真面目に話を聞いていなかった。


「河合ちゃん。スガイダンジョンではそういう報告、上がってないかい?」


 笑みの形に唇を曲げ、目を細める佐渡山の、雰囲気が変わる。

 ただのだらしないおっさんだったのが――部下のミスを許さない現場監督のような、事務方ではなく実務方の人間が有する、白刃めいた鋭さ。


 元A級冒険者が、ほんのわずかだけ見せた威圧感。

 一瞬前までの弛緩しきった空気など消え去り、咲穂はと身を震わせ、自分を見つめる上司へ、視線を返した。返してしまった。


 最低限の仕事をしろ――そういう視線だ。

 ということは、自分は最低限の仕事をしていないのか……いや、提出すべき書類はきちんと提出しているし、そういう形式を整えるのを怠ったことはない。


「掃除屋の若い子、いたでしょ。早坂くんだっけ」


「え――?」


「河合ちゃん、あの子と何度か揉めたよね? 提出してくる『魔核』の量が不審だとか言って、不正入手を疑ってさ。それ以降、早坂くん、証拠動画みたいな感じで迷宮清掃配信なんかしてたはずだけど」


「あ……っ!」


 そこまで言われてようやく、咲穂は先日の『掃除屋』からの報告を思い出した。


「心当たりがある?」


「あ、あの……早坂さんから、報告を受けてました。スガイダンジョンの三層通路で耳鳴りのような音がした、と。配信の該当時間も言ってましたけど……」


「覚えてない?」


「……はい」


「どうせ気のせいだろと判断して、報告を握り潰しちゃったわけだ。まあいいけどね。とにかく、せっかく証拠動画を残してくれてるんだから、確認しよう」


 明らかな失態を叱責するでもなく、佐渡山は受付のこちら側へ迂回してきて、普段は使われていない管理職用の端末を立ち上げ、配信サイトへ接続した。

 モニターに映し出されるのは『録画用清掃配信』という味も素っ気もない配信チャンネルだ。ヘッダー画像すら用意されておらず、サムネイルも自動生成のモノばかりで、結果的に似たようなサムネイルが義務的に並んでいる。


「例の報告があった日は?」


「一昨日です。普段より早く業務を切り上げて来たので……」


「のようだね。配信時間が普段より短い。……うん? それを言うなら昨日の配信も時間が短いな……まあ、とにかく該当の配信を確認しようか。おっ、早坂くん、自分の配信にコメント入れてるね。該当時間を入れてチャプターしてくれてる」


 佐渡山が端末を操る手捌きはひどく流暢だ。もしかすると普段からこういった迷宮探索配信――早坂透の場合は清掃配信だが――を視聴しているのかも知れない。


「まあとにかく、観てみようか」


 と、佐渡島は言って、再生ボタンをクリックした。





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