第四話




 夢を視ている最中に「これは夢だな」と判るときがある。

 その自覚があり、さらに夢の中で自分の行動をある程度コントロールできるものを明晰夢というが、今の早坂透は自分の行動をコントロールできなかった。


 単に、これは夢だなと判るだけ。


 宇宙空間の真ん中に放り出されたような場所。地面の感覚がなく、前後左右が不明瞭で、ものすごく遠くで無数の光が瞬いているのに、身近な周囲にはなにもない。


 光があるのに、真っ暗。


 そんな中を漂っていると、不意に光球が現れた。

 ボールというほど固体感はなく、光の塊、くらいのイメージ。

 大きさは、人間の頭ほどか、もう少しだけ小さいかも知れない。


 ああ――これは『俺』だな、と透は思った。

 特に理屈はない。手の甲に視線をやればそこにあるのが自分の手だと判るし、枕元で聞き慣れたアラームが鳴っていれば自分の携帯端末だと判る。いや、理解や判断というより、知っている、と表現すべきか。


 とにかく、眼前にある光の塊が、自分であることを疑えない。

 知っている――という感覚。


 光は白と橙の中間くらいに発色し、発光しながら、ゆらゆらと揺れている。固体というよりは気体のようで、手を突っ込んでも掴めなさそうだ。


 その光が、いきなり半分、


「……は?」


 でかい包丁でスイカを真っ二つにしたような感じで、光の左半分が消失した。

 半月みたいな光が……今度は日食が終わるように光を取り戻していく……のだが、橙色だったはずが、青白い光になった。

 ちょうど真ん中から、二色に分かれた光の球。


 

 理屈もなにもなく、ただそう感じた。


「……いや、ちょっと待て。おい、おいおいおい……!」


 それで終わりかと思ったら、元の橙色の側が、端の方から赤く染まっていく。夕焼けの赤というよりは、血を想わせるスカーレットに。


 そうして――半分が青白、もう半分が深紅の光球になった。


「……いや、でも……これは……『俺』だな」


 そう思った。

 やはり理解や判断ではなく、既知という感覚に近い。

 これが自分なのだと知っている。


 元の色は、もうなくなっているのに。

 それでも――これが『早坂透』なのだ。



◇◇◇



 という夢を視ていた気はするが、目を覚ました透が真っ先に確認したのは、自分が生きているか死んでいるか、ということだった。


 手足は無事で、心臓も動いている。ひとまず身体に異常はナシ。

 場所は、例の『幻影壁』を抜けた先の部屋のまま。


 もしかすると黒オーガは『幻影壁』を通り抜けられなかったのかも知れない、と思いながら部屋の入口側を見ると、誰かがいた。


 白に近い金髪の女だ。


 西洋風の出で立ちで、胸や肩、脛や脚に青白い軽鎧を取りつけており、膝立ちで部屋の入口側を見ている。

 背はあまり大きくないようで、身長百七十四センチの透よりも頭ひとつくらいは低そうに見えた。鎧を着ていても判るくらいには身体の線が細く、白金色の髪は首の後ろあたりで素っ気なく括っているだけ。

 そして――透が抜いた西洋剣を、ごく当然のように握っている。


「ああ、目が覚めたんだね。気分はどうだい?」


 振り返って透を一瞥した彼女は、にこりと人懐っこい笑みを見せた。

 人に親切をするのが当たり前、そういう人格がにじみ出るような微笑。


「……気分……つーか……あんたは……?」


 警戒すべきか否かも判断できず、目を覚まして身体の異常を確認したままの姿勢で透は問いに問いを返す。


「ボクはティア。キミが抜いた聖剣『ライトブリンガー』に取り憑いていた霊みたいなものだよ。今はこうして受肉しているけどね」


 ちょっと照れたふうに言う。

 そこいらのアイドルよりも可愛らしい表情と態度だったが、そんなことよりも、彼女の言葉の方がはるかに重要だった。


? で、それに取り憑いていた霊……?」


「ライトブリンガーは、これのことだよ」


 キミが引き抜いたんだろ、と軽鎧の女――ティアは言って、握っている西洋剣を掲げて見せた。刀身一メートルはあるはずなのに、木の棒でも扱うような仕草だ。


「……霊みたいなもの、っていうのは?」


「うん。ちょっと照れるけど……どうやらライトブリンガーにボクの記憶や思念や魂がこびりついていたみたいでさ。たぶん、この剣が所有者の魂と接続するせいだと思うんだけど……ボクも驚いてるんだ」


 えへへ、と言葉通りに照れ笑いするティアだったが、やはり聞き捨てならない。

 透は立ち上がり、何度か頭を振ってから、さらに問いを重ねる。


「いや、いやいや――ちょっと待て。あんたの記憶やら思念やら魂やらがこびりついていた? 魂と接続する武器? 神話級ミシカル代物アイテムだろ、それは」


 世界融合後にいくつか発見された伝説級レジェンダリーのアイテム。


 たとえば、着けるだけで自由に空を飛べるようになる指輪。

 所有者と周囲の魔力を喰い尽くして山を穿つような砲撃を放つ魔杖。

 使い手の魔力を引き上げ、刃に雷を纏わせる剣。

 ノーコストで指定空間同士の転移を実現する装置。


 それらを越える神話級のアイテムは、現在確認されているのはふたつだけ、とされている。透が中学生のときの教科書の内容がまだ更新されていないのなら、今もまだ新たには見つかっていないはずだ。


 ひとつは、世界融合の際に出現したアトランティス大陸のエルフが所有している結界発生装置の核。

 ひとつは、二千年代初頭に連鎖した『迷宮暴走』の魔物を片っ端から殺したというS級探索者の持つ『神槍』。


 生物の魂に干渉するような魔法、魔道具、呪具などは現在発見されておらず、仮にティアの言うことが本当だとすれば、ライトブリンガーは神話級の効果を秘めた剣ということになる。


 魂への直接干渉は、不可能。

 中学で習ったし、その通説は今も破られていない。


 他人の魂を最も簡単に汚すには、集団でいじめを行うのが手っ取り早い。しかしこれは他者からの干渉ではなく、いじめを受けた当人が自分の魂を変質させているのではないか――というのも、また通説である。


「うん、そうかも。精霊が星屑を集めて、それを古竜が呑み込んで、古竜の体内で鍛えられて生まれた聖剣だからね。所有者の魂と接続して、所有者以外の使用を拒む。そりゃあ、人知を超えてるよ」


 やや自慢げに微笑むティアである。

 が、美人の笑顔など、今の透にはどうでもよかった。


 はぁ、と息を吐き、右手で顔を覆ってから、考える。

 とにかく――聖剣ライトブリンガーがであるかは、ひとまず棚上げ。ティアが実際には何者であるか、という点も一旦は置いておく。


「……まずは、脱出だよな……」


 金髪の女剣士をまるっと無視する形で、透はポケットから携帯端末を取り出し、配信を確認するが、そもそもネットに接続できない。

 迷宮はあまりにも広大なので電波を届かせられず、地上においても様々な魔道具によって電波が妨げられてしまうらしく、現代では魔導通信が一般的になっている。

 現代においてはバッテリーといえば蓄電池ではなく、魔力充填装置であり、透がせっせと集めているような『魔核』が原材料となっている。


 ともあれ、魔導通信が通じていないということは……端末が壊れているか、スガイダンジョンに設置されている中継器から離れすぎているかだ。

 念のためにと透はボディカメラをチェックしてみるが、こちらは動作不良。例の黒オーガの攻撃で壊れた……わけでは、たぶんないだろう。直撃をもらっていたら、カメラより先に透がお亡くなりになっている。


「ねえ、なにしてるの?」


 他意なさそうに首を傾げるティア。ふと彼女が持つ聖剣の刀身が目に入るが、鈍い鉄色のそれは、なんというか……あまり斬れそうにない。


「現状の把握に努めてる。こっちも訊いていいか?」


「もちろん。ボクに答えられることならね」


 当然とばかりに頷く彼女は、とにかく最初から友好的だ。混乱の局地にある透に対話を無理強いせず、黙って待つこともしてくれた。

 善いやつ、なのだろう。

 これで実は性悪なのを隠しているのだとしたら、透は人間不信のギアを一段階上げねばならなくなる。あまりそのギアを上げて生きていたくはないので、ティアの善性が嘘でないのを願うばかりだったが、さておき。


「その剣、ライトブリンガー。刃がないように見える」


 刀身は――西洋剣なのでブレードというべきか――鈍い鉄色で、一見して鉛のようだ。遠目からでも刃付けされていないのが判る。

 もちろん長さ一メートルほどの鉄でぶっ叩けばそれなりの威力はあるだろう。透が愛用していた鉄筋鈍器がそうであるように。

 しかし神話級の、ティアが言うには星屑を古竜の体内で鍛えたとかいう武器が、単なる鈍器であるとは思えない。


「ああ、これかい? もちろん斬撃の際には魔力刃を発生させるんだけど、そもそもライトブリンガーは斬撃特化の武器じゃないからね。不死、霊、邪、悪魔、魔法生物――そういった邪悪に対する特効が本領なんだ」


 ふふん、と自慢げに剣を掲げる。

 真偽は不明だが、嘘を吐いているようにも思えなかった。


「あー……まあ、ひとまずいいや。次の質問だ。あんた、剣に取り憑いていた霊とか言ってたけど、実態があるように見える。剣も持ってるし」


「それはね、受肉してるからだよ。これは見てもらった方が早いだろうから、実演してみせるよ。よく見ててね」


 言って、ティアは透に剣を見せつけるように掲げた状態で、消えた。

 文字通りに――した。


 ガンッ、と剣がやたら重そうな音を立てて床に落ちる。


「……消えた、な」


「うん。こんなふうに再受肉することもできるよ」


 斜め後ろから声が聞こえ、思わず振り向きながら一歩飛び退いてしまう。

 申し訳なさそうに苦笑するティアの表情には、きちんと血が通っているように見えた。探索者の配信で見るような『悪霊』系の、なんというか、世界と相容れない雰囲気が全くないのだ。

 人の善さそうな、ちょっと少年っぽさのある、若い女だ。


 一歩飛び退いた位置で固まる透を尻目に、ティアは鎧擦れの音を立てずに歩き、床に落とした聖剣を拾い上げ、やや複雑そうな眼差しを聖剣へ向ける。


「ライトブリンガーは所有者の魂に接続する。悪魔や邪霊を討ち払う特性は、剣そのものに宿る聖属性もあるけれど、物質世界の外側、精神世界に干渉する力を有しているから。現界している悪魔の外体ではなく、その悪魔の本質、アストラル体を叩く、そんな聖剣。これは、所有者の魂と接続しているからこその特性なんだ」


「……いや、ちょっとよく判らない。アストラル体?」


「まあ、細かいところは必要があればおいおい教えるよ。とにかくライトブリンガーは、キミを所有者として設定したらしい」


「所有者以外の使用を拒むとか言ってなかったか?」


「ボクもまた聖剣の一部ってことなんだろうね。剣に取り憑いた霊、なんて言い方をしたけど、たぶん、ボクの魂の一部がライトブリンガーに残留してたんだ」


 また、あの申し訳なさそうな苦笑。

 それからティアは慣れきった手捌きで聖剣をぐるりと回し、鍔に取り付けられている金具を鎧の背中部分に引っかけ、剣を背負った。

 絶対重いはずなのに、重さを全く想像させない軽やかな動作。


「ねえ、キミ。名前を教えてくれないかな?」


 微笑みながら言うティアの、その声音の中に、何処か祈るような響きがあった。

 気のせい、かも知れない。

 だが、そんな気がしたのは、確かだ。


「早坂透。ハヤサカが家名で、トオルが名前。迷宮に入るときはトールって名乗ることにしてる」


「じゃあ、ボクはキミのことをトールと呼ぶよ」


「好きにしてくれ」


「改めて――ボクはティア。聖剣ライトブリンガーの、前の所有者だった。今は、キミの魂を利用して世界に受肉している、聖剣に取り憑いたオバケってところかな」


「…………」


 驚いた――というよりは、

 そう、知っていた、という感覚だ。


 俺の半分を切り裂いて、青白く輝いていたのが――ティアなのだ。

 聖剣の担い手に相応しい、清浄な輝き。


「……あれ、ちょっと待て。もう一本は何処に行った?」


 魂の半分をティアが使っているとして。

 元の半分を深紅に染め上げたのは、もう一本の刀ということになる。


「うーん……あれさ、刀剣っていうか、呪具だよ。刀の形をした呪物だね。アレはアレで魂に喰い込んでるはずだから、たぶん、取り出せると思うよ」


 ちょっと嫌そうに言うティア。

 どういう意味だ、とは、透は問い返さなかった。


 何故なら――そう、知っている、という感覚があったから。





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