第二話




 迷宮の近くには役所が設置されている。

 ダンジョン――迷宮が国の管理下に置かれている以上は、管理をする機構システムが必要になり、管理する人員が必要になるので、当然と言えば当然だ。


 活気のある迷宮なんかだと併設施設である役所は探索者から『ギルド』なんて呼ばれているらしいが、トールには意味が判らない。

 普通に、役所だ。

 町内の郵便局くらいに狭いが、窓口があり、部署があり、公務員がいる。


 トール――早坂透が掃除屋の仕事に就いてから、スガイダンジョン支所の役人は変わっていない。地域一帯を担当している課長は滅多におらず、一度しか見かけたことがない。後はやる気のない職員が三名。うち二人はまず見かけない。

 残った一名が、主に透の相手をしている。


「どーも。トールっす」


 やる気のなさでは他人のことを言えた義理でもない透は、寝起き五分後のような調子で支所の受付へ向かい、三年間変わらない事務員へ声をかけた。


「はい。今日は早いですね。サボりですか?」


 暇つぶしなのか携帯端末でなにかの配信を――無論、トールの迷宮清掃配信ではない――視聴していたらしい事務員の河合かわい咲穂さきほが、無感動に言う。

 一見すれば仕事のできそうな雰囲気の女性だが、透は彼女がやる気や有能さを発揮したところを見たことがない。


「三層の途中で異音を感じたんで、報告がてら戻って来ました。こっちの体調の問題かも知れないっすけど、とにかく、きーん……みたいな、耳鳴りみたいな音がしました。配信の四時間三十二分あたりからです」


「へぇ。お疲れ様です」


 一切の興味を示さず、河合は言った。

 三年越しのつき合いになるが、多少の親切心を見せてくれたのは出会って五回ほどで、あとは底辺掃除屋に対する当然の見下しをプレゼントされるのみ。


 何度か仕事ぶりに文句を言われたことがあり、実際に魔物掃除をしている証拠を残すために配信をすることになったのだが、これは何度か活用できた。

 何故かは判らないが「魔物の討伐数をごまかしている」と言いがかりをつけられ、証拠となる配信を示すことで発言を撤回させたことがある。そのときの河合はひどく理不尽な目に遭った、というような顔をしていたが、それは透の科白せりふだ。


 なんだって底辺掃除屋が迷宮の上層で毎日真面目に雑魚モンスターを狩り続けていたら文句を言われなくてはならないのだ。


 というわけで、最初から親身な相談など当てにしていなかった透ではあるが、報告したという体裁はとっておく必要があった。なにかあったときに気軽に責任を押しつけられる相手として、早坂透は便利なのだから。


「一応、報告はしたっすから。じゃあ、後はいつも通り『魔核』の買い取り、お願いします。配信道具一式は返却しておきますんで」


 言って、米粒大の『魔核』が詰まった腰袋をカウンターへ置く。河合は道端のゴミでも眺めるような顔をしてそれを見てから、じろりと透を睨んだ。


「いつも言ってますけど、早坂さんの討伐数、おかしいんですよね。D級未満のはずでしょう? どう考えてもD級以上の討伐数と速度ですよ。不正してません?」


「してない証拠は何度も出してますが」


「そうでしたっけ。覚えてませんね」


 澄まし顔で言い張るその神経が、透には理解できない。

 おそらくだが、なにか気に入らないことがあってそれを透にぶつけているのだとは思う。たとえば、こんな掃除屋以外に誰も入らない迷宮の支所に配属されてしまったこととか、それが三年も続いていることとか。

 せっかく公務員試験に合格して、迷宮関係の職に就けたというのに、担当するのが探索終了済みのD級ダンジョン。おまけに異動の気配もないとくれば気持ちが腐っても、まあ仕方がないのかも知れない。


 しかしどのような心境であれ、冤罪をかけられる透としてはたまったものではない。見下されるのは慣れているが、罪を捏造されるのは別の話だ。


 掃除屋は、確かに迷宮関係者の中では底辺だろう。

 華々しい活躍なんか望むべくもない。


 剣を振り、魔法を放ち、竜種の息吹ブレスをすり抜けて首を落とす、オーガの一撃を真正面から受け止める……そんな探索者に、透はなれなかった。

 両親が死んでから三年、束ねた鉄筋で雑魚モンスターを殴り続けているだけ。米粒みたいな『魔核』を拾い集め、寿司二貫ほど集めては役所に提出する毎日。


 だが――まともに税金を払い、生活をして社会にわずかながらも金を落とし、掃除屋をして迷宮の『暴走』を防ぐという社会貢献までしている。


 誰に文句を言われる筋合いもないはずだ。

 自慢して歩くつもりはないが、申し訳なさそうに生きる道理もない。


「じゃあ、報告はしましたし、今日の仕事は終わりました。お疲れっす」


 言って踵を返す透に、河合は返事もしなかった。

 ちらりと振り返ってみれば、携帯端末で配信を観る仕事に戻っている。


 別にいいけれど。



◇◇◇



 軽自動車で自宅のオンボロアパートまで戻り、いつもより帰宅時間が早かったので、個人端末を起動して迷宮配信のチャンネルを確認することに。


 最大手の動画配信サイトにわざわざ透が自分でアカウントをつくり、チャンネルを開設して、二年半に渡って代わり映えのない清掃業務の様子を垂れ流している。

 もちろん登録者など一桁しかおらず――むしろ何処の誰が登録しているのか、完全に謎だ――ほとんど全ての配信アーカイブは再生されることもない。

 ごく稀にコメントがつくことがあるので義務的に返信するか、スパムであれば削除する、程度の管理しかしていない。


 今日も代わり映えなし。

 やれやれと溜息を吐き、せっかく端末を開いたからと配信サイトがオススメしてくる動画を適当に開いてみた。


〈どうもー! A級冒険者クラン『アンセム』の斉藤さいとう恵美めぐみです! 次回の探索は××県のB級ダンジョンに潜ることになりました!〉


 透と同い年くらいの女の子が、画面に向かって輝くような笑顔を見せる。

 テレビでもよく見る顔だ。ダンジョン探索の配信をしているグループで、メインメンバーは全員A級以上。

 おまけに全員が女性で、全員が美人という、神に贔屓された集団だ。


 どうやら県からの要請らしく、しばらく探索の滞っているB級ダンジョンの下層まで潜って攻略を進めて欲しいというものらしかった。透がやっている掃除屋とは、たぶん天と地ほど違う額が動いているだろう。


〈今は県庁所在地のホテルに泊まらせてもらってるんですけど、ホントに食べ物が美味しくて、アイリなんて太っちゃいそうとか言ってて――あっ、今の使わないでよ? え、駄目? あはは……えっと、とにかく美味しかったです!〉


 カメラを向けている撮影者とも仲がいいらしく、A級アイドル探索者は楽しそうな笑顔を見せていた。誰がどうみても『人生に大きな不満はない』と判断する、そういう表情であり、話し方だ。


 端的に言えば、輝いている。


「……あー、××県って、ここじゃんか。B級ダンジョンって、たぶんスガイダンジョンから結構近い位置だな……カミオカダンジョンだっけな……」


 とはいえ、動画上の斉藤恵美が言う「次回」が具体的にいつのことかは判らない。普通に考えればとっくに動画は撮り終わっている、ということになるが、もしかすると迷宮探索ライブ配信をする予定かも知れない。


 が、いずれにせよ、透にとっては遠い世界の話である。


 彼女たちは恵まれた運と才能と実力で、光の下を歩いて行くだろう。あれだけメディア露出の激しい探索者が、無理な探索に乗り出すことも普通に考えればない。十分な安全マージンを取り、それでも常人には到達不可能な深層まで辿り着いて、さまざまな恩恵を人類にもたらしてくれるはずだ。


「まあ、ご安全に、がんばってくれよな」


 皮肉めいた科白がうっかり口をいて出たが、本心ではある。

 あまりにも眩しく、自分と違いすぎる彼女たちに嫉妬のような気持ちが一切ないといえば嘘になるだろうが――しかし、彼女たちの破滅を見たいわけではないのだ。知らない場所で、ずっと輝いていればいい。


 積極的に祝福こそしないが、恨みもしない。

 底辺の自分がそれをやったら終わりだ、と透は思う。


「やれやれ」


 わざわざ口に出して嘆息し、冷蔵庫の中を漁って晩飯をつくることにした。さして趣味もない成人男性が一人暮らしも長くなれば、なんとなく料理に手を出してしまうものだ。今時は配信サイトを眺めればシェフがつくり方を教えてくれる。


「今日は、お隣さんは……出勤じゃねーみたいだな……」


 壁越しの生活音を耳にし、パスタを食べながら独りごちる。それから、さして興味があるわけでもないテレビを点けて、だらだらと時間を過ごし、眠気が来る前にシャワーを浴びて、明日の分の作業着を用意して、ベッドに転がる。


 これが、早坂透の日常だった。

 ――この日までは。





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