第十二話 超絶目立ちまくり作戦

 宿場町を半ば逃げるように後にしてから一時間、一行は森の中の開けた場所で、重苦しい沈黙に包まれていた。

 アイリスは、天を仰いでいた。

 もう、何度目になるか分からないため息を、心の底から絞り出す。

 その隣では、元・魔王軍幹部のギルが、巨体を正座させて、深く、深く頭を垂れていた。

「姉御…。まことに、申し訳ありやせんでした…。このギル、姉御との鉄の掟を破り、パーティーを危機に晒しやした。いかなる罰でも、謹んでお受けしやす…!」

「…いや、ギル殿。あなたを責めているわけでは…」

 彼の忠誠心が引き起こした事故だ。

 悪意がなかったことは、痛いほど分かる。

 分かるからこそ、どうしようもなく、頭が痛い。

(神様…。隠密行動は、完全に失敗しました。あなたの言う「プランB」とは、いったい何なのでしょうか…!? このままでは、次の町どころか、村一つ越えることさえできません…!)

 彼女が悲痛な祈りを捧げると、脳内に、待ってましたとばかりにノクトの声が響いた。

『…状況は全て把握している』

 その声は、呆れと、疲労と、そしてほんの少しの楽しそうな響きが混じっていた。

『プランA、「隠密行動」は、お前たちのせいで見事に失敗した。ギルのスペックと、パーティーメンバーの知能指数を、俺が完全に見誤っていた。これは俺のミスだ』

(神様が、ご自分の非を認めていらっしゃる…!)

 アイリスがわずかに感動していると、ノクトは衝撃的な言葉を続けた。

『ならば、発想を百八十度、逆転させる。これよりプランB、「超絶目立ちまくり作戦」に移行する』

「…………はい?」

 アイリスは、思わず素っ頓狂な声を上げた。

(目立ちまくる…!? どういうことです!?)

『いいか、新人。なぜ、お前たちは怪しまれた? 「聖女一行と、やけにデカい、素性の知れない商人」。そこに、物語コンテクストがないからだ。人間という生き物は、理解できないものを警戒し、排除しようとする』

 ノクトの思考は、まるでゲームの攻略法を語るように、滑らかに続く。

『だから、こちらから物語を与えてやるのだ。誰もが納得し、熱狂し、疑うことすら忘れてしまうような、最高にくだらなくて、最高に面白い物語をな』

 ノクトは、そこで一度言葉を切ると、彼の新たな計画の全貌を、アイリスの脳内に叩き込んだ。

『これより、お前たちは冒険者パーティーではない。「奇跡の聖女アイリスと、不思議な仲間たち一座」と名乗る、旅の芸人一座だ』


「……というわけだ」

 数分後。アイリスは、神から授かった作戦の概要を、死んだ魚のような目で、仲間たちに説明していた。

「…は?」

 最初に口を開いたのは、テオだった。

「大道芸人一座、だと? 俺たちが?」

「はい…。私が、聖なる力で人々を癒す、奇跡の聖女役…。ギル殿が、その怪力で観客を魅了する、怪力男『ジャイルズ』役…」

「なんと! 俺が、姉御の舞台の出し物に!」

 ギルは、目を輝かせている。

「ジーロス殿は、光の魔法で舞台を演出する、総合プロデューサー兼、特殊効果役…」

「フッ…! 僕のアートを、ついに民衆に披露する時が来たというわけか! 悪くない!」

 ジーロスも、満更ではないようだ。

「シルフィ殿は…ええと…矢でリンゴを射抜く、凄腕の射手役…」

「わ、私が、ですか…?」

「そして、テオ殿が、観客を集め、ショーを盛り上げ、そして…おひねり寄付金を集める、口上の達人役です」

「…なに?」

 テオの目の色が変わった。

「寄付金だと…? それはつまり、合法的に民衆から金を巻き上げられる、ということか…?」

「人聞きが悪いですが、まあ、そういうことです」

「…面白い! 乗った! その話、乗ったぜ!」

 仲間たちは、それぞれの欲望を刺激され、あっという間にその気になっていた。

 ただ一人、アイリスを除いて。

(大道芸など…! 騎士の、それも聖女と呼ばれるようになった私が、見世物になるなど…! 誇りが…!)

 彼女が内心で葛藤していると、ノクトの冷たい声が響いた。

『お前の誇りと、俺の安眠と、どちらが重要だ? 議論の余地はない。これは決定事項だ。リハーサルを始める』


 それからの一時間は、地獄だった。

「ノン! 聖女の奇跡を演出するには、もっと神々しい光が必要だ!」

「シルフィ殿、的はあちらです! 私ではありません!」

「ギル殿、その岩は大きすぎます!」

「よーし! 聖女様のありがたい奇跡だよ! さあ、銭を出しな!」

 アイリスは、ノクトの遠隔指示と、仲間たちの自己主張の板挟みになり、心身ともに削られていった。


 そして、一行は次の村へとたどり着いた。

 村人たちは、例の「熊殺しの一族」の噂を聞いて、遠巻きに、警戒しながら一行を見つめている。

 その視線が集まる村の中央広場で、テオが木箱の上に飛び乗った。

「さあさあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 我こそは、奇跡の聖女アイリス様の一番弟子、語り部のテオ! これより、皆様に、神の御業を、ほんの少しだけお見せいたしましょう!」

 胡散臭い口上に、村人たちが、半信半疑で集まってくる。

 その瞬間、ジーロスが指を鳴らした。

 広場に、スポットライトのような、荘厳な光が差し込む。

「おお…!」

 村人から、どよめきが上がる。

 光の中心に、アイリスが立つ。

 彼女は、ノクトの指示通り、腰の痛みを訴える老婆の前にひざまずいた。

『新人、いつもの回復魔法ヒールだ。ただし、詠唱は可能な限り、もったいぶって、ゆっくりやれ』

 アイリスが、ゆっくりと呪文を唱えると、彼女の手から放たれた優しい光が、老婆を包み込む。

 もちろん、ジーロスの光の演出特殊効果付きで。

「…あ、ああ…! 腰の痛みが…消えた…!」

「おお、奇跡だ!」

「聖女様だ!」

 最初の奇跡は、大成功に終わった。

 次に、ギルが、道の轍にはまって動けなくなっていた荷馬車の前に立つ。

「うおおおお!」

 彼は雄叫び一つで、荷馬車を軽々と持ち上げ、道の中央へと戻してみせた。

「すげえ!」

「なんて力持ちなんだ!」

 村人たちの興奮は、最高潮に達する。

「とどめだ!」と、テオが叫ぶ。

 シルフィが、震える手で矢をつがえる。

 シルフィの放った矢は、ひらひらと落ちてくる木の葉の、ど真ん中を正確に射抜いた。

 ジーロスの光が、それをキラリと照らし出す。

 一瞬の静寂の後、村は、割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。


 ショーが終わる頃には、村人たちは、すっかり一行のファンになっていた。

 テオの持つ寄付袋は銀貨と銅貨でずっしりと重くなり、腕にはパンや果物が抱えられている。

 誰も、ギルの正体を怪しむ者はいなかった。

 彼は、「一座のすごい力持ち」として、すっかり人気者だ。

 アイリスは、村人たちから「ありがとう、聖女様!」と涙ながらに感謝され、戸惑いながらも、胸の中に、今まで感じたことのない温かい気持ちが広がるのを感じていた。


 その全てを、ノクトは水盤越しに眺めていた。

(…やはり、人間の注意力など、派手なエンターテイメントの前では無力。これで王都までの道中は安泰か)

 彼は、小さくガッツポーズをした。

(しかし、面倒くささはプランAの比ではなかったな。やはり、追加報酬ポテチ一年分は、兄上にきっちり請求しよう…)

 彼の不本意なプロデューサー業は、まだ始まったばかりだった。

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