第2話 入れ替わった彼女は行方不明
俺は茫然自失、しばし混沌の坩堝の中にいたが、
人間の適応力たるや素晴らしいもので、ややもすると気持ちが落ち着いてきた。
なるほど、大体わかったぞ。
彼女は俺よりだいぶ早く気絶から覚めて、俺の身体になって慌てたに違いない。
そして変な風に冷静になって、俺の身体で生きることを受け入れて、
俺の服と荷物を身につけて出て行ったのだ。
でも、今ならもっと落ち着いたろうから、元に戻る方法を探る話し合いができるはず。
(よし、俺のスマホに連絡をして彼女に出てもらおう)
と思って、ふととんでもないことに気がついた。
や、やばい……俺の番号とメールアドレスってなんだっけ。
俺は自分がつくづく情けなくなった。
忘れてもすぐにそれこそスマホで確認できる便利な世の中にも困ったもんだ。
これ、彼女側も同じように忘れてたら、連絡取れないじゃねーか。
でも、彼女は俺の荷物を持って行ったのなら、保険証で俺の住所も見ているはずだから、
きっと今はこんなに夜も遅いし、きっと俺の部屋にいるだろう。
彼女の財布でホテルの支払いを終えて自分の部屋に向かう。
よかった、やっぱり泥棒じゃなくて、本当に俺のこと……好きだったんだ。
ホテルから自宅までは20分と、そう遠くはないので歩きで楽勝だ。
と思っていたが、この身体ではそれが並々ならず難しいことにすぐに気がついた。
まず、ヒールで歩くのが難しい。
足の裏が斜めになっているぶん、平衡感覚がおかしく、ちゃんと歩けているのかどうか。
そして、すれ違う男たちの舐め回すような視線が恐怖だった。
でも、触られでもしない限りは、俺は彼らを責める気になれなかった。
こうも男の本能に刺さる美人が、こんな格好をしているのだ。
俺もきっとあんな目で彼女を見ていたのだろう……
やっとの思いで見覚えのある部屋に辿り着き、チャイムを鳴らす。
しかし、何度連打しても、部屋からはなんの音沙汰もなかった。
なんだ……? じゃあ彼女はどこに行ったんだ、それとも眠ってしまったのか……?
首を傾げていると、見かねて隣の部屋の人が出てきた。
50歳ぐらいの恰幅のいいおばさまだ。
「江波さんでしたら、つい1時間ぐらい前に、トランク持って出ていきましたよ」
「えっ!」
何故だ?
そんなに俺の部屋がお気に召さなかったのか?
……そうだよな、かなり汚くしてたもんなあ……
あんな清潔そうな美人なら、一時も居たくないと思っても無理はない……
「こんな夜中にそんなに慌てて、江波さんとどういうご関係なんですか?」
「あっ、あのっ、えっと……わ、私、江波さんの彼女なんです!
で、今日喧嘩しちゃって……でも後悔して、すぐにでも話し合いたくて……」
俺がこう言うと、おばさまの警戒心は一気に溶けて、寧ろ同情的な表情になった。
「なるほどねえ。こんな可愛い彼女さんがいるなんて、江波さんも隅に置けないねえ」
本当に彼女だったらどんなによかったことか……
「まあ、喧嘩でカーッとなって、貴女の顔も見たくないってなって
ちょっと荷物持ってホテルかどこかにでも行っただけでしょう。
でも冷静になればきっと後悔して、話し合いぐらいはしたくなるはずよ。
帰ってきたら教えてあげるから、連絡先教えてくれる?」
そんな理由で出て行くわけがなく、真実は不明なのだが、連絡はあった方がありがたい。
そこで、俺は彼女のスマホで、速攻で新しいフリーメールを作った。
彼女のスマホだから指紋認証は余裕だ。
……しかし、若い女の子に似合わず、アプリの少ないスマホだな。
親切なおばさまと別れ、公園のベンチに腰を落ち着ける。
連絡が来るまでは、俺はこの美女として過ごすことになる。
となると、まずは彼女がどこの誰なのかを突き止めなくては。
俺はまず、彼女の財布のカード類を全て引っ張り出した。
しかし、保険証、免許証などといった身分を証明するものは一切見つからなかった。
次にスマホをいじってみて、俺は腰を抜かした。
アプリが少な過ぎるのは、まあ、そういう人だからで済むが、
住所録や、通話・メール歴まで真っ白とはどういうことだ。
世の中には、本当にインターネットサイトを楽しむだけの道具としてのみ
スマホを使う者もいるのだろうか。
参ったぞ……これでは彼女を知る手掛かりが全くないじゃないか。
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