to give light upon the earth
わずかに痛む頭を振って、なんとか目を覚ます。石畳を踏んでいたはずの蹄鉄の音は、私が眠っているあいだにやわらかく沈み込む音へ変わっていた。向かいに座っている男が、窓の外から私のほうへ視線を移す。「起きたんだ」
「きみが寝てるあいだに、結構近くまで来たよ。どんな夢みてたの?」
「……おまえと会ったときの夢」
「オレの夢? 嬉しいな。あのときのシェリー、可愛かったもんね」
「馬鹿を言わないで」
私がそれ以上罵る前に、御者が馬車を停めた。私は彼がドアを開けてくれるのを待ち、彼の手を借りて馬車を降りる。二頭立てのタウン・コーチには、悪魔である彼のために、十字架の意匠がない。魔女である私が十字架を首からさげることもない。しかし、馬車がたどり着いた場所には、そこかしこに十字架があしらわれている。
湿った風が肌を撫でる。空は今にも降り出しそうな重々しい曇天で、歓迎されていないように感じられた。そんな感傷的な受け取り方をするのは、少し繊細すぎるけれど。
「ルシオ」
私は彼を呼んだ。彼は面倒そうに返事をして、瞬きのあいだに
私は鉄の門扉を開いて、聖マルガリータ女子修道院へと足を踏み入れる。
ゲートハウスには年老いた女性が座っていて、私を見るなり眼鏡をかけた。私は彼女がただの修道女なのか、修道院長なのか測りかねて、声をかけることにした。「こんにちは」
「シャロン・アークライトです。ロンドンから来ました」
「あら。こんにちは、ようこそ」
彼女は少し待っていてと言い残して、ゲートハウスを出ていく。修道院長を呼んできてくれるのだろう。私はお言葉に甘えて、彼女を待たせてもらうことにした。ゲートハウスのなかは綺麗に整頓されている。私は先ほどまで修道女が座っていた椅子に座らせてもらうことにし、内装を眺めた。石造りの古い建物に、現代風の椅子が置かれている。机の上には編み物をしていた痕が見え、彼女はあらゆる仕事から追われてここに流されたのだろうと思われた。あれだけ歳をとっていれば、畑仕事も炊事も洗濯も、使い物にはならないだろう。節々が悲鳴を上げる老体に鞭を打って働かせるほど、ここは貧しくないのかもしれない。裕福な修道院では使用人を雇っている例もある。
私は膝に乗せていたトランクを床に置き、二人分の足音に耳を傾けた。引き締まった、厳しそうな足のはこびと、それを追いかける靴の音。何やら話し声も届いてくる。
修道院は基本的に厳格だが、ここでは最低限の規則しか守られていないと聞く。静寂を守るべしと定められていても、談話室以外での自由な会話が許されているのだから、このゆるい雰囲気がよくわかる。ゆるい、というか、規則を守っている余裕もないのだろう。
なにせ、ここでは毎月誰かが死んでいるのだから。
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