ギャル探📱🔍エラちゃん💖🕵️‍♀️

ハナノネ

――ギャル。

Girl。つまり若い女の子。

刑事として働いていると、毎日いろんな人と会う。老人もいれば、青年もいる。もちろん若い女の子だって。それなりに接してきたつもりだ。付き合ったことがあるかって?それは余計なお世話。

だけど、あの娘は違った。僕が今まで会った誰とも似ていない。一番エキセントリックで、アバンギャルドで……キュートアグレッション? 頭の中に横文字ばかり浮かぶ。これも、きっとあの娘の……あの探偵のせいだ。

〈長野県警捜査一課 神谷真のひとり言〉


秋の軽井沢。紅葉が森を赤や黄色に染め上げ、山の空気は冷たく澄んでいる。その奥に建つのは、堂島家の豪華な別荘。二階建てのモダンな造りだが、木材の壁が山荘風の趣を残している。芝生の庭には数台の車が並び、その隅に「長野県警」と書かれたパトカーが静かに停まった。

ドアを開け、僕――神谷真(二十八歳)は外へ出る。細身で背はそこそこ、スーツに身を包んでいるものの、若造感は隠せない。ネクタイを直しながら――きっと気の進まない顔をしているだろう――別荘を見上げ、ため息をついた。

玄関をくぐり食堂に入ると、大きな窓から秋の光が差し込んでいた。明るいはずの空間なのに、集まった顔ぶれのせいか、空気は重苦しい。

テーブルの上座には堂島義久。六十二歳。康介の弟。恰幅の良い身体を濃紺のスーツで包み、金色の時計を輝かせている。口に放り込んだキャンディをぼりぼり砕く音が、神経質さと苛立ちを示していた。

その隣に、美恵子。五十九歳。義久の妻だ。宝石の指輪やネックレスをこれでもかと身に付け、黒いワンピースに羽織ったショールが派手さをさらに増している。長い指で細身の煙草を挟み、真紅の唇から吐き出す煙が部屋を曇らせていた。

対面に座るのは、黒瀬志保。三十八歳。地味なグレーのブラウスにロングスカート。飾り気はないが清潔感がある。表情は硬く、派手な義久夫妻と並ぶといっそう陰が際立って見えた。隣には娘の明日香。三歳。パステルカラーのワンピースを着て椅子にちょこんと座り、小さな手でクッキーをもそもそとねぶっている。

そして三田村健大。五十一歳。弁護士。濃紺のスーツを着こなし、胸には弁護士バッジ。腕の高級時計をちらつかせながら、余裕の笑みを浮かべている。人当たりは柔らかいが、その笑みは本心を隠す仮面にも見えた。

僕は椅子には座らず、部屋の隅に立ったまま、額の汗を拭いながら報告を始める。


「……また、新たな不審な車両や人物の目撃証言は上がっておりません。こちらは引き続き捜査を続けます」

僕の声だけが食堂に響く。義久は苛立たしげにキャンディを砕き、美恵子は煙草を吸っては白い煙を吐き出す。志保は煙を避けてハンカチで口元を覆い、明日香は無邪気に菓子を口へ運ぶ。三田村だけが余裕の笑みを崩さない。

「で、将のやつはまだ見つからんのか?」

説明に割って入り、義久の低い声が響く。

「申し訳ありません。そちらも目下全力を上げて捜索中でして……」

僕は頭を下げた。

「堂島の恥さらしめ。夜逃げに加えて人殺しとはな」

「まだ決まったわけでは……」

「決まりだろう? いくら借金取りに追われていても実の父親が殺されて顔を出さないとは」

「警察は二カ月も何をしてるのかしらね?」

美恵子の嫌味な笑み。煙草の先が赤く揺れ、唇の紅を照らした。

「申し訳ありません。捜査本部の人数を拡大して捜査にあたっていますので、必ず……!」

――針のむしろ。わかってはいたが、どうして上司が僕ひとりをここへ寄越したのか、今ならよくわかる。堂島家は近隣でも有名な資産家。その当主が殺されたのに犯人をいまだに捕まえられていないのだから。

ふと壁際の写真立てに目がいった。ゴルフ場での一枚。不愛想で無骨な顔の堂島康介――本事件の被害者。その隣で金歯を見せて笑っているのが息子の翔だ。堂島康介は60過ぎ、息子の翔も40歳近くだから、この写真はそれより少し若い。顔の造りこそ似ているが、表情は対照的な親子だった。

「……おい、聞いてるのか? そこの若いの、名前が思い出せん」

「神田さんでしょ?」

「神谷です……」

義久夫妻に僕は愛想笑いを浮かべた。若造扱いは仕方ないが、担当刑事の名前くらい覚えてほしい。

「結局なにか? こんな山の中の別荘まで人を集めておいて、何も進展がないと、そう言うのか? 貴様は」

人を集めて報告しろと言ったのはあなたじゃないか。心の中で反論しながらも、口から出たのはまたも「申し訳ありません」の一言だった。情けない。これでも国家権力か。いや、天下の公僕という言い方もあったな、などと思い出す。

「ところで三田村先生、将さんが見つからないと遺産はやっぱり相続できないんですか?」

「今ことを進めるのはおすすめできませんなあ」

美恵子の質問に、三田村はニコニコと笑って答える。

「先生、もし本当に将のやつが兄貴を殺していたとしたら……」

「遺産は受け取れません。その場合も配分が変わりますなあ。いやあ、困ったねえ」

三田村は笑顔で義久に答えを返す。相変わらず、本心の見えない笑いだ。

「やはり……まずは翔さんを捕まえてもらわなくてはね……警察に」

美恵子がそうつぶやくと同時に、義久が机を叩いた。

「無能過ぎる……俺の会社ならクビだぞ」

射抜くような義久の視線。その場にいる誰もが、義久の剣幕に黙ってしまう。

僕は心の中で叫んでいた。

 

――助けてぇ……誰でもいいから……。


そのとき、インターホンが鳴った。シャラランという軽い電子音。

「……インターホン?」

思わずつぶやく僕の横で、志保が立ち上がった。その立ち居振る舞いは整っていて、妙な芯の強さを感じさせる。

「見てきます」

彼女がキッチンに消え、しばらくして戻ってくる。キッチンにはインターホンの受話器があったはずだ。

「私の呼んだお客様でした。お通ししますね」

「ちょっと待って。誰か来るなんて聞いてないわよ?」

「はい。お伝えしてませんでしたので。でもご心配なく。今回の件で必要な方をお呼びしました」

美恵子と目を合わせる志保。その表情はすましたままだった。二人の間に緊張が走る。

黒瀬志保は堂島康介の元家政婦だ。けれど今の立場は、かなり微妙だ。その理由は……彼女の娘の明日香が目に入る。明日香は無邪気にクッキーを口へ運んでいる。三歳の子供の存在が、この張り詰めた空気の中でひどく異質に見えるが、この空気を作っている原因もまたこの幼子だ。


玄関の開く音がした。近づいてくる足音は二人分。志保と、客というやつだろう。

誰だか知らないが、頼むから、これ以上場をかき乱さないでほしい。僕の刑事生活に安寧を――その期待が崩れるまで十秒とかからなかった。食堂の扉が開く。

志保に続いて現れたのは、若い女の子だった。

……ギャル? と心の中で思わず言葉が浮かぶ。

キャラメル色のハンチング帽にマシュマロみたいなふわりとした服。キラキラの金髪の髪は、ツインテールの先でピンクのメッシュが混ざり、編み込みが肩まで伸びる。片手にはデコられまくったスマホ。じゃらじゃらとぬいぐるみがぶら下がったストラップが揺れる。派手なネイルが窓から差す秋の光を反射してきらめいた。

「ご紹介します。江野良探偵事務所の……」

「江野良エラでーす☆ 志保っちに正体されて来ちゃいました♡ うち、待ち合わせの時間は守るタイプなんだけど、思ったより時間かかっちゃった😢」

気のせいだろうか。彼女の言葉にいちいち絵文字のような記号が付いている気がする。いや、気のせいのはずだ。

エラと名乗るその少女は、空いている方の手でVサインを作り、くるっと回して一堂に向ける。ギャルピースだ。

しかも探偵事務所っていったか? つまりこの娘は……探偵なの、か?

みんな固まっている。場違いとかそういうレベルではなく、世界観が違う。僕の頭も理解を拒んでいる。

最初に言葉を発したのは美恵子だった。

「志保っち……知り合いを呼んだってわけ?」

「いえ、初対面です」

志保が静かに答える。なぜ初対面で彼女を見て、こうも落ち着いていられるのか。

「だってその方がかわいいじゃん~。あ、軽井沢到着記念! あ、あっちの窓、山きれいだしめっちゃ映えるね。あっちで撮ろ!」

エラは志保を窓際まで連れていく。そしてまたギャルピースを決めながら、スマホを掲げて志保と自撮りを始める。志保はスマホの前で微笑している。

僕は呆然とその光景を見ていた。

「依頼者に会えたよってお兄に連絡しなきゃ~。あ、お兄はうちの探偵事務所の所長やってま~す」

話ながら、スマホを高速でタップするエラ。キラキラのネイルなどお構いなしに、スマホの画面を二本の指が滑っていく。

「勝手に変な奴を呼び込むな! 貴様は康介のときといい……ふしだらな女だな」

義久が志保をなじる。志保は黙って睨み返すした。

「「うわ〜マジ空気ブレイカーいるんですけど。おじさん、キャンディより空気砕いてるし〜。志保っち守るのはウチだから安心して♡」

義久の迫力に全く動じていない。というか無視している? 義久は飴を奥歯で噛み砕き、手を震わせている。

このままではまずい。義久の怒りの沸点は低いうえに、この場では一番権力があるのだから。

「あの、警察としても、部外者に入られるのはちょっと……」

あわてて僕が口を挟むと、エラがこちらに近づいてきた。金とピンクの混ざったツインテールが揺れている。

「え、えっと……なに?」

「あんた、名前は?」

「神谷だけど」

「あのさあ、ウチ、今日の朝にいきなりお兄に軽井沢に行けって無茶ブリ! 行先だけ渡されて、電車とバスで四時間かけてきたの! それをすぐ帰れって鬼? 悪魔? ジェットジジイ?」

「ジェット……? いや、それは大変だったね……新幹線使えばもうちょっと早かったと思うよ」

顔が近い。……ちょっと、かわいいかも。それになんだか、オレンジみたいな香りがほのかにする。いやいや、そんなこと思ってる場合じゃない。

「お兄さん……所長さんは来られないんですか?」

志保が尋ねる。彼女としてもやはり予想外だったのだろう。

「なんか張り込みとかいって十二時間もクソ寒いのに突っ立ってたらしくて、風邪引いたの。まじ自営業社畜暮らしでありえない。ま、うちが話を聞いて、リアタイで連絡しとくんで、心配いらんし。あ!ここ電波二本じゃん。田舎だとほんとになるんだ! ねえ、この別荘ってWi-Fiある?」

かなり失礼なことを言いながら、エラは隙あらばスマホをいじっている。ちなみにWI-Fiはあるらしいが、ここにいる誰もパスワードを知らない。そして誰も彼女には教えないだろう。

「わかりました。よろしくお願いします。江野良さん」

志保は軽く礼をした。まじか、いいのか。

「エラちゃんでいいよ!」

「あの……では本当にこの娘を?」

志保の目がこちらを向く。決して怒っているわけではないが、何かを見抜くような、ゾッとする視線だ。これが一介の元家政婦の視線なのだろうか。

「今回の事件で進展がなくて困っているのは私も同じです。同席してもらい、何かわかれば助言をもらいたいと思っています」

「ああ……ハハ」


――それを言われると、何も言い返せないんだよなあ。

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