35日目 黒い染み 〜救済は請求に変わる〜

在庫表の数字が――揺れている。

水は2リットル表記のまま。塩も指折り数えられるほどには残っている。

なのに、帳面の端に黒い染みがじわりと広がっていた。


書いた覚えのない項目。

読めない文字列。

それなのに確かに「在庫」としてそこにある。


指を動かそうとした。

ぴくりとも動かない。

次に声を出そうとした。

喉から掠れた音しか漏れなかった。


「……これは、請求か」


記すことが、生きることそのものだった。

だが今、記す前に、帳の方が勝手に記していく。

自分の身体を、命を、代償として。


この世界の“救い”は、ただで与えられたのではない。

代償は着実に積み重なり、帳面に記されている。

請求書は――まだ届いていないだけだ。


夜が迫る。

影が揺れ、赤い染みのような月が沖に浮かぶ。

震える手で、染みをなぞった。

指先は冷たく、感覚がなかった。

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