24日目 崩れゆく器 〜喉の灼き、筆の震え、文字の乱れ〜
在庫/二十四日目・朝
・水:0L(祠消滅)
・食:海藻 残りわずか(束×0.5)
・塩:結晶 微量(舐める程度)
・火:炭片ほぼ尽き/使用不能
・記録具:ペン 使用可(だが握力低下)/炭 予備
・体調:渇き極大/頭痛激化/筋痙攣/唇裂傷/尿停止
・所感:記す力が失われつつある。制度=命綱の崩壊
朝。
帳を開いたが手の震えが強く、線が曲がった。
昨日までかろうじて残っていた祠の水は今朝には完全に姿を消していた。
砂の裂け目は乾いたまま口を開け、泡も濁りももはや出てこない。
「水が……終わった」
声は掠れ言葉の形を保てなかった。
ペンを走らせるが文字が紙を裂き、墨が滲んで黒い痕になった。
「水:0」のはずが「水:〇」と書かれ在庫表は意味を歪めてしまう。
観測/午前
・祠:水脈消滅。裂け目拡大傾向。
・鳥:群れ散開。供物の兆候なし。
・潮の人:沖に立つ。記号を描かず沈黙。
・影:杭の影、異常伸長(祠を越える)。
・星図:昨夜との齟齬さらに拡大。
歩こうとした瞬間、膝が折れた。
砂に手をついたが皮膚は焼けつくように熱を吸った。
汗は出ない。出す水分がもうない。
帳に戻って書く。
だが「=」を引いたはずの線が震え二重になり、≠のように歪んだ。
「〇」も途切れて楕円になり輪の内側は白く抜け落ちた。
「……記録が……壊れていく」
在庫表もまともに書けない。
水の欄は「0」の横にぐにゃりとした線が加わり∞のように見えた。
食の欄は「藻」と書いたつもりが「毛」に近い形になった。
炭の欄はかすれて判別不能。
制度の形を残すはずの帳が制度そのものを食い破り始めている。
観測/午後
・体調:尿停止。皮膚乾燥極大。手の震え強。記録不能の兆し
・祠:裂け目さらに広がる
・鳥:旋回のみ。接触なし
・潮の人:沈黙続行
昼過ぎ。舌が裂けて血が滲んだ。
その赤を見て思わず帳の余白に押しつけた。
小さな斑点が紙に残り記号のように見えた。
「記す」ことと「滲む」ことの区別がつかなくなる。
手が震え文字は「記」ではなく「呪」や「忌」のように化けた。
私は震える指で光の帯を模写しようとした。
だが線は乱れ帯ではなくただの黒い蛇のように見えた。
「これが……制度か……」
声にならぬ声を吐き砂に突っ伏した。
在庫/二十四日目・夜
・水:0L(祠消滅確定)
・食:海藻 微量(摂取困難)
・塩:微量
・記録具:ペン 使用可(だが文字判読不能に近い)
・所感:記帳の線は崩壊。制度は記録を支えきれない
夜。
星は散乱していた。
光の帯はなお沖へと伸びていた。
私は手を震わせ最後の力で線を引いた。
それは均衡の「=」ではなく、ただの歪んだ縦線だった。
「……それでも、ここまで来た」
掠れた声とともに崩れた文字が紙に残った。
もう制度ではない。
ただの生存の痕跡。
光はまだ前へ伸びている。
罠か道かは不明。
だが今日、崩れながらも記したその一線は命の残滓そのものだった。
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