23日目 帯の痺れ、星の影 〜幻視と足場、制度の外で〜

在庫/二十三日目・朝


・水:0L(継続)

・食:干し藻 ごく少/塩 微量

・火:炭片わずか

・記録具:ペン 使用可/炭 予備

・体調:脱水進行/ふらつき強/足先にしびれ

・所感:足場=光。制度の基準物なし。歩行は継続するが記録は追いつかない場面が出はじめた


足をのせるたび足裏の皮膚が針で撫でられるように痺れた。

帯は沈まない。だが「支えられている」感覚が薄い。

一本の糸の上に、体重のすべてを預けている…その錯覚が錯覚で済めばいいと思う。


振り返ると島はすでに影の端にも残っていない。

前だけを見る。前にしか面がない。


観測/午前


・光:帯の幅、足半分ほど。一定でなく脈動あり(周期不安定)

・星:薄明下でも白光の点滅あり。帯の脈と近似

・海:視認は闇。音のみ継続

・風:冷。塩気弱い

・体:痺れが膝へ上昇。めまい断続


帯の上で立ち止まり帳を膝にのせる。

紙の端に反射が走り行の線が波のように揺れた。

文字が海鳴りで崩れる前に短く書く。


《帯の脈=星の点滅に近似。歩行は点滅の間隔に合わせるべき》


昨日、鳥の往復を測った時の四十秒が頭に浮かぶ。

ここでは正確な秒は取れない。だが「同じ間隔で踏み出す」ことはできる。

足を前へ出す。待つ。帯がうっすら太り支えが増す瞬間に体重を送る。

次の一歩。待つ。

歩行は制度の代わりに間隔へと委ねる。


昼前。帯に「抜け」が現れた。

目に見える空白ではない。だが、そこだけ痺れが消え同時に支えられる感覚も消える。

そっと体重を送ると膝まで冷たさが沈んだ。

退く。

紙へ書く。


《帯の欠落区(仮):色差なし/感覚で判別。》


印石を取り出し指で∴をなぞってから前方へ軽く投げる。

石は帯の上をかすめ欠落区に入ると音を立てずに沈んだ。

私は喉の奥で短く息を切り次の石にペン先で小さな=を二本重ねて印を付ける。

投げる。

石は欠落区の手前で「止まった」転がりはしない。だが沈まない。

制度では説明できない。

それでも現象は結果を与える。


条項補注(二十三日目・午前)


・歩行は間隔の採用へ:星の点滅 ≒ 帯の脈

・帯の欠落区:∴のみ→沈。=付与→沈まず静止(再追試)

・印石の役割、記号を運ぶ媒体に暫定拡張

・記号の意味付けは保留。結果の再現を優先


干し藻をひとかけ口に入れ塩を舌で溶かす。

渇きが痛みに変わる。

筆圧が落ち文字が細る。

私は紙の余白にもう一度だけ=を重ね体勢を低くして進む。


観測/正午


・光:脈動は安定化。欠落区散発(帯の濃度が薄い場所に多い)

・星:白光、点滅周期がやや短く

・体:耳鳴り。遠近感の破綻(足と空の距離が同化する瞬間あり)

・幻視:島の輪影/潮の人の肩先…一瞬。直後に消滅


一度、彼女の肩が視界の端に立った。

胸までの水、胸に置く手、わずかな頷き。

次の瞬間には空しかなかった。

幻視と断じるにはあまりに自然な仕草。

だが確かめる面がない。


私は胸の前で、短く=を描いてみせる。

返礼はない。

紙にだけ線が増える。


午後。

帯の痺れが強くなりふくらはぎがつる。

一歩遅れれば身体は前へ投げ出される。

帯は道であり同時に刃でもある。

私は歩幅をさらに小さく間隔に寄せる。

点滅。踏み出す。

点滅。待つ。

点滅。踏み出す。


観測/午後


・風:向き一定(前から後へ)。体感で背中を押す

・光:帯の縁ときおり二重化(細い縁取りのような光)

・影:私の影は生じない

・帳:紙端の反射が増大。行の揺れ強い


帯の二重化に気づいた時、足場がわずかに広がった。

私はそこで初めて立ち止まらずに息を吐けた。

だが二重は長く続かない。直後に細り欠落区が口を開く。

印石。=。投擲。静止。

一連の行為が、呼吸のように連続していく。


条項補注(二十三日目・午後)

・=付与の印石→欠落区手前で静止(再現性2/2)

・二重帯の出現時は歩幅を広げられるが、直後の細りに注意

・「立ち止まり」は危険:脈のズレで支えが消える。歩行=最小の安全


夕刻。

星が濃くなるほど帯の脈は読みやすくなった。

点滅を目で追わずとも皮膚の内側で「次」が分かる。

筋肉が勝手に準備し足首が次の角度を先に取る。

私はそこで紙に一行足す。


《制度は失ったが、身体が制度の代行を始めた。》


在庫/二十三日目・夕刻


・水:0L(継続)

・食:干し藻 残り僅少

・塩:微量

・記録具:ペン 使用可

・所感:帯に同調すると痺れが痛みへ移行。痛みは指標として有用(閾値超で危険)


光が足元から掌へ。

ペンを握る手の骨まで微かな震電が通る。

紙を閉じようとしてふと気づく。

紙の余白に私の描いていない小さな点があった。

〇の中央よりややこちら寄りの点。

昨日、彼女が砂に置いた位置と同じだ。


私は一度目を閉じもう一度開く。

点はある。

紙を裏返す。透けはない。

汗か、反射か、偶然の染みか。

判断は保留。

私はその点のすぐ横に、=を短く重ねておいた。


在庫/二十三日目・夜


・水:0L(継続)

・食:干し藻 ほぼ尽きる

・塩:微量

・記録具:ペン 使用可/炭 予備

・所感:帯の脈と星の点滅は今夜、明確に同調。欠落区は印石=で回避可能(暫定)身体は間隔を先取りして動く


夜が落ちる。

足元の帯が天の川とたしかに繋がった。

私は最後に一行を足す。


「均衡を紙に書けなくなっても歩幅は均衡を覚える。

 =は紙だけでない…足の中にも残る。」


光はまだ前へ伸びている。

罠か道かは相変わらず不明。

だが今日の私は落ちずにここまで来た。

それだけで帳に線を一本増やす理由にはなる。

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