6日目 灰の印 〜火を持たぬ夜の支度〜

朝、祠の器を覗く。

水は満ちていたが、昨夜の裂け目を映した痕跡は残っていない。

まるで何もなかったかのように澄んでいる。


私は帆布の端を確かめ、昨日縫い込んだ“=”を指でなぞる。

縫い目は歪んでいる。だが残っている。

…制度は裂け目を超えて続く。


在庫/六日目・朝


・水:水筒0.3L+祠の器 満水

・食:海藻(乾)わずか/貝なし

・塩:祠の縁の結晶 薄層

・道具:流木4/帆布片2/印石16

・記録材:帆布片2/炭灰少々

・所感:裂け目後も器は水を供給。制度は維持可能


杭の影を測る。昨日比で五歩分のずれ。

数字が積み重なるほど現実が揺らぐ。

私は不安を抑えるように在庫表を増やしていく。

数字が並ぶだけで呼吸が安定した。


彼女は交換台に小さな包みを置いた。中には黒ずんだ灰がひとつまみ。

私は印石を二つ返す。灰は火の残り。だが私たちはまだ火を持っていない。


…火の不在が、この島の最大の欠落だ。


観測/午前


・鳥:四羽。周期変動あり(33〜35秒)

・潮:祠周辺に渦。午前は弱い

・影:杭の影、拳二つ分の増加

・音:低い唸りは続く

・空:昼にも星一つ残存


灰を祠の器に混ぜてみた。

水が薄く濁り、消毒用の灰水に近い性質を帯びる。

衛生用として使えるかもしれない。

私は帳に記す。


衛生覚書/六日目


・灰水:手洗い・器洗浄に有効

・灰残渣:祠の周囲に撒いて害虫避け

・記録:灰そのものを印に使う(帆布に擦ると黒い線)


在庫/六日目・昼


・水:水筒0.25L+器半分

・食:海藻(乾)少量

・塩:祠の縁の結晶 少量

・道具:流木4/帆布片2/印石17

・記録材:帆布片2/灰(制度印用)

・所感:灰が制度に組み込まれる兆し


昼過ぎ、私は流木を組んで焚火を試みた。

摩擦で火を起こそうとしたが、煙が少し上がるだけで火は生まれない。


掌に水ぶくれが浮き、痛みだけが残る。

熱を得られないのに、皮膚の下で熱が疼いていた。

火はまだ遠い。


彼女は私の横でそれを見ていた。

木槌の柄で砂を叩き、円の中に灰を置く。

「火ではなく灰を制度に組み込め」という合図のように見えた。


私は帆布に灰を擦りつけ、黒い線を描いた。

…火の不在を、制度の記録材として刻む。


観測/夕刻


・鳥:五羽。周期32秒(加速)

・潮:祠周辺の渦強まる。逆流あり

・影:杭の影、夕刻基準で六歩分のずれ

・星:東の星座が薄れ、南の空に新しい光


夜の支度を整える。

灰水で器を拭き、交換台の布を洗う。

海藻を少し炙ろうとしたが、火は得られない。


暗闇が迫る。祠の器を覗くと水面に星が映る。

昨日と同じように狂っている。

だが今日は灰が縁に線を描いていた。


その線は星と星の間をつなぐ線に見えた。

…灰の印が、火の代わりに夜を照らす。


在庫/六日目・夜


・水:水筒0.2L+器半分

・食:海藻少量

・塩:祠の縁 少量

・道具:流木4/帆布片2/印石17

・記録材:帆布片2/灰(制度印用)

・所感:火を得られず。灰を制度に組み込み夜を越える


夜、彼女と並び祠の器を覗いた。

水面に映る星の隣に、灰の黒い線が伸びていた。

光はない。だが記録がある。


…火を持たぬ夜でも、制度があれば共に耐えられる。


私はそう信じて、帆布に“=”を縫い足した。

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