4日目 潮の器 〜祠に満ちる水、彼女と覗く夜〜
朝、祠に近づいたとき胸が縮む感覚を覚えた。
昨夜、器にはほんの少しの水しか残っていなかったはずだ。
だが今朝は縁まで水が満ち、表面に光が波紋を走らせていた。
雨は降っていない。潮の飛沫にしては多すぎる。
…器が自ら水を集めている。
在庫/四日目・朝
・水:0.3L(残り)+祠の器 満水
・食:海藻(乾)少量/貝なし
・塩:祠の縁に薄層/紙皿塩わずか
・道具:流木4/帆布片(補修用)/印石13
・記録材:帆布片2/炭灰少々
・所感:器の水は異常。採取可能か要検証
器の水を指で掬った。
塩気は薄く、淡水に近い。
喉がすぐに応え、体が欲しているのがわかる。
一滴舌に落とす。
渇きがすっと退き、頭の奥で鐘が鳴るような感覚が走った。
だが飲む前に記帳する。制度は欲より先にある。
観測/午前
・鳥:三羽で往復。周期36秒(さらに短縮)
・潮:上げ早い。祠周辺の泡が濃い
・影:杭のずれ、正午基準で拳一つ半
・砂:足跡が夜の間に半分沈降
交換台に海藻を少し置き、隣に印石を一つ添えた。
提供:海藻。希望:水の共有。
彼女の影はすぐ現れた。
濡れた髪が肩にかかる。影の奥に目があるはずなのに、焦点はどこにも結ばれない。
彼女の手が器を指し示す。器を一緒に覗き込む。
彼女は水を掬い、指先で滴を落とした。
落ちる水が祠の縁で光り、私の影と彼女の影を一瞬重ねた。
言葉はない。だが「共に観測する」という行為が制度を二人の間で結んだ。
取引帳/第3葉(共観)
・相手:潮の人(女)
・与えた:海藻(乾)少量
・受けた:器の水の分与
・所感:共に覗き込む行為が制度を補強した
在庫/四日目・昼
・水:0.4L(水筒補充分)+器半分残り
・食:海藻少量
・塩:祠の縁 塩結晶(薄)
・道具:流木4/帆布片(補修用)/印石14
・記録材:帆布片2/炭灰少々
・所感:器の水は枯れない。継続観測必要
昼過ぎ、杭の影が一気に二歩分ずれた。島の震えが強い。
器の水面も揺れ、波紋が縁を越えそうになる。
彼女はすかさず手を器の上に翳し、風を遮った。水が落ち着く。
私は帆布の端に“=”を縫い、二人の影を器に重ねた印として残した。
観測/夕刻
・鳥:四羽。往復周期35秒。短縮続行
・潮:夕方の満ち、器周囲にだけ強い飛沫
・影:杭、正午基準で二歩半のずれ
・音:低い唸り。地鳴りのよう
夕暮れ、交換台に彼女が帆布片を置いた。中央に印石を一つ。提供:記録材。希望:共有。
私はうなずき炭灰を添えた。
彼女はそれを器の縁に擦り、黒い線を描いた。
水面に映る線が揺れ、星が浮かぶ前に消える。
…器が帳簿になり始めている。
在庫/四日目・夜
・水:水筒0.5L+器満水
・食:海藻少量(残り)
・塩:祠の縁に白結晶(増加)
・道具:流木4/帆布片(補修用1)/印石15
・記録材:帆布片3/炭灰少々
・所感:器を覗く行為が制度化。夜間観測要強化
夜、星が揺れる。星図が裂け、昨日の形と重ならない。
器の水面に映る星も、空とは異なる位置に光った。
彼女と並び、二人で同じ器を覗く。
声はない。だが、水面の星を共有することで制度の重みが増す。
共同圏は輪から面へと広がり始めた。
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