3日目 崩れた布袋 〜監査する影〜

朝、手の中の布袋が裂けた。

帆布の端を折り返して縫ったはずが結び目が甘く、塩を包んでいた白い粒が砂に散った。拾い集めようとした瞬間、波がさらっていく。

失敗は帳簿に記すべき数字だ。


在庫/三日目・朝


・水:0.4L(節水)

・貝2(昨夜残り)/海藻少量(乾燥中)

・塩:布袋から流失(残りわずか)

・道具:流木4/ほつれロープ少々/帆布片(破れ)

・記録材:帆布片2/炭灰少々

・所感:失敗による損失。指先に擦り傷。眠り浅い


塩が砂に散る音は聞こえない。

ただ喉の奥で乾いたものが崩れる感触だけが残った。


私は崩れた布袋を手に、再び補修を試みる。灰を混ぜた泥を糊にして、ロープのほつれで固く縛る。

制度も袋も、ほつれを許さない。


観測/午前


・鳥:二羽で往復。周期は38秒(短縮)

・影:杭の位置、昨日より指幅三つ分ずれ

・砂:北側に細かな波紋。夜間の震動か

・潮:引きが早い。泡が粗く、沖の濁り強い


補修した袋を試す。

だが塩を移した瞬間、また縫い目が裂けた。

素材が脆いのか、私の指が弱っているのか。

落胆が声になる前に、影が差した。浜の端に足跡が二つ。昨日より深く濡れていた。…誰かが立っていた。


在庫/三日目・昼

・水:0.3L(残量減)

・食:貝1(即食)/海藻少量(乾燥中)

・塩:布袋修繕失敗。粒少量のみ回収

・道具:流木4/帆布片(破れ2)/印石12

・記録材:帆布片2/炭灰少々

・所感:二度の失敗。監査されている感覚が強い


濡れた手が交換台の上の布袋を拾い上げた。

昨日と同じ、音を立てない仕草。

その手の甲に月明かりが一瞬きらめく。細い指先は女のもののように思えたが、次の瞬間には影に溶けた。


彼女は縫い目を見て、わずかに首を傾げる。

やがて木槌の柄で砂を叩き、小さな円を描いた。…監査の印だ。

失敗は見過ごされない。制度の中に刻まれる。


取引帳/第2葉(監査)

・相手:潮の人(女の影)

・与えた:崩れた布袋(失敗品)

・受けた:印石1(監査の証)

・所感:失敗もまた取引として記録される


彼女は貝を二つ右に残し、左の印石を押し出して去った。布袋は破れたまま戻される。

だが帳簿に印が刻まれた以上、それはもう「資源」だった。


観測/夕刻

・影:杭の影。正午から指幅四つ分ずれ

・潮:夕方の上げ強い。祠の器に飛沫入り塩が縁に残る

・鳥:往復周期37秒。短縮継続

・砂:私と彼女の足跡が交差。風で半分消失


夜、杭の影が走る。砂は短く二度震えた。

帆布の地図に今日の“=”を縫い足す。裂けた布袋も記録に残す。…失敗を数字に換えるために。


在庫/三日目・夜

・水:0.25L

・食:海藻少量(乾)

・塩:祠の器の縁から少量採取

・道具:流木4/帆布片(破れ2)/印石13

・記録材:帆布片2/炭灰少々

・所感:監査の影が近い。輪の中に失敗を置いた安心感


彼女の影が遠くで動く。声はない。

ただ帳簿の行がまた一つ増えた。


失敗もまた、共同圏の一部になった。

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