第10話 舌と快感の波


 私の胸に置かれた和真の手は、まるでそこに根が生えたかのように動かなかった。彼は自分の手が触れているその柔らかな感触と、私の肌から伝わる熱に、ひどく戸惑っているようだった。彼の視線は、自分の手と私の顔との間を行き来している。その瞳の中では、涼子への罪悪感と、目の前の私に対する抗いがたい欲望とが、激しい戦争を繰り広げているのが手に取るように分かった。彼の呼吸は浅く、そして速い。


 絶望の淵にいたはずの私の中に、ある種の確信が芽生え始めていた。言葉は、もう意味をなさない。彼の「ごめん」という一言が、私たちの十七年間を否定したのだ。ならば、もう言葉で彼を繋ぎ止めることはできない。しかし、この身体の熱だけは、嘘をつかない。彼の手の下で激しく脈打つ私の心臓。彼の指先に反応して硬くなった私の乳首。それが、今の私に残された、唯一にして最強の武器だった。


 私は、彼の戸惑いを打ち破るために、ほんの少しだけ、身じろぎした。私の胸が、彼の掌に、より深く押し付けられる。その感触が、彼の理性の最後の糸を、ぷつりと断ち切った。


 彼は、まるで何かに憑かれたかのように、ゆっくりと、その顔を私の胸元へと近づけてきた。濡れた前髪が、私の肌をくすぐる。その感触だけで、私の体は再び熱を帯び始めた。彼は、何をしようとしているのだろう。私の心臓は、期待と恐怖で、今にも張り裂けそうだった。


 そして、彼の唇が、私の胸の膨らみに、そっと触れた。

 それは、キスとも呼べないような、ただ唇を押し当てただけの、ひどく臆病な接触だった。しかし、その熱と、柔らかさだけで、私の全身の鳥肌が立つ。彼は、恐る恐る、その感触を確かめるように、私の肌に唇を這わせ始めた。


 やがて、彼の唇は、私の胸の中心にある、硬くなった突起へとたどり着く。彼は一瞬ためらった後、意を決したように、それを、その熱い口の中に含んだ。


「ひゃっ……!」


 今まで聞いたことのない、甲高い悲鳴が、私の喉から飛び出した。

 熱い。濡れている。柔らかい唇と、ざらついた舌の感触が、私の最も敏感な一点を、容赦なく刺激する。脳天を、直接、電気で焼かれたかのような、凄まじい衝撃。快感という言葉だけでは、到底表現しきれない、暴力的なまでの感覚の洪水。


 くちゅ、くちゅ、と、静かな部屋に、ひどく淫らな水音が響き渡る。

 その音を聞いていると、自分の身に何が起きているのかを、嫌でも理解させられた。和真が、私の胸を、舐めている。その事実が、私の羞恥心を激しく煽った。こんなこと、駄目だ。幼馴染の彼に、こんなことをさせているなんて。

 しかし、その羞恥心とは裏腹に、私の体は、正直に、そして歓喜に打ち震えていた。恥ずかしいのに、気持ちいい。駄目なのに、もっと欲しくなる。この矛盾した感情の渦の中で、私は、解放されていくような、不思議な感覚に包まれた。


 頭の芯が、甘く痺れていく。もう、難しいことは何も考えられない。彼の後悔も、私の絶望も、涼子の存在さえも、すべてがどうでもよくなっていく。ただ、この気持ちよさだけが、世界の全てだった。

「んぅ……ぁ……」

 自分でも抑えきれない、甘い嬌声が、吐息と共に唇からこぼれ落ちた。


 その声が、彼の最後のストッパーを外したようだった。

 私の反応に興奮したのか、彼の吸い付く力は、明らかに先程より強くなった。舌が、より大胆に、私の乳首を弄ぶ。そのたびに、私の腰が、びくん、びくん、と勝手に跳ねる。快感の波が、次から次へと、私の全身を襲う。もう、私は、この快感の海から、逃れることはできなかった。彼の与える感覚に、ただただ、溺れていくしかなかった。

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