第7話 幼馴染からの変容
フロントで無人のパネルを操作し、プラスチックのカードキーを受け取る。エレベーターに乗り、指定された階のボタンを押した。上昇していく箱の中で、私たちはまた無言だった。しかし、展望フロアでの気まずい沈黙とは違う。そこには、ねっとりとした、熱を帯びた空気が充満していた。和真は、私の顔を見ることができないようで、ただ点灯する階数表示のランプを、穴が開くほど見つめている。彼の耳が、真っ赤に染まっているのを、私は横目で確認した。
目的の部屋の前に立ち、私がカードキーを差し込む。電子ロックの解除音が、静かな廊下に響き渡った。ドアを開けて、先に部屋へと足を踏み入れる。間接照明に照らされた室内は、広くも狭くもない、ありきたりな空間だった。しかし、部屋の中央に鎮座する、やけに大きなダブルベッドだけが、この部屋の目的を雄弁に物語っていた。私の後ろから、和真がおずおずと入ってくる。彼は部屋の隅に立ったまま、まるで置き物のように動かなくなった。
このままではいけない。主導権は、私が握り続けなければ。私は努めて平然とした声で、彼に言った。
「先にシャワー、浴びてきてもいいかな」
それは、提案の形をした命令だった。和真は、追い詰められた獣のように私を見ると、ただ小さく、こくりと頷いた。
バスルームに入り、ドアをロックする。鏡に映った自分の顔は、興奮と不安で赤く上気していた。ここまでは計画通り。いや、計画以上だ。彼の瞳に浮かんだ、あの欲望の色。私の心は、復讐心とは別の、もっと原始的で、甘美な感情に満たされていた。私は服を脱ぎ捨て、熱いシャワーを浴びる。流れ落ちるお湯が、私の罪悪感を、迷いを、そして過去の私を、すべて洗い流してくれるような気がした。熱い蒸気が、バスルームを満たしていく。鏡は白く曇り、もう私の顔を映してはくれなかった。
備え付けの、真っ白なバスローブを羽織る。いや、これはバスローブではない。一枚の、大きなバスタオルだ。私はそれを体に巻き付け、バスルームのドアを開けた。
.部屋の隅に立ったままだった和真が、ドアの開く音に、びくりと肩を震わせる。そして、タオル一枚の姿の私を見て、完全に動きを止めた。彼の視線が、私の体を、まるで探るかのように上から下へと移動する。濡れた髪が、肌に張り付く感触。上気して、ほんのり赤く染まったデコルテ。タオルから覗く、剥き出しの脚。彼の視線が、まるで熱い指先のように、私の肌を撫でていく。その視線に焼かれて、私の体はさらに熱を帯びた。
彼の目に映っているのは、もう「幼馴染の高瀬彩香」ではない。それは、一人の「女」としての私だった。十七年間、ずっとすぐそばにいたのに、彼が一度も向けたことのない、雄の視線。その事実に、私の背筋はぞくりとした快感に震えた。
私は、震える足を叱咤し、彼の前を通り過ぎて、ベッドの端に腰掛けた。
「和真も、浴びてきたら」
そう言うと、彼は呪縛が解けたかのように、慌ててバスルームへと姿を消した。
一人残された部屋で、私は彼の浴びるシャワーの音を聞いていた。心臓が、早鐘のように鳴り続けている。私が感じているのは、復讐の達成感か、それとも純粋な欲望か。もう、その境界線は、とっくに曖昧になっていた。
やがて、シャワーの音が止む。数分の沈黙の後、バスルームのドアが開き、和真が姿を現した。私もまた、彼を見て、言葉を失った。
彼も、私と同じように、腰に一枚のバスタオルを巻いただけの姿だった。濡れて額に張り付いた前髪の下で、その瞳が、不安と興奮の入り混じった光を放っている。いつも制服やTシャツに隠されている、彼の体。サッカーで鍛えられた、厚い胸板。引き締まった腹筋。がっしりとした肩幅。それは、私が知っている、少年としての和真の体ではなかった。紛れもない、「男」の体だった。
そして、私の視線は、彼の腰のタオルに釘付けになった。その中央部分が、彼の内なる熱を隠しきれずに、力強く盛り上がっている。それは、彼が私に対して抱いている、生々しい欲望の証だった。その光景は、恐ろしいはずなのに、私の体の奥底を、疼かせるような興奮で満たした。
部屋の照明が、私たちの肌を艶めしく照らし出す。幼馴染という、長くて、居心地の良かった関係は、今この瞬間、完全に終わりを告げた。私たちは、ただの男と女として、互いの欲望を剥き出しにしたまま、この部屋に取り残された。背徳的で、抗いがたい興奮だけが、二人の間の空気を支配していた。
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