第一話 儀式
我らアスシリアヌスの上流貴族は、生まれて15の年月を数えると特別な成人の儀式を行うこととなる。
儀式の内容は、『守護騎士』を召喚するもの。
守護騎士とは、竜の力により黄泉がえりし古の英霊が宿った竜牙兵の事を指している。
守護騎士は呼び出した者を主(あるじ)とし、これより主の生涯に渡り、主とその家族に付き従い護る騎士となる。
然してわたくし、アレスティア・レディマ・ゼイラスは半年ほど前に成人を迎え、諸事情で先延ばしになっていた成人の儀式を、本日行う運びとなった。
その成人の儀を行うにあたり、必要とされるものと手順がいくつかある。
先ず、若者の新鮮な御遺体が計二体。これは外的要因で死亡した健康的な若者(病死以外の死体)が必要であり、我が祖国アスシリアヌスのために戦い、命を散らした戦士の身体を用いられることが多いと聞く。
今回はとある上陸作戦で散って逝った身寄りのない戦士の御遺体を用いるそうです。
次に儀式用の壷、この壷に入れた物は粉々になるまで摺りつぶされる。
これを用いて、先の御遺体を液状にする。
次に人二人分の液体を注ぎ込むための、浴槽を少し大きくしたような器です。
英雄の器と呼ばれる神聖なものらしいのだけれど、血だまりの浴槽(ブラッドバス)は神聖なものには到底見えない。
そして、力を持った竜族の心臓(ドラゴンハート)が必要となる。
これこそが最重要であり、上流貴族しかこの儀式が行えない一番の理由である。
なぜなら、竜は一柱で街や軍隊、下手すると国すら滅ぼしかねない力を持っており、それを仕留める力を持った者のみが手にすることができる英雄の証と言っていいものなのです。
今回用いられるものは、世界樹を守護する鳥竜の心臓であり、世界樹を祖国のものとすべく、レカラクト島への上陸作戦での激闘で十二柱手に入れたものと聞きました。
世界樹を守る『黄金の竜』により作戦自体は失敗したものの、かねてよりの懸念だった、儀式用ドラゴンハートの確保が十二柱もできたと司祭が嬉々として話してくれた。
どれだけの血が流れ、どれだけの犠牲が伴ったのか、喜色満面でペラペラと囀る愚鈍な豚には理解できないのでしょう・・・。
最後に成人の儀を行う本人、つまりわたくしの血液を血だまりの浴槽に注ぐ。
手首を儀式用ナイフで切り、掌で二杯分の血を注ぐのだから、気分が悪くなって倒れてしまう者が出てしまうのも頷けてしまう。
血の儀式が終わると、最後はあらかじめ決めておいた口上を謳いあげる。
この口上は守護騎士となってもらう英霊を定めるための条件付けであり、その条件を満たす者が存在しない場合儀式は失敗に終わってしまう。
故に、存在が確定されている英霊以外が呼び出される事は殆ど無いし、口上の文言は事前に精査され、一言一句誤りの無いように暗記させられる。
「偉大なる死を司る神よ、偉大なる生を司る神よ、偉大なる竜神よ、そして儀式をとりまとめる偉大なる神よ・・・。
我の下に大いなる力を持った竜牙の戦士を遣わせたまえ!幾千の戦場を渡り、幾万の死を築き、神さえも屠った大いなる老戦士の英霊を今、我の下に遣わせたまえ!!」
今回呼び出しを願った英霊は遥か昔、数多の種族を武力でもって纏め上げ、最古にして最大の国を成したと言われる最強の王『グルヴィス』
ただの夢物語だと、誇張された寓話に過ぎないと、誰もが知っている誰も信じない英雄物語(おとぎばなし)。
それはそうでしょう、幾千の戦場をたかだか80にも満たない生涯の中で渡れるはずがありません。
幾万の死を築く?盛るにしても1桁ほど控えめに盛りなさい!神さえも屠った?話にすらならないわね。
故にこれまで呼ぶ試みすら一笑に付され実現されなかった人物だと聞きます。
だが、それで良いのです。
条件に合う英霊が存在しなければ儀式は失敗し、一度失敗すれば王族でもない限り二度目の機会は無い。
わたくしは守護騎士なんていらない。
得体の知れない神々に祈りを捧げ、蘇った得体の知れない死者を一生涯側に付け続けるなんて考えただけでも怖気(おぞけ)が走るし、何より安らかに眠っている偉大な英霊を無理やり起こして使用人のように扱いたくはないのです。
国の為に戦い散って逝った戦士の遺体が、碌な弔いすらされず無駄になってしまうのは心苦しいのだけれど、死してなお奴隷のように扱われるよりは安らかに眠る方がいいでしょう。
ドラゴンハートは浴槽から引き揚げて洗浄すれば使えるので問題は無いでしょう、儀式よりも薬の材料として使った方が建設的だと思うのだけれど・・・。
本当は儀式すら断ったのだけれど、御父様が強行してしまった。
「我がゼイラス家の者ならば、守護騎士を側に置くことは当然の事だ。」との事でした。
表向きは娘の安全のために守護騎士を付ける。なのだけれど、要は先の上陸戦で失ってしまったフレイド兄様と、兄様に付いていた守護騎士の代わりとなる戦力補充のためでしょう。
守護騎士は竜の力を得た英霊だ。一柱だけでも百の兵士と渡り合える。そのような戦力を侯爵である御父様が取り逃すはずもありません。
だからわたくしは最終手段として、御父様と話し合って決めていた口上を丸々無視し、おとぎ話の英雄譚を謳うことにしました。
「グルヴィス王を守護騎士としてどうしても欲しかった!」なんて言えば夢見がちな子だと許してくれるだろうか?
流石に怒られてしまうわね。
わたくしの口上を聞き、驚愕に目を見開く御父様の姿が見える。
ごめんなさい御父様、わたくしは死者の尊厳を踏みにじり鞭打つような事はしたくないのです。
そう御父様の瞳を見つめ返そうとした刹那――
ズドン!!
まるで頭上に落雷でもあったかのような衝撃と鼓膜を引き裂かんばかりの轟音に悲鳴が漏れる。
陽光で煌びやかに輝くステンドグラスが黒く染まり、耳鳴りでそれ以外が聞こえない。
何かおかしい・・・
守護騎士召喚の儀式にこの様な事が起こるなどと言う話は聞いていない。
そして、誰も動かない。
このような異常な現象に、誰一人として微動だにしてない。
キィ・・・・バタン・・・
背後で扉が開いた音が耳鳴りの隙間を縫うように、やけにはっきりと聞こえた。
コツ・・・コツ・・・コツ・・・
何者かが入ってきた。
誰も止めない、扉を護っていた衛兵が動く気配もない。
振り返ろうとして、わたくしは自分の身体が動かない事を知った。
多分わたくしだけではない、誰も動けないのだ・・・
その足音はわたくしの真横で止まる。
視界の端に黒く蠢く何かが入る。
とても恐ろしくて、悲鳴を上げて泣きわめきたいのだけれど、それすら叶わない。
ソレは、夜の海よりも深い闇が人の影を模したようであり、友人を弔うかのような恭しさで、両手に抱えていた深いかたわれを、目の前のブラッドバスにそっと下ろした。
誰も、何も、反応すら許されぬ間に、然してそれは、再び靴音を響かせながら扉を開けて出て行ったのだった。
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