祟れないが祟るもの

かたなかひろしげ

其れは決して祟りなどではなく

「バチに当たるのが流行ってるらしいぜ」


 事務所の若手から、そんな罰当たりな話を聞いたのは、つい先週のことであった。


 山里によくある類の祠を壊してしまうと祟りがある───。そういった話がインターネットミームに挙げられるようになったのは、ここ数年のことだろうか。面白おかしく大喜利のネタとして使われたその定番話は、もう一周し尽くしたのか、最近ではSNSで見掛けることも殆ど無い。


 だからこの話もそんな「冗談話」のひとつであろうと、たかを括り、興味半分にネットの情報を調べ始めた。するとすぐにこの話に出てくる祠が、ネタなどではなく北関東に実在する祠であり、この噂がそんなに単純なものではないことに気が付き始めていた。


 ───祟られる。


 古今東西、一般的にそう言われるものの多くは、不幸なものと相場が決まっている。

 当たりどころが悪ければ死に至るものすらある。ところが、今回の話に出てくる「壊された祠」とやらは、わざわざそこまで人が訪れて、自ら望んで祟られる、というのだ。いわば本来、忌避されてしかるべきものが、逆に好まれている、といったところだろうか。


「それで、その祟りって、何が起きるんですか」

「それがな・・その、”痩せる”らしいんだ。生命を吸われたように生気が無くなって、食欲も無くなり、それはもうげっそりと痩せるらしい」


 同じ編プロに所属する鳴海さんは、いささかげんなりする表情で視線を手元に落とした。見れば彼の手元には、「祟られる前」と「祟られた後」の比較映像が、タブレットに表示されている。成る程……これは確かに別人のように、見事に痩せている。


「もしかして、この祟り。ダイエットに使われてます?」

「ビンゴ!そうなんだよ。これが地元の人なら、”あの祠を壊してしまったんですか!?” とか、”土地神の怒りを利用するなんて罰当たりな”、って怒るところなんだろうけど、もう最近の過疎化の影響で地元に住んでいる村も廃村化しててな。怒りだす人もいないわけだ」


 そう言って鳴海さんは呆れたように頭を抱えていた。これでもウチは結構お硬い歴史専門誌の記事を扱っている編プロなのだ。民俗学的に祠の記事を扱う事自体に問題はないが、果たしてそれが悪用されていることを記事にしてしまうとなると、それには少なからぬ抵抗がある。


 とはいえ近年は全てがウェブで公開される時代である。敢えて記事にしなくても現時点で「痩せる」ことがバズってしまっている以上、我々がこの話題を取り扱うことによる影響など、たかが知れているに違いない。ならばむしろ正確な情報を世間に報道することの方が、必要性がある気がする。


 結果として、私は何かに背中を押されるかのように、気がつけば鳴海さんに現地取材を自ら申し出ていた。


 そう、仮にもし祟られてしまったしても、小太り体型である今の私であれば、多少痩せたとしても問題はあるまい。なんならむしろ痩せられるなら……という不謹慎な皮算用も勿論あった。とはいえそんな浅知恵は、付き合いの長い鳴海さんにはとうに見透かされてしまっているだろう。ともあれ、それなら俺も行く、という鳴海さんの許可も出たので、俺達は現地に祠を取材しに行くことにした。


 祠は、山間の中腹に位置する、管理がされていない里山の深い雑木林の中にあり、獣道を行く必要があった。しかし、最近では人の往来が増えたのであろう。獣道の行く手をさえぎる草木は、山刀によるものだろうか、何者かによってことごとく払われている。足元が悪いことを除けば、それほどの苦労をすることもなく、俺達は問題の祠に辿り着くことが出来た。


 さて。問題の祠なのだが、見事に倒木によって破壊されており、祠としての原型はほぼ留めていない状態である。先月の大雨による倒木が、たまたま祠に直撃したのであろう。どこをどう見てもこれは明らかに自然に起きた事故であり、人間が意図的に壊したものではないと判る。そもそもこんなに大きな倒木を人間が持ち上げるのは、到底不可能なのだから尚更だ。


 これで祟られる、と言われても困ってしまう。もし何者かが祟るのであれば、この倒れてきた倒木に祟るべきであり、このケースでは人間様は無関係である。昔この祠でナニが祀られていたのかは、もう知る由もないが、祟るべき相手がいないからといって、通りすがりの人間を片っ端から祟るというのは、かなり理不尽な話だろう。


「なるほど、見事なまでに破壊されてますね、祠」

「話には聞いていたが、こうも太い木に潰されていては、祀られていたものの手がかりも見つからなさそうだ」


 とはいえ、ここまではまあ、粗方あらかた予想通りといえる。

 最悪、なにも手がかりが見つからなかった時に備えて事前にここら辺の神社については、下調べをしておいたのだ。取材工数を割いている以上、成果無しというのは避けなければならない。


 東北にも近いこの山周辺は、北関東でも内陸に位置する場所にあり、ニワタリ様として鶏を御神体として祀っていたことはわかっている。そのため、もしかしたらこの祠はその境外社けいがいしゃである可能性があった。


「御神体が残っていると思えん。せめて社紋ぐらいは扉に描かれていれば助かるが……」

「扉どころか、もうこの木辺が壁なのかどこのパーツなのか、ぐちゃぐちゃでわからないですね。これを掘り返して調べるのは、それこそ罰当たりな気がします」 


 倒木に潰されている祠だったと思われるものは、周囲の成長の早い植物に端はもう覆われつつある。そもそもの祠が古かったのだろう、散らばる木材自体もかなり経年劣化が進んでおり、このまま何度か冬を越せば、これらの残骸もそっと土に還ってしまうに違いない。


「ここまで……ですかね」


 俺達は素材として写真を何枚か撮影すると、一礼してその場をそっと後にした。

 オフィスに戻って、その後、この話は恐る恐る記事にしたのだが、一向に私が「祟られる」ことはなく、我が下腹は本日もたぷんとしたままなのが恨めしい。


「なんか密かな人気らしいですね、例の祠」

「正確には、元祠、だな。あの様子じゃ、すぐに腐って跡形もわからなくなるだろ」


 鳴海さんは記事を出した後も、手厚くアフターフォローをする主義だ。記事にしたら、もうそのまま放置、ということはあり得ない。今回も、記事の反響や、その後のネットニュースなども手広くチェックしているようだった。


「あんな山道を行く脚力があれば、あと少し頑張るだけで自力で痩せることも出来るだろうに、どうしてわざわざあそこまで祟られに行く人が多いのかなあ」

「痩せたい。という気持ちだけは本物なんだろ。いまじゃ、神頼みダイエットの聖地らしいぜ、SNSの評判によると」


「うわー、無節操もそこまでいくとすごいですね。ある意味、それこそ信仰ですね」

「それでいっそ祠を修理しようじゃないか、って奴まで現れたらしくてな」


 鳴海さんは、手元のマグカップに残っている珈琲を一気に煽った。いつものモカだろうか、酸味を漂わせた香りがほのかにこちらにも漂ってきた。


「修理するにはお金がかかりますね。金の匂いを嗅ぎつけた奴がいたんでしょう」

「で、死人が出た」


「えっ?どういうことです? 修理しようとしたら、いつもより強く祟られた、ってことですか?」

「ちがうよ」


 鳴海さんは再度マグカップを煽った。もう既にマグカップの中身は空である。多分、何も口の中には入らないだろう。空唾を飲み込む音が聞こえる。


「修理が進んで、祠が綺麗に戻ったら、やはり祟りがなくなったそうだ」

「祟りがなくなったのであれば、それでどうして死人が出るんですか」


「なんでも祟りが無くなった途端、いままで祟りで痩せてた連中の体調が、すっかり良くなって、なんなら祟られる以前より太りだしたらしくてな……修繕を仕切ってた奴が、祟られてたやつに背後からダガーナイフで刺されて終わりだ。そいつが計画してた修繕は当然頓挫とんざ。その後、いつの間に何者かに、祠がもう一度派手に壊されたらしい」



 ───邪魔をするなら殺してもいい。人にそう思わせてしまう時点で、やはりそれは一種の祟りなのだろう。祟らぬよう、昔の人が祀りあげたのも、案外そういうことなのかもしれない。


 その後、程なく問題の祠は「祟り」が起こらなくなり、人心の興味は薄れ、そのまま捨て置かれてしまったという。

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祟れないが祟るもの かたなかひろしげ @yabuisya

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