同じ世界を読みたい【百合】

染西 乱

第1話

百合 

 

 眠気を誘う歴史の授業が終わり、お昼ご飯を食べた満足感からかしきりに眠気が襲ってくる。教室の真ん中にある大きな掛け時計を見ると、昼休みはあと10分ほど残っている。このままちょっと寝てしまおうか。少しだけ昼寝をするとコストパフォーマンスが上がるとかなんとか朝のニュースの番組で特集していたし、特にやることもない。硬い机の上で頬杖をついて寝やすい場所を探る。いや、やっぱり寝顔が見られるのは嫌だな。

 結局は机に突っ伏して手首の辺りにおでこがフィットするする場所を探り当てると、先ほどから閉じたがっていた瞼をようやく閉じてあげられた。


 私は気づいてしまった。

 クラスの図書委員の新島香菜実が自分と同じ本を読んでいる。

 新島さんは図書委員らしく清楚できちんとした佇まいをしている。私みたいに髪の毛が痛むまで金色に染めてなんかいないし、学校指定のワイシャツもきっちりと第一ボタンまで閉められている。厚塗り化粧もしていなければ匂いのキツい香水を周りに振り撒くなんてこともない。楚々とした、とは彼女のことを形容するのにちょうどいい。

細いチタンフレームのメガネはおしゃれで、そのメガネの向こう側の眼は狐のような切れ長で涼しげだ。

 自分とはまったくの反対属性と言っていい。

 染めたことなど一度もなさそうな艶々とした黒髪を二つに分けて、見える髪ゴムにはお尻のかわいらしいコーギーのチャームがついている。

 私は学校では本を読まないが、その実、家に帰ってからはほぼずっと本を読んでいる。隠れ読書中毒なので、まったく接点のない新島さんに声をかけてその本の話をしたいという衝動にかられた。

 しかしその本は本格ミステリであったので、まだ途中までしか読んでいないであろう新島さんに話をしてしまうとネタバレとなってしまう危険性が高い。いきなり話しかける勇気もないため、泣く泣く我慢した。

 すると、次の週には新島は私がつい昨日読み終わったばかりの恋愛小説を読んでいた。

 ジャンルに貴賎なし。

 私はピンときた物を読んで行くタイプだ。

 新島さんもそうなのだろうか。

 もしかしたら趣味が合うかもしれない。

 話しかけようかと思ったが、私は髪を金色に染めているし、はちゃめちゃにピアスを開けて化粧もバッチリしている。その上声がでかいし、態度もでかい。自分でわかっているだけまだマシな方だとは思う。

ギャルのつもりはないが、いきなり話しかけられると圧迫感や恐怖心や与えてしまうかもしれない。


しかし、おかしいな。

読む本なんてそんなに何度も被るかな?

話題作とはいえそこまで有名な作家さんでもない本だし……

もしかしてストーカー??

でも私は家でしか本を読んでいない。


彼女の席は廊下側の一番前の席。

廊下に出る時目につく。

トイレに行くふりをして廊下に繰り出し、ついつい今日はなにを読んでいるのかとチラ見したが、タイトルは見えなかった。

彼女がじっと神妙な顔をして読んでいる文庫本にはかわいいブックカバーがかけてあった。

それは馴染みのあるものだった。

いつも行ってる。駅前の本屋。店舗限定カバーだ。

なるほど同じ書店に行くから平積みしている本が同じなんだ。だから私と同じ本を読んでいたのか……


「それ、かわいいね。どこで買ったの?」


 本当はもうわかっている。名探偵の気分で、かまをかけてみる。


駅前の…0書店……

ほどよい大きさで品揃えも良く、いい本屋さんだ。


「えっ、あ、私本屋でバイトしてて……バイト先の本屋でかったんです。社員割引もあるんで…」


え、バイト?

なんか組み立てが違うな。

そうして私は、じっと新島の顔を見て、あっと声を上げた。


「御徒町さん……?」


「あ、えっとそれはバイトの時の……源氏名みたいなやつでなので……」


「本名を知られて厄介なことになった子が何人かいて、仕事中は偽名の名札してるんですよ」 


「え、ほんとだ。顔一緒……」


「気づいて無かったの? なんだがよく話しかけてくれるからてっきり気づいてるのかと……」



御徒町さんは私が信頼を置いている店員さんの名前だ。一度おすすめの本を聞いて、あたりだったことから、何度かその後もおススメ本を教えてもらったりしている。


あ、だから?


ただ単に新島におススメされた本を私が読んでいただけのことだ。私は作家買いするタイプなので、勧められて面白かった作者の本の新刊が出たら買ってよむ。

おそらく新島も作家買いするんだろう。

そうなると、何冊も自分と同じ本を読んでいたことにも説明がつく。


わかってしまえばなんという簡単なカラクリ。

新島が私の家を盗聴してるのでは? と言うところまでいった思考が恥ずかしい。


勘違いだった!


かぁ、と血が上って急に暑くなって、顔を冷やそうと机の上に出ていたノートで顔を見てあおぐ。

顔が赤くなっているかはわからないけど、どっと汗が吹き出して来て、張り付いたシャツが透けてしまいそうな気さえする。


ストーカーなんてとんでもない!


彼女は本屋で目立つ本を手に取って読んでいただけだ。

むしろちらちらと彼女のことを観察している自分の方がよっぽどストーカー予備軍じゃないか。


顔が熱い。せっかくの、化粧が汗でよれてしまいそうだ。


「いや、うん。なんか新島が同じ本よく読んでるなって勝手に親近感湧いてたんだけど……」

「ぁ、わたしがおススメした作家さん? 昨日新刊出てたね! 今読んでるのもそれなの」


カバーをめくって表紙をみせる新島の爪が桜貝みたいに綺麗に整えられていてなんだか想像通りできゅんとした。


「え、マジで。知らなかった! 今日買いに行かなきゃ!」


新刊は早めに手に入れなくては。なんか変なところでネタバレくらったら嫌だから。たまにわけわからんところからネタバレくらって殺意覚えるもんね。自衛は大事だよ。


「まだ買ってなかったんだ。じゃぁ今日うちの店来るの?」


「あー、そ、だね」


私はかり、とネイルの上からごてっと盛られた爪の先で、頬を軽く引っ掻いた。

新島がアルバイトしているのだと認識してしまうと途端に行くことに対して躊躇が生まれている。


でもあそこって、家からほどほどに近くて、一番便利だし、なんだかんだでポイント貯まってるし! なんなら今日はポイント5倍デーだし。今更他の本屋で買うなんてのは浮気と大差ないですからね、はい。地元の本屋さんに還元していかないとだよね? 

いつも行ってるから、本の配置も分かってて探しやすいし……?


「わたし今日バイトなんだ〜よかったらまた声かけてね」 


 にっこりと笑顔で優しいことを言ってくれた。新島の笑顔は御徒町さんの笑顔と全く同じ……


「お、う……」


 間近で浴びた笑顔に眩しさを感じて、私の瞼はしきりに閉じたり開いたりを繰り返した。




 




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