第25話 王妃、温泉に癒される

 アニスはモーゼンまでの七日間の旅の途中、あちこちの旧所名跡に立ち寄っては、様々なものを目にした。


 クルキアは東部もやはり農村を中心に疲弊していたが、住民は王家に対して特に悪い感情はないらしく、沿道には巡幸の行列を見ようと多くの見物人たちが集まった。


 町々では、商人などの有力者が、献上の品物を数多あまた用意して待っている。


 アニスはそれらの姿を見て、クルキアの王妃として、大変感銘を受けた。


 アニスもカリアスも、民衆に手を振るなどして、尊大な態度は見せず、あくまでも気さくに振る舞った。



 王夫妻一行は、各地の貴族の邸宅に泊まったり、休憩したりしたが、あちこちで贈答用の品々を贈り、また各地の名産品を受け取るなどして、積極的に交流を深めた。


 アニスは、旅の道すがら、常に今後のクルキアの政治や経済活動について考えていたが、カリアスはというと、純粋にこの旅行を楽しんでおり、上機嫌そのものだった。


「王妃よ、余は今が一番幸せだ。王妃と結婚できてよかった」


 予想通り、常にイチャついてくるので、アニスは、


(どんだけ不幸だったんだよ)


 と鬱陶しく感じたが、このように穏やかな表情で笑っている夫の姿も見たことがなかったので、できるだけ付き合ってやった。


「王妃よ、向こうに美しい花が咲いていたよ」


「王妃よ、これはじつにおいしいものだ。一緒に食べよう」


「王妃よ、疲れたのなら、すぐに言ってほしい。できるだけ休憩をとろう」


「わかった、わかった。わーったよ」


 そうは言うものの、夫が自分をいたわってくれるのは、アニスとしても悪い気はしない。


「夫殿が、やさしい人でよかった」


 ポツリと本音を漏らすと、カリアスはそれを聞いて、またもや、うれしそうに微笑むのだった。




 カリアスの伯母、アンナが待つモーゼンに着くと、二人を市民の熱烈な歓迎が待っていた。


 よくも悪くも王威があまり及んでいない地域だったため、反発などは一切なかった。


 むしろ王夫妻という、クルキア王国最高のセレブリティの訪問を心待ちにしていた様子だった。


 さらにアンナにより、カリアスとアニスをもてなすための催しがこれでもかと用意されており、二人は結婚以来、初めて緊張を解き、はめを外して遊ぶことができた。



 古代から続くという温泉の施設も実に見事で、リラックス感が満載だった。


「もう王都には戻りたくないな」


 カリアスは冗談でそのようなことを語ったが、アニスも気持ちは同じだった。


(やはりパルシャガルに巣くう、性悪貴族や、その腐れ妻どもが問題だ)


 アニスは湯につかりながら、そんなことばかり考えていた。


(やつらをなんとかしないと、常に不幸や危険と隣り合わせだ。あそこでは永遠に安息の日がやってこない)


 しかし、今のみすぼらしい王家の力では、広大な領地を持つ大貴族たちにとても対抗できない。


(しばらくは、地道にやるしかなかろう。まずは岩塩で軍資金を作らねば)


 アニスはモーゼンで、初めて長湯というものを経験した。

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