第24話 東部への行幸啓
もっとも、岩塩を大量に採掘するためには、多くの人手を集めなければならないし、近くに労働者のための町も作らなければならない。
そのため、アニスはクルキア東部の有力領主である、カリアスの伯母、アンナに協力を依頼した。
アンナはアニスの要望を快諾してくれた上に、カリアスとアニスの夫妻を、自領のモーゼンに招待すると申し出たのだった。
「王ご夫妻はクルキアの田舎を知らないと存じます。地方の風土や民の暮らしぶりを知ることは、この国を統べる者として何よりも大切なこと。視察も兼ねて、是非モーゼンにお越しください」
当初、カリアスが王都を留守にすることに対し、懸念を抱いたアニスだったが、アルフレッドが、
「モーゼン公爵夫人との結びつきは、なんとしてでも強化すべきです。これは、王家と比較的ゆかりの薄い東部に、カリアス王の王威と王権を及ぼす好機でもあります」
と、珍しく真剣に主張したため、それに従うことにした。
財源には、浪費との指摘を避けるため、アルフレッドの献策により、アニスの持参金の一部が充てられることとなった。
元々アニスの父、エルンストが王室に贈ったものなので、大貴族たちからも文句を言われる筋合いがないからだった。
また他ならぬカリアスが誰よりもモーゼン行きに乗り気だったため、国王夫妻の東部行幸啓はあっと言う間に計画が進んだ。
「アンナ伯母は、これまで私の数少ない味方の一人であったし、一度モーゼンに行ってみたかったのだ。知っているか? モーゼンには温泉が湧き、古代から続く、巨大な浴場もあるのだぞ。あそこに妻と一緒に行くことができる日が来ようとは、夢にも思わなかった」
カリアスは巡幸にすっかり夢中になり、その浮かれっぷりは、端から見ていて心配になる程だった。
(これは馬車の中で、かなりイチャついてくるだろうし、たぶん一緒に風呂にも入りたがるぞ……)
アニスは多少げんなりしたが、旅の支度をしながら目を輝かせている夫の姿は、子供っぽくて、少し可愛らしくもあった。
(そういえば、あの子はどうしているだろう?)
アニスはパトナにいる、幼いヨハンのことを思い出した。
積雪の問題や、行く先々の受け入れ側の準備もあり、実際にアニスとカリアスが、王都パルシャガルを出発したのは、冬を越した翌年五月のことだった。
リマルは先遣の使者として、岩塩の販売を差配する予定の銭ゲバ商人、オットーを伴って、すでにモーゼンに向かっていた。
オットーには、チェンバネに岩塩採掘のための新しい町を作る任務も命じられている。
王夫妻のお供は、使用人や侍女、東部に所領を持つ貴族たちの一行、トイシュケル将軍率いる近衛軍の兵士千人である。
数多の見事な馬車や、美々しく飾られた軍馬の一行は、まさしく王家の威容を誇るものだった。しかし、一番皆を驚かせたのは、
「王妃様、お留守はお任せください。行ってらっしゃいませ」
見送りにやってきた、髪を切って髭を剃り、見事な仕立ての正装に身を包んだ若き美男子、アルフレッドの姿だった。
「ちょっと待て! お前、やればできるじゃないか。なぜ、今までそうしなかった?」
驚いたアニスに訊かれて、アルフレッドの口から出た返事は、シンプルだった。
「めんどくさいからでございます」
そんなやり取りを、鋭い眼差しで見つめている男がいた。
それは旅の護衛の責任者、トイシュケル将軍だった。
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